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「研究発表のためのスライドデザイン」はプレゼン初心者・中級者におススメの本

宮野 公樹 著「研究発表のためのスライドデザイン」ご恵贈にあずかった。本をいただいたからというわけではないが、私の所属研究室の学生に「まずは、これを読みましょう」と自信を持って勧められる本になっている。

今まで特にプレゼンテーションをしたことがないという卒業研究着手者、および、大学院修士の学生のようなプレゼンテーション初心者にとって、この本は、ポイントがきっちり押さえられており、かつ、スライド作成方針、技法、洗練法が具体的に説明されている、そして、1,000円弱という大変コストパフォーマンスに優れた本。

また、私のブログの発表に関する話を読み「next49は、自分と同じようなぐらいの発表技術の持ち主だな」と感じたプレゼンテーション中級者(学生にいわれるようなことは言われなくなった人)も買って損はない本。スライド作成に関して中級者の壁を越えられそうに思える。プレゼンテーション中級者においては、自分が認識しているスライド作成の重要点を復習しつつ、上級者に向けて自分の努力や技術が足りなかったところを認識でき、かつ、どうすればよいのかも学べる本。

構成

3部構成。でも、実際は大きく分けて2つの構成になっている。わかりやすいスライド作成(発表)の「考え方」とその考え方を実現するための「技術」の2つから構成されている。プレゼンテーション初心者は、頭から順番に読んでいくのが良い。特に「考え方」を熟読し、可能ならば、他人の発表をこの「考え方」に基づいて批判的に検討してみると、聴衆の立場としてこの「考え方」が妥当であることに納得がいくと思う。あるいは、「学生は学ぶもの」という前提を一時的に外して、プレゼンテーションとして講義を振り返ってみてもこの「考え方」が妥当であることに納得いくことと思う。その上で「技術」の項を読めば、なぜ、そのようなことをやるべきなのかに納得がいくと思う(納得がいかないものは採用しなくても良い)。絶対に「技術」(第2部)から読みはじめてはいけない。

プレゼンテーション中級者は、第1部の「考え方」を流し読みし、第2部以降の「技術」の項を読むと中級者から上級者への道が見えると思う。少なくとも、私には見えた。

「考え方」のハイライト

この本で最も共感するのはスライドはpp. 19 -22 の第2節において説明されている「結論から考えて作る」という点。心から賛同するし、学生にひたすら繰り返し教えているのがこの点。このポイントを中心にして第3節、4節の話が具体的に展開されている。

pp. 34-36 第5節も素晴らしい。「聴衆のことをよく考えてスライド作りなさい」と指導することが多いのだけど、この5節ではそれを具体的にどうするのかを提示している。具体的にはプレゼンテーションを行う「場」と「人」をちゃんと調べて(not 想像)、相手の知識量や関心に応じてスライドの内容を調整しなさいということが説明されている。これは徹底している。実際、宮野さんはここまでやっているのだろうと思う。一方で、私は想像・想定はするけど実際に調べるところまでしていない。ここが中級者と上級者の差なのだと実感した。

そして、pp. 37-41 のスライドチェックの3つの視点「オリジナリティはあるか?」「客観的・論理的か?」「正確か?」を満たしているかどうかをチェックするためのスライドの部分別チェックリストは、とても良い。このチェックリストだけで1,000円払う価値があると思う。ブルーバックスなので携帯にも便利だし、本なのでオフラインでも閲覧できるのはポイント高い。

「技術」ハイライト

第2部の「技術」の項はいちばん最初に定説に疑義を述べているのが斬新。曰く「1分1スライドは今は当てはまらない」。スライド提示方法がOHPからPower Pointなどのプレゼンテーションソフトウェアに変わったことを受け、スライドを切り替える時間は気にしなくても良くなった。であるならば、スライド枚数を制限するために、1枚のスライドにぐちゃぐちゃっと情報を詰め込みすぎるよりは、スライド枚数が増えてもスライド作成の黄金律「1スライド、1メッセージ」を守り、わかりやすいスライドを作成すべきとの提案。

この提案に関しては、一度十分な練習をした上でプレゼンテーション本番を経験した人、すなわち、プレゼン中級者に対してはそのとおりだと思う。なぜかと言えば、この人たちは「長く説明するよりも、短く説明する方が難しい」「過不足ない発表が良い発表」ということを理解はしている(実際にできるかどうかは別)。つまり、情報の取捨選択の重要性を認識したレベルになっているので、スライド作成の黄金律「1スライド、1メッセージ」を守った方が次のステップへ行ける。

一方で、プレゼンテーション初心者、すなわち、情報の取捨選択の重要性を理解できていない人には定説通り「1分1スライド」で、無理やり情報を取捨選択させた方が教育的によいと思う。プレゼンテーション初心者は、ダラダラと思いつく情報をスライドに盛り込む傾向がある。なので、スライド枚数自体をそもそも制限させ、「プレゼンテーションでは、説明する内容を絞り込まないといけないんだ」という意識づけをし、「短く説明するのは難しい」ということを実感させた方が、のちのちプレゼンテーション技術の向上が見込めると思う。この部分は、どのくらいの時間を学生の発表練習に費やせるのかもかかわっているところ。

そして、「1分、スライド1枚」という制限を外した上での「箇条書きをできる限り使わない」という提言がなされているのだが、これはすごいなと思う。スライド作成の黄金律「1スライド、1メッセージ」からすると、箇条書きはときに「1スライド、複数メッセージ」を入れ込んでしまう原因になる。なので、箇条書きを使うのを止め、k列挙していたものを1枚ずつ説明しましょうという提言は「これが上級者か!?」と思わされた。

他にも、pp. 56 - 57 のTEDプレゼンテーションと本書で目指しているプレゼンテーションの位置づけが整理されているところには、なるほどなぁと納得させられた。

また、p. 59 ページからのわかりやすいスライド作成技術の説明には脱帽した。素晴らしい。見づらいスライドを2ステップで改善してみせているのだけど、1ステップ目は私にもできる。でも、2ステップ目は全くできない。そして、この2ステップ目の方が1ステップ目よりも確かにわかりやすくなっている。中級者脱し、上級者に至りたい人はこの2ステップ目ができるようになるのが重要なのだと思う。

そして、p.136の写真、イラストに関する注意点、p. 137のロゴに対する注意点にも、心から賛同する。この部分はビジネス寄りのプレゼンをする人にも読んでほしい。

不満な点

一方でpp. 19 -22 の第2節で説明されている「結論から発表の内容を考える」というところに「帰納的に考える」という用語を使っているには違和感がある。私は、どうしても帰納は演繹と対にして考えてしまう(参考: 演繹、帰納、仮説形成)。帰納は、観測された事実から一般原則を導き出す過程であるので、結論を先に決めて、必要な情報を結論から逆算して決めるという過程を「帰納的」というのはちょっと賛成できない。また、計算機科学の分野で使われる帰納再帰(recursive)という使い方にしても、結論を先に決めて、必要な情報を結論から逆算して決めるという過程は再帰的ではないので、やはり賛成できない。

(追記:4/28)大学生・社会人のための言語技術トレーニングを読んでいたところ、「細かいこと・具体的なことから大まかなこと・抽象的なことを説明する= inductiveな説明」という使い方があったので、上記の「帰納的」を変と感じるのは私だけなのかもしれない。

別の点として、第2節でスライドに含める情報を考える際にフローチャートを使って考えることを勧めている。ライドを作る前に図を使ってスライドに含める情報を構造化するという点にはすごく賛成。けれども、スライドに含める情報を構造化するためにフローチャートを使おうという部分が誰でも一定レベルの構造化ができるところまで書いていない。やり方は断片的にわかるけれども、体系的でない。この部分は残念。

じゃあ、「じゃあ、お前はちゃんと説明できるのか?」と言われてしまうと代替案を出せないのだけれども、バーバラ・ミントの考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則マインドマップなどを使ってみてもよいと思う。

本書の対象外の事柄

本書はスライド作成に焦点をあてているので、発表の仕方や服装などについては述べられていない。この部分を補うという観点からすると理系のための口頭発表術―聴衆を魅了する20の原則を合わせて読むとよいのではないかと思う。

おわりに

「結論から考える」というところで「帰納的」という言葉を使っていること。また、スライドに含める情報を構造化するためにフローチャートを使おうという部分が誰でも一定レベルの構造化ができるところまで書いていないことを除けば、私が学生に教えていることはすべて網羅されている。それに加えて、私が教えられない具体的な技術もきっちりわかりやすく説明しているので、この本は私の所属研究室で学生に最初に読ませる本として最適な本になっている。「お見事です」というしかない本。あと、ありがたく使わせてもらいますという感じ。