相手の前提知識を把握できるのは基本的に良いこと

はてなブックマークでは厳しいコメントが多いけど、この記事は研究者および専門家にとって、科学コミュニケーションの普及にとって、新聞の読者にとってとても有意義な記事だと思う。叩かれたり、批判されるから隠してしまうようになる方がよくない。

〜前略〜

吉岡助教は筋力余裕度計を持参した。よし、準備万全。取材するぞ。そう意気込んでいた。ところが…。説明が始まったとたん、言葉が全く頭に入ってこない。

「最小下肢関節モーメント」「インバースダイナミクス解析値」「物体の回転速度を計測するジャイロセンサ」「膝と股関節で生み出されるトルク」…。

淡々と専門用語を使って説明する吉岡助教。単語の意味が分からず、言葉というより機関銃の弾のようにも感じた。私大文系卒の私にはほとんど理解不能の世界だった。
〜中略〜

説明が終わり質疑応答に入った。質問したいのだが、「何がわからないのか」が、わからず声をあげることができない。頭が真っ白になった。
〜中略〜

集中力が切れかけたころだった。吉岡助教が「超高齢社会を迎えた日本では、長く生きることに加え、お年寄りが元気に自分で動けることが大事。筋力余裕度計を普及させ、老後の生活の質を向上させたい」と力強く話した。

初めて話がすとんと頭に入った。研究は、寝たきりのお年寄りが後を絶たない状況を変えたいとの気持ちで進めていたという。

上司に電話連絡したところ、「この研究、お前はどう思ったの」と聞かれた。「説明がまだうまくできないんですけど、興味あります」と言うと笑われたが、「わかった。30〜40行程度で出稿して」といわれ、急いで執筆にかかった。

だが、研究の意義はわかったものの、開発の経緯や詳細はまだ理解できていない。そこで会見後も吉岡助教にくっつき、何度も質問して簡単な言い換え表現を探した。繰り返すうちに、専門的な単語は原稿に必要ないことがわかってきた。時間はかかったが、何とか原稿をまとめ送稿した。
〜後略〜

この記事を信じるならば、この不幸な事態は以下の組み合わせで起こっている。

  • 発表者の聴衆の前提知識の想定が高すぎる
  • 記者の事前勉強が足りない

余程のスター研究者・技術者でないかぎり、記者会見なんて頻繁にやらないしやれない。なので、講義、学会発表や研究費申請書などと違い、何度か経験して聴衆の前提知識にあたりをつけることができない。その点、このように素直にどこまでわかっているのかを教えてくれると、将来、記者会見や取材を受ける立場になったときに前提知識に当たりをつけることができる(もちろん、十分な前提知識を持っている記者の方もいるはず)。

また、事前勉強をしてもらうための補足資料やポインターをプレスリリース(記者会見のお知らせ)に示しておいた方が、やる気のある記者にとっても、記者会見する側の研究者・技術者にとっても幸せになれるみたい。

以下のNatureの記事にあるように「非常に愚かなことだ」と一言でばっさりいかれてしまう日本社会に住んでいる我々は、マスコミだけ叩いていてもアレなので、自衛としても、社会貢献の一種としても、お仕事としても、うまい付き合い方を考えた方が良いと思う。

そういう意味で、記者の方が科学や技術分野の取材においてしんどい点をどんどんカミングアウトしてくれた方が「あれまぁ。それは困りますね。じゃあ、どうしましょうね。」という次のステップにすすめるのではないかと思う。

まあ、私の場合は心配する前に、まずは取材してもらえるぐらいインパクトのある研究成果をだせという話なので、いつもどおりブーメランな話なのだけど。