歴史コミュニケーション研究会第8回参加記

先日行われた歴史コミュニケーション研究会第8回に参加してきた。今回も非常に面白かった。

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西洋古典学会のついでに参加できるように会場と時間を塩梅していたのは素晴らしいと思った。西洋古典学会にも参加した方も「東京にくる楽しみが一つ増えた」とおっしゃっていた。

第一部:「高校世界史Aの授業をみんなで作ってみる」

産業革命の導入および進め方についての検討だった。産業革命という言葉は知っていたし、歴史的な意義もわかっているつもりだったけど自分は全然わかっていないことに気付いた。何がわかっていなかったのかといえば「何で教科書の産業革命の重要な発明が紡績機なのか?」をまったく理解していなかった。

イギリスの伝統的な産業は羊毛業である。しかし産業革命は、新規の綿工業からおこった。気候の関係で綿花が栽培できないヨーロッパでは、綿布の普及が他の文明圏より大幅に遅れてはじまった。アジア貿易によってもたらされた軽くて吸湿性に富む綿布は、一時輸入禁止令がだされるほどの流行をみせ、その国産化が急がれた。
清水書院:高等学校 世界史A 改訂版 p. 95より)

インドからの綿の輸入が盛んになり、羊毛業を圧迫したなどの経緯はわかっていたのだけど、なんでそんなに綿が流行ったのかがピンとこなかったのだけど、参加者の方の「私の先輩曰く『一度、シルクの下着を知ってしまったら綿には戻れない』と言っていた。綿の肌着を知ったら羊毛や麻には戻れないでしょ。」という発言を聴いて、心から納得した。確かに羊毛の下着や麻の下着なんて耐えられない。物心ついたときから化繊などがあり、肌触りの良いものしか知らなかったのでまったくの盲点だった。

資料集などを作っている山川出版社は、中学生や高校生が産業革命の始まりを心から理解するために綿、麻、羊毛のパンツ or ハンカチセットを教材として販売すべき。授業のときに腕の内側とかの肌が柔いところにこの三種の布きれをスリスリしたら、イギリスで綿布が大人気になったのが心から納得できると思う。

また、別の参加者の方の「綿が人気になったから、綿農場の労働力としてアフリカから奴隷がアメリカに運ばれたんですよね」という発言を聴いてさらに目からうろこ。その事実は知っていたけど私の頭の中で「なぜ、綿なのか?」が理解できていなかった。この綿工業の先にあるのは、日本における明治期の絹産業になるのだろう。肌着から見る世界史という感じ。

産業革命は様々な要因が互いに影響しあいながら、劇的に社会が変化した時期なので、いろいろな知識が増えた今の自分からすると非常に興味深く面白い時代だと思う。芸術史の方の列車網の出現により、絵画にも影響があったとのこと。

第二部:「歴史、文化、現代を語るための神話伝承 ― ギリシア・ローマ神話からポップカルチャーまで」

神話伝承を研究されている庄子大亮さんの講演。大変面白かった。以下、メモ&感想

  • 神話には過去の人々の考え方が詰まっている。なので、過去の人々を理解するために神話を読み解く
  • 神話は単なる作り話ではない
    • 例:テセウス。ミノタウルス殺しの英雄
    • 民主制の創始者として位置付けられている。民主制の根拠として使われる
    • アテネ市民の模範として使われている
  • 文化史を学ぶ一つの軸としての神話伝承
  • 「どんな事実があったのか」から「どういう意味があったのか」へ焦点を当てる
    • next49のコメント:漫画や映画などの芸術批評を行っている方がこういう観点での研究をしているような気がする
    • next49のコメント:マーケティングからリスクコミュニケーション、科学コミュニケーションまで、このような手法を用いた分析が求められているのではないか?

懇親会

おしゃべりさせていただいている中で、今年こそはWAQWAQプロジェクトをもう一回実行してみないとなぁと思った。

  • 周やアトランティスなどたどり着けない遠い過去に理想や教訓を仮託して現在への批判を行うという定番手法が、今はちょっと調べればすぐにわかる近過去に理想や教訓を託して現在への批判を行うという状況に劣化してしまっている。「ちょっと調べればわかるということ」をWebで検索できるようにしておく価値は高い
  • マスコミが専門家をWebで検索して探すという行動パターンがあるのならば、検索結果に良質の専門家(につながる良質の本)が引っかかるようにしておくことには価値がある
  • 専門家にとっては説や解釈が複数あるのが当たり前という状況でも、それが非専門家にとっては当たり前ではない。「説や解釈が複数あるのが当たり前」という事実がWebで検索できるようにしておくことには価値がある