メモ:サッカーの試合会場でのごみ拾いの歴史

こういう話があった日本代表サポータのゴミ拾いの話。
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1985年の日韓戦で韓国サポーターの方がゴミ拾いしていたのを見て、感銘をうけた日本サポーターが同時多発的に始めたということかな。

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しかし、本当のルーツは、ここからさらに10年近くも昔にあることを知ってほしい。ルーツは1985年10月26日。そう、あの日本サッカー史に残る「メキシコの青い空」の日だ。
~中略~
ゴミ拾いのルーツは1986年の日韓戦、そして、Jリーグが始まる以前の1992年の天皇杯にあった。吉沢さんの始めた動機は、ちょっとネガティブな立ち位置からだったかもしれない。

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86メキシコワールドカップの出場権をかけ、国立競技場で行われたアジア(当時は極東アジア地区)最終予選の韓国対日本戦。木村和司のフリーキック等、多くの見せ場を作った結果は2-1で韓国に軍配。金正男VS森孝慈の韓日監督決戦は今も両国サッカー史で伝説として語り継がられている。

試合終了後、日本のサポーターはグランドに向かって、応援グッズや空き缶などのゴミを投げ捨て、うっぷんを晴らした。だけでなく、バックスタンドで応援していた在日韓国人約5000人の韓国サポーター席にも、このゴミを投げ飛ばした。

しかし、韓国サポーターはほぼ全員、自分たちの座っていたスタンド席はもちろん、周辺のゴミを集めて、清掃。この光景を見ていた少年が、後のウルトラスニッポンの代表だ。

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木村和司元日本代表の「伝説のフリーキック」で知られるこの試合は、1-2で日本が敗北。メキシコ大会の出場権を逃した。この時、サポーター集団「ウルトラス・ニッポン」のリーダー的存在である植田朝日氏はスタジアムで衝撃的な光景を目にしたという。

「試合後、負けて悔しがっていると、近くにいた韓国人の年配の女性がゴミ拾いを始めたそうです。それを見て植田氏は『試合で負けてマナーでも負けた』とショックを受けたとか。これ以降、ウルトラス・ニッポンのメンバーはゴミ拾いを始めました」(前出・サッカーライター)

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