「卒業研究をコツコツ進めなさい!」「どう進めるの?」

つくば言語技術研究所の三森さんの著作のどれかに抽象的な指示をだされても、子ども(初心者)はどうしたら良いのかわからないので、コーチングは具体的にするべきという話があった。

日頃、学生に「卒業研究をコツコツ進めなさい!」と言っているわけだけど、夏休み前のこの時期に、何をどうしたら「コツコツ」になるのかを私なりにまとめてみることにする。

免責

テーマや分野、そして、教員によって考え方や流儀が違います。ぜひ、このエントリーをたたき台として指導教員や先輩と「『コツコツ』ってなんなんですかねぇ?」と雑談してみてください。

夏休み前の到達目標

就職活動や大学院入試があるため、卒業研究に100%注力できるわけではありません。どうしたって、就職活動や大学院入試に時間も労力もとられることと思います。

  • 参考
    • 就職活動: 3月情報解禁、6月採用活動開始(内々定)、10月内定。順調な学生は6月過ぎまで就職活動する。不調だと夏休みを超える。
    • 大学院入試: 5月〜6月出願、7月後半〜8月入試。学内推薦の場合は出願で手続き終わり。

しかし、卒業研究をなんにも進めていないと、夏休みからエンジンをかけ始めることになり、実際にエンジンがかかるのが10月、フルスロットルが12月、1月や2月に卒業論文提出となり、そもそも卒業できるかどうかが綱渡りになってしまいます。

そこで、夏休みから全力で卒業研究に取り組めるように5月〜7月は準備を終えておくことを主たる目標にします。

  • 卒業研究テーマの(仮)決定
  • 作業環境の構築
  • 人間関係の構築 or 再整備
  • 文献収集&調査
  • 必要な技術の習得
    • 論文執筆やプレゼンテーションなどのメタ研究技術
    • 卒業研究の目的達成に必要な研究技術

テーマの決定を誰がするか?

分野や教員によって大幅に異なるのは「テーマの決定を誰がするか?」という点です。私の所蔵学科では基本的に指導教員が卒研テーマを提示します。一方で、人文系や教育系では卒業研究テーマを学生に決めさせることも多いようです。

テーマが指導教員から提示される場合には、5月〜7月はテーマに対する理解を深めるため、研究の目的を達成するために準備をする期間になります。テーマを学生自身が見つける場合には、仮テーマを短い期間で組み立てることを繰り返しながら、本テーマに向かって知識と技術を蓄える期間になります。

以下の話は、テーマが指導教員から提示される場合についてですが、ある程度は学生自身がテーマを見つける場合にも役立つと思います。

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コツコツ0:自分の手持ち時間を把握する

最近は、アルバイトをしないと大学生活が送れない学生が多くなっています。また、4年生の前期は、就職活動や大学院入試のために費やす時間の必要となります。

そこで、まず、自分の手持ち時間を把握してみましょう。平均的な一週間のうち、研究に費やせる時間がどのくらいかを可視化するのが目的です。

  1. 列として月~日までの7日間、行として昼間は大学のX時限、夜はY時ごとの表を作ります(土日はすべてY時でよいと思います)
  2. まず、前期に履修している授業のコマ、ゼミなどの時間を埋めます。
  3. 次に、バイトの時間を埋めます。
  4. そして、理想的な睡眠時間、生活に必要な時間(家事、食事、入浴、買い物などなど)をざっくり埋めます。
  5. 土曜日か日曜日を休みの日に設定します(土日のどちらかを休みにできないならば、平日にどこから休みの日を設定します)
  6. 残った時間が作業に費やせる時間です。作業に費やせる時間を大学院入試の勉強/就職活動の準備(エントリーシートの作成や企業分析)か、研究時間に配分します。
  7. 研究時間のコマを目立つように色ペンや色枠で囲ってみましょう

もちろん、就職活動は突発的な呼び出しや面談、当初考えていなかった説明会などが入ってきますので上の時間配分は崩れます。しかし、思いのほか卒業研究に費やせる時間が少ないということに気付けるはずです。

コツコツ卒業研究を行うためには、「時間ができたときに」卒業研究をするのではなく、「時間を作って」卒業研究する必要があるのです。(自分で書きながら大変耳が痛いです。研究する時間を作らないと…)

コツコツ1:所属研究室・ゼミの卒業論文・修士論文を4年分(20本程度)読む

この研究室ではどういうことに取り組んでいるのか、どの程度の成果を要求されているのかの相場観を養うために、所属研究室・ゼミの卒業論文・修士論文を4年分(20本程度)読んでみましょう。

まず、どこに過去の卒業論文や修士論文があるのかを調べます(先生や先輩に尋ねる。研究室の各種ドキュメントを探す。図書館を探すなどなど)。研究室やゼミ、あるいは、教員が過去の卒業論文や修士論文の電子ファイル(PDFやMS Wordファイルなど)を管理していないのでしたら、要注意です。そこの研究室やゼミ、あるいは教員は、だいぶ、ろくでもありません。1年間覚悟しましょう。

次に、3年分の修士論文と卒業論文をピックアップします。題目を読んで、なんとなくおもしろそうだなと思った論文を選びましょう。卒業論文を各年3本以上、修士論文を各年2本以上選び読みましょう。精読する必要はありません。以下の疑問点の答えを探しながら、ひととおり、頭からおしりまで読みましょう。ちゃんと読もうとすると、わからないことばかりで挫折します。

  • 何がその論文で解決しようとした問題なの?
  • その問題に対して、著者らが提案した解決策・緩和策は何?
  • その論文の目的(Goal、最終到達地点)は何?
  • その論文では目的までどのくらい近づいたの?

論文の読み方 - 発声練習より)

読み終わったら、論文のタイトル、著者、卒業論文/修士論文の発表年と上の4つの質問に対する答えを、テキストファイルか何かに記載しておきましょう。疑問点やわからない用語については、論文に直接印をつけてしまうのが便利だと思います。集めた電子ファイルは、オンラインストレージなどを利用して大学でも、自宅でもアクセスできるようにしておきましょう。

これぐらい読むと、なんとなくですが、どういうことをしなければいけないのか、どのくらいの結果を求められているのかがわかってくると思います。

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コツコツ2:指導教員と研究テーマについて相談し、決定する

実質的な指導をしてくれる教員と早い段階でコミュニケーションをとれるように努力しましょう。最初のコミュニケーションのネタは卒業研究のテーマです。

研究テーマを決めるときに重要なことは、どんなに重要であったり、革新的なことであったとしても、あなたがそれを苦痛に思うのであれば、たぶん、そのテーマを全うできないという点です。可能ならば、少しは興味が持てる(「面白そう」とか「かっこよい」とかの興味で十分です)テーマにしましょう。今現在、得意でない作業が含まれているとしても、その作業を行うことが苦痛でないならば、だいたいの場合は慣れます。

あなたは、卒業論文や修士論文を4年間分読んでいるはずですから、どういう系統のテーマは苦痛なものになりそうなのかは、なんとなくわかるはずです。指導教員にそれを理由付きで伝えましょう。

もし、指導教員の指示が「卒業論文や修士論文から未達成の課題を見つけて、それを自分のテーマにしなさい」であるならば、研究の目的と達成した成果を引き比べて、その差を整理し、課題を見つけ出しましょう。だいたい、考察や今後の課題の部分に未達成の事柄が書いてあります。そのうえで、5つぐらい課題をみつけて、指導教員と相談しましょう。

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コツコツ3:研究室の同期、先輩となかよくなる

夏休み前の準備として、かなり重要なミッション。愚痴を言える相手、ちょっとした疑問をぶつけられる相手がいるといないとでは、卒業研究のつらさが大幅に変わります。ぜひ、なかよくなりましょう。

とはいえ、すっごく仲良しこよしになれというわけではなく、困ったときに相談(質問)できる。へこんだ時にお茶がてら、ちょっと話を聞いてくれる程度の親密さで十分です。本当の心の内を見せるのは親友や家族、恋人で十分。それを研究室の仲間に望むのは望みすぎです。

実践としては成人した大人として当たり前の声掛けをすればよいです。挨拶を交わすというのは互いに敵意はないということを確認しあう行為ですから、これができる状況をつくっておくだけで十分です。

  • 研究室に来たときは「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と声をかける
  • 他の人が研究室に来た時に挨拶してきたら、挨拶を返す
  • 帰る時には何か帰宅の合図をいう。たとえば「お先に失礼します」とか
  • 誰かが帰宅の合図をした場合には「おつかれさまでした」などという
  • 何かをお願いするときには「お願いします」
  • 何かをしてもらったら、どんなことに対しても「ありがとう」(ありがた迷惑でもまずは「ありがとう。でも、…」)

1日1度ぐらいは、2往復以上する雑談をしかけてみましょう。2往復したらミッション達成なので、それ以上続けなくても構いません。

研究室の同期や先輩とあいさつしあえる間柄になっておくことで、夏休み以降の切羽詰まったときに相談を持ち掛ける敷居が非常に下がります。また、研究室に行く敷居も非常に下がります。

コツコツ4:研究室の資産およびその利用法を確認する

「コツコツ1:所属研究室・ゼミの卒業論文・修士論文を4年分(20本程度)読む」とも関連しますが、研究室で利用できる資産についてよく知っておきましょう。資産の存在と使い方を知っていれば、大幅に作業時間や調査時間を短縮でき、良い結果を得る蓋然性も高くなるかもしれません。

どういうものが研究室の資産なのかについては、以下のエントリーをご覧ください。実験系の場合は、実験のプロトコール、機器の使用法、研究ノートなども研究室の資産になります。
next49.hatenadiary.jp

コツコツ5:文献および資料の収集方法を確認し、環境を整える

学生のみなさんに「文献調査してください」というと、GoogleやYahoo!で適当な日本語のキーワードいれて、上位10件ぐらいを読んでおしまいみたいな感じになりがちですが、これではいけません。分野によって、どういう種類の文献を中心に調べないといけないのか、そして、それらの文献をどういう風に手に入れるべきなのかが異なります。先輩や指導教員に訪ねて、その分野やテーマにおいて標準的な文献調査方法を教えてもらってください。

また、基本的には文献の閲覧は有料です。一方で、学生は基本的に貧乏です。このため、有料の文献を入手できません。

そこで、できるかぎり自分が金銭的負担をせずに文献を入手できる方法を先輩や指導教員に教えてもらってください。たとえば、以下のような方法が考えられる。

  • 大学図書館や学科・コース図書館が蔵書している → CiNii Books - 大学図書館の本をさがす - 国立情報学研究所
  • 他の図書館が蔵書している → ja.wikipedia: 図書館間相互貸借。大学図書館やお近くの市立図書館のリファレンスサービスに訪ねる
  • 大学図書館が電子図書館の契約をしている → 所属図書館のWebサイトなどに情報がある
  • 研究室の本棚や先生の本棚にある → 先輩や先生に尋ねる
  • 教員の研究費で文献複写をしてもらえる → 先生に尋ねる
  • 教員の研究費で文献の購入をしてもらえる → 先生に尋ねる
  • 国会図書館で閲覧 → 国会図書館行く

ある分野の文献調査の方法の例:木村幹さんの教え。






コツコツ6:文献および資料の管理環境を整える

文献を集めたらそれで終わりなわけではなく、活用する必要があります。そこで、自分にとって便利な方法で集めた文献を管理しておくべきです。

少なくとも管理すべき事柄としては以下のものがあります。

  • 文献そのもの
  • 文献情報
  • 文献を読んだ際のメモ

これらを可能な限り一か所にまとめ、かつ、検索可能にしておきましょう。大学院に進学するのであれば、文献情報を管理するソフトウェアを導入することを強く勧めます。私はMendeleyを使っています。

そこまでする気力がわかないという人はオンラインストレージ+MS Excelなどの表計算ソフト(あるいは単なるエディタ)での管理をお勧めします。

  • オンラインストレージ:ネットワークにつながっていればデバイス上のフォルダを共有してくれるサービス
  • 文献情報管理(表計算ソフト or テキストエディタ):文献情報(著者名、タイトル、掲載媒体情報、発行年月日など)、入手場所・方法、(電子ファイルなら)ファイル名を記載しておく

電子的な文献は統一的な名前の付け方をして、オンラインストレージと同期させているフォルダに放り込んでおきましょう。最近のコンピュータは性能が良いので種類ごとに階層構造を作って保存するのではなく、1つのフォルダにまとめて放り込んでおき、ファイル名からの検索で探せるようにしておいたほうが便利です。数百ファイルぐらいならばなんてことありません。私のファイルの命名法は以下の通りです。

いちいちMendeleyを立ち上げなくてもファイル名だけで何の論文なのかを判別できるように以下のルールで名づけている。

「著者名_キーワード_会議or雑誌情報_発表年.pdf」

名前は、「ファミリーネーム.ファーストネームのイニシャル」で管理すべき。著者が二人以上でも第一筆者の名前だけを使って管理している。たとえば、麻生太朗さんが、日本アニメ学会(Anime Society of Japan)で2008年に発表した論文は、「Aso.T_Anime_ASJ08.pdf」として名前をつける。

書誌情報と論文PDFファイルの管理法 - 発声練習より)

集めた文献は1回読んだだけでは、たぶん理解できないので何度も読むことになります。再読のために、ちゃんと検索できるようにしておくことが重要となる。明日の自分のために整理しましょう。

コツコツ7:コンピュータ上の作業環境を整える

よほど指導教員が変わり者でないかぎり、卒業論文はパソコンを用いて作成することになると思います。また、研究室内の定期的な進捗報告の際には、レジュメや発表用スライドを作成することと思います。早い段階で、卒業論文の執筆環境および発表用環境を整えましょう。また、各種ファイルのバックアップをとるのも重要です。

指導教員や先輩に話を聞いて、便利そうな作業環境を整えましょう。何かのメモを取るのに検索や置換機能があるテキストエディタをインストールしておくと便利です。

コツコツ8:指導教員および研究室の仲間との連絡方法を整える

大変、地味な作業ですが結構重要なのでしっかりやっておきましょう。

  • 指導教員の教員室の電話番号、学生部屋の電話番号、(可能なら)指導教員の携帯番号を自分の携帯電話に登録しておく
  • 研究室の同期、先輩、(可能なら)指導教員とLINEグループ(あるいはそれに類似するチャットサービス)を作成しておく
  • 指導教員および研究室の仲間の電子メールアドレスを使用しているメーラーのアドレス帳に登録しておく
  • 指導教員の担当授業をGoogle Calendar(あるいはそれに類する日程管理ソフト)に登録しておく(授業する日は指導教員は大学に来ている!)
  • 研究室の定期イベントをGoogle Calendar(あるいはそれに類する日程管理ソフト)に登録しておく(その日は先輩や同期が研究室に来ている!)
  • 同期の携帯電話番号を入手し、携帯に登録しておく
  • 直属 or 仲の良いの先輩の何人かの携帯電話番号を入手し、携帯に登録しておく
  • 研究室の主たる連絡手段を確認し、1日1度は連絡が来ていないかを確認する癖をつける

最近は研究室にSlackを導入し、コミュニケーションをとっているところもあるそうです。私も興味あるので実際に運用している方からの情報を募集中です。
developers.gnavi.co.jp

コツコツ9:文献調査を行う

やっと、下準備が終わり、研究のスタートに入ります。文献調査を行いましょう。以前書いたエントリーをご参照ください。

コツコツ10:メタ研究技術を学ぶ

上の文献調査の気分転換にメタ研究技術を学びましょう。基本的には研究のやり方に関する本を読みます。指導教員にお勧めの本を尋ねましょう。

いくつか私のおすすめ本を紹介

コツコツ11:研究技術を学ぶ

指導教員と頻繁に連絡をとりつつ、卒業研究に必要な技術や知識を学びましょう。研究技術を学ぶときには、SOC(sence of coherence、首尾一貫感覚)を意識しながら学ぶとやる気を制御できると思います。

SOCの構成要素は「きっと上手くいくに違いない」と思える感覚が、ワガママちゃんを成長させる より以下のとおり。

  • 「有意味感」
    • "あまり興味のない仕事、面白みの感じられないタスクにも、「まあそのうち、なんかの役に立つかもな」「そのうち面白くなってくるかもね」と自然に考えられる特性です。"
  • 「全体把握感」
    • "仕事の展望を時系列的に把握できる感覚のことです。"
  • 「経験的処理可能感」

-- "「過去に、これだけの仕事は成功させてきた。だから今回のミッションは荷の重いミッションだが、あの経験をもとに、プラスアルファの努力をしてみれば、なんとかいけるかもしれないな」と、自然に思える感覚です。"

リンク:「会社のワガママちゃん」対処法 - 発声練習より)

多くの下積み作業は、複雑な事柄を分解して、反復可能な形で提供されているため「この作業は何の意味があるんだ?」と疑問がわき、やる気がでづらい傾向にあります。このときに、指導教員や先輩から、この作業の位置づけについて説明してもらえば「全体把握感」を得ることができ、「有意味感」をもって下積み作業をすることができるようになると思います。

おわりに

コツコツ0からコツコツ8までを5月中に終え、6月や7月で研究開始できるとスムースなスタートになると思います。まあ、こんなふうにうまくいったら、毎年楽なんですけど。