議論能力および発表能力の発達段階 with 反論ヒエラルキー

モジログ:反論ヒエラルキーで紹介されているPaul Graham: How to Disagree(その翻訳:How to Disagree by Paul Graham の翻訳)を読んで以前書いた研究能力の発達段階と関連があるなぁと思って、絡めて書き直してみる。

今、考えると研究能力の発達段階は、議論能力および発表能力の発達段階がタイトルとして適当だった。もちろん、議論能力や発表能力は、研究能力の一部。

反論ヒエラルキー

モジログ:反論ヒエラルキーで箇条書き&簡単な説明されているのは以下のとおり。

  • DH0. 罵倒(Name-calling): 「この低能が!!!」といったもの。発言者に対する罵倒。
  • DH1. 人格攻撃(Ad Hominem): 論旨でなく、発言者の属性に対する攻撃。
  • DH2. 論調批判(Responding to Tone): 発言のトーン(調子)に対する攻撃。
  • DH3. 単純否定(Contradiction): 論拠なしに、ただ否定。
  • DH4. 抗論(Counterargument): 論拠はあるが、もとの発言に対して論点がズレている。
  • DH5. 論破(Refutation): 論破できているが、もとの発言の主眼点は論破できていない。
  • DH6. 主眼論破(Refuting the Central Point): もとの発言の主眼点を論破できている。

元の命名を無視して内容から命名しなおしてみる。

  • DH0. 罵倒(Name-calling): 発言者に対する罵倒。
  • DH1. 人格・属性批判(Ad Hominem): 誰が言っているか(Who to say)に対する文句。
  • DH2. 言い方批判(Responding to Tone): 言い方(How to say)に対する文句。
  • DH3. 論拠なき反論(Contradiction): 言っていること(What to say)根拠や理屈を述べず否定する。
  • DH4. 局所的反論(Counterargument): 根拠、理屈+否定。ただし、議論の主題とつながっているかどうか、反論が成り立っているかどうかは考慮外。
  • DH5. 局所的論破(Refutation): 論破できているが、もとの発言の主眼点は論破できていない。
  • DH6. 主眼論破(Refuting the Central Point): もとの発言の主眼点を論破できている。

議論能力および発表能力と反論ヒエラルキーを絡めて考えてみると、発信側の側面としては以下ができるようになるのが目的。

    • 「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」をしない。
    • 可能なかぎり多くの人には「DH2. 言い方批判」をされないような発言や発表する
    • さまざまな事実や主張に対して「DH3. 論拠なき反論」が思いつく
    • 「DH3. 論拠なき反論」から「DH6. 主眼論破」に持っていける
    • 「DH3. 論拠なき反論」が「DH5. 局所的論破」であるとわかったならば、この主張を取り下げられる

受信側の側面としては以下ができるようになるのが目的。

    • 「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」に対してちゃんと対応できる(反論や無視、法的対応など)
    • 「DH3. 論拠なき反論」〜「DH6. 主眼論破」を「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」と受け取らない
    • まともな「DH2. 言い方批判」に対しては素直に受け止め、相手に伝わるように言い方を変える
    • 「DH4.局所的反論」に再反論する
    • 「DH3. 論拠なき反論」から「DH4.局所的反論」を引き出す
    • 「DH5. 局所的論破」や「DH6. 主眼論破」を認めたならば、自分の主張を取り下げ、練り直す
    • 「DH5. 局所的論破」が主題に影響しないのであれば、自由にその部分を捨てる。あるいは、相手の意見を取り入れる。

以下、反論ヒエラルキーと絡めて。

第0段階:大人としての自覚する

日本の場合、多くの卒論生は21歳以上ですので、大人としての基本をまず押さえる。

  • 発信側達成目的:
    • 「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」をしない。
  • 受信側達成目的:
    • 「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」に対してちゃんと対応できる(反論や無視、法的対応など)

第1段階:ゼミでの発表や研究室内での議論で、自分の主張を否定するような意見に出会うと「怒る」あるいは「泣き出す」、「へこむ」

自分自身と自分の行為・表現の切り分けができていない。行為や表現(文章、口頭発表、議論の際の発言など)が良くないと指摘されただけなのに、自分の存在が否定されたと感じてしまう。

  • 発信側達成目的:
    • なし
  • 受信側達成目的:
    • なし

私が見てきたかぎり、ほとんどの4年生はここから始まる。叱られたことはあっても自分の主張を真っ正面から否定されたことがない人が多いのでしょうがない。ちなみに、単なる質問すら「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」ととらえる人も結構いる。

第2段階:ゼミでの発表や研究室内での議論で、自分の主張を否定するような意見に出会っても、何とか受け入れられるようになる

頭では自分自身と自分の行為・表現が切り分けができている。指摘されれば、まずかったポイントが理解できる。ただし、感情が納得しないことが多い

  • 発信側達成目的:
    • 可能なかぎり多くの人には「DH2. 言い方批判」をされないような発言や発表する
  • 受信側達成目的:
    • 「DH3. 論拠なき反論」〜「DH6. 主眼論破」を「DH0. 罵倒」と「DH1. 人格・属性批判」と受け取らない
    • まともな「DH2. 言い方批判」に対しては素直に受け止め、相手に伝わるように言い方を変える

第3段階:他人の発表や議論を聞いて比較的細かい「よくないところ」を指摘できるようになる。

以前、先生や先輩から受けた指摘を受け売りで行えるようになる。修士1年生ぐらいでこの段階になっていただけると卒論生に細かいところの指摘をしなくて良いので、すごくうれしい。

  • 発信側達成目的:
    • さまざまな事実や主張に対して「DH3. 論拠なき反論」が思いつく、それを伝えられる
    • 「DH3. 論拠なき反論」を「DH4.局所的反論」にしようとする
  • 受信側達成目的:
    • 「DH3. 論拠なき反論」から「DH4.局所的反論」を引き出そうとする
    • 「DH4.局所的反論」に再反論しようとする

最低限、大学卒業までに(卒業研究終了までに)この段階まで達してほしい。

第4段階:他人の発表や議論を聞いて、発表や発言の枠内で「よくないところ」を指摘できるようになる。ただし、改善方法は提示できない

発表や発言の枠内でよくない点が感じられるようになる。理由も説明できる。ただし、改善案はまだおもいつかない。第3段階と第4段階あたりの人はたまに攻撃的な印象を他人に与えることもある。

  • 発信側達成目的:
    • 「DH3. 論拠なき反論」を「DH4.局所的反論」にでき、それを伝えられる
  • 受信側達成目的:
    • 「DH3. 論拠なき反論」から「DH4.局所的反論」を引き出す
    • 「DH4.局所的反論」に再反論する

「DH3. 論拠なき反論」を「DH4.局所的反論」にするのが手一杯で言い方まで注意が払えない。また、他人の「言い方」が気にかかる。あと、「DH5. 局所的論破」や「DH6. 主眼論破」を認めるのが苦手。

4年生はこのレベルで卒業してほしい。そうしたら、職業人になってもいろいろと役に立つ人材として頼りにされる(うるさがられる)と思う。まあ、社会人一年生のときに鼻をべきべき折られると思うけど。最低でも、修士1年生ぐらいでここに到達して欲しい。

第5段階:他人の発表や議論を聞いて、発表や発言の枠内で「よくないところ」を指摘できるようになる。しかも、改善案も提示できる

その発表の内容が理解でき、本質的な点を見抜くことができるようになった段階。第3段階や第4段階の人にいらだちを感じるときがある「そこはそんな言い方しなくても・・・」

  • 発信側達成目的:
    • 「DH3. 論拠なき反論」から「DH6. 局所論破」に持っていける
  • 受信側達成目的:
    • 「DH5. 局所的論破」や「DH6. 主眼論破」のどちらかがわからないが「論破」されたのは認識できる、そして、自分の主張を取り下げられる

修士修了時に到達して欲しい。

第6段階:他人の発表や議論を聞いて、研究テーマや扱っている問題の本質的なポイントから「よくないところ」を指摘できるようになる。しかも、改善案も提示できる

  • 発信側達成目的:
    • 「DH3. 論拠なき反論」が「DH5. 局所的論破」であるとわかったならば、この主張を取り下げられる
  • 受信側達成目的:
    • 「DH5. 局所的論破」や「DH6. 主眼論破」を認めたならば、自分の主張を取り下げ、練り直す
    • 「DH5. 局所的論破」が主題に影響しないのであれば、自由にその部分を捨てる。あるいは、相手の意見を取り入れる

研究者の卵として目指したい段階。ここまで来ると、自分の隣接分野の発表や議論を聞いても論理的なおかしい点は指摘できるようになる。なお、上には上がいるので第6段階は研究者のスタート地点

おわりに

研究能力の発達段階で書いたものをそのまま転載。

話し変わって。個人的な経験としては研究に限らず、物事の理解はまず問題点が先に見えるようになり、その後、知識と方法論の習得の結果、その問題点の解決法も合わせて提示できるようになると思う。この結果、世の中には「叱る人」「けなす人」は多いが「褒める人」は少ないのだと思う。

反論の方が提案よりも楽なので、反論ヒエラルキーだけでなく、建設的提案ヒエラルキーも欲しいところ。話がそれるけれども、反論の方が提案よりも楽なので、誰かに意見をもらうときにはたたき台を用意した方が良い。今、流行りのアジャイル開発もその一例の一つであると私は思っている。