知る権利の代行機関

面白いエントリーです。これを読んで思いついたことをちょっと。

新聞を百貨店式にするというアイデアで少し問題になるのは、取材する側と取材される側の手間が増えることだと思います。なぜ、手間が増えるか?それは、身元保証がされないからです。

我々は知る権利というものを持っています。しかし、我々は日々の生活を送ることが精一杯で自分の知りたいことに関して取材を行うことができません。特に生活に関わらない重要度の薄い事柄に関しては、取材する時間があっても取材を行いたくありません。しかし、世の中の動きを我々は知りたいと思っています。では、実際のところ我々は何をしているか?それは、TV局や出版社、新聞社に自分の知る権利を委託し、代わりに取材や調査を代行して行ってもらっています。

取材や調査の代価として、受信料、購読料などを払います。(フリーペーパーやTVの民放の場合は、スポンサー経由で払います)。

我々は、知る権利をマスコミに委託しているので、大体において取材に協力をします。また、企業や官公庁などは、マスコミが知る権利を代行していると知っているので、顧客や国民一人一人に説明をする代わりに、マスコミに情報を伝えます。このため、マスコミが恣意的に情報の伝達を歪めると、我々は自分の知る権利を侵害されたと考え、かつ、我々の信頼を損なった
と感じ、マスコミに不快感を抱くのです。(上記、全部断定口調ですが、あくまでも私の考えです)

よって、新聞社の記者は、読者の知る権利を代行して行使していると考えられます。このため、新聞社は権利の行使者として的確と思う人材を記者とします。一方、我々は普通個々の記者を選択して知る権利を委託しません。なぜならば、それを行うためには手間がかかりすぎるためです。あくまでも新聞社自体に代行し、権利の行使者の選択も新聞社に任せているわけです。

しかし、新聞の百貨店モデルを採用すると、個々の記者は新聞社のお抱え記者ではなくなります。このため、取材される側としては、記者の属する組織ではなく、記者自体を評価し、取材されるか否かを決める必要が生じます(この記者は知る権利の行使者として適切かどうかを判断しなければならない)。一方で、取材する側の記者も、取材対象に自分が知る権利の行使者としてふさわしい人材であることを証明しなければなりません。一般的に信頼は実績を積み重ねて得るものなので、時間がかかります。このようにして、新聞の百貨店モデルでは、取材に費やされるコストが高くなると考えられます。

では、どうすればよいのか?投稿する記者と代理店契約を結べばこの問題を解決できます。

良い記事(注意: ここでいう良い記事は新聞社にとって良い記事)を書く記者には、代理店契約を結び、取材時の信頼関係構築コストを削減させます。ただし、記事の質が悪くなったり、一定期間を過ぎた場合には、代理店契約を解除します。これにより身分保障の問題を解決します。良い記者は、複数の新聞と代理店契約を結び、信頼関係構築コストをさらに下げることができるでしょう。悪い記者(注意:あくまでも新聞社にとって悪い記事を書く記者)は、代理店契約を結べないので、信頼関係構築コストは高いままです。百貨店モデルにおいては、この代理店契約を厳しく、誠実に行う新聞社ほど、クオリティペーパーとみなされると思います。