当時、ミャンマーの事実上の政権トップだったスー・チー氏は、2019年に行われたロヒンギャに対する強姦や殺人などの残虐行為に関する国際刑事裁判所(ICC)の公聴会で、国軍を擁護した。
スーチー氏拘束の知らせは、現在約100万人のロヒンギャが密集して暮らすバングラデシュの難民キャンプで瞬く間に広まった。
拘束前の選挙のときの記事
ミャンマーでは11月8日、5年に1度の総選挙が実施された。2016年に政権交代を果たしたアウンサンスーチー党首(ミャンマー国家最高顧問、以下党首)率いる与党、国民民主連盟(以下NLD)政権下で初めての総選挙となった。今回の総選挙は、政権樹立要件である過半数の議席数をNLDが単独で確保できるかが最大の焦点になった。連邦議会[人民代表院(下院)、民族代表院(上院)]定数の664議席のうち、憲法で定められている軍人議員枠166議席、治安上の理由で実施できなかった選挙区の22議席を除く、民選議員枠476議席が争われ、軍人議席を含む総議席642議席のうち過半数の322議席を獲得すれば、NLD単独の政権が樹立できるとされている。選挙管理委員会が12日までに全体の80%に当たる379議席の当選結果を発表しており、NLDは両院合わせて319議席を獲得している。
NLDが発表した独自の集計結果によると、獲得議席数は既に322議席を超えている。現地複数のメディアは、NLDが12日時点で前回の総選挙で獲得した390議席を超え、399議席を獲得した、などとNLDの圧勝を報じている。ジェトロのヒアリングに対し、当選したNLDの党員は「党内の認識では400議席を超過している。党首が有権者から信任された証しで、党首の『単独政権樹立』の呼び掛けに有権者が応じた結果だ」と話す。選挙管理委員会は、投票日から1週間以内に全ての選挙結果を発表する予定だが、現与党が政権2期目に突入するのは確実視されている。
「ともに国軍と闘ってきた仲間」と思っていたスー・チー氏。だが新政権が誕生しても動かなかった。17年8月には、ラカイン州でロヒンギャ武装勢力と当局の大規模衝突が起き、ロヒンギャ70万人以上が隣国バングラデシュなどに難民として流出。政府は帰還を促すが、国連などが批判する「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を認めず国籍も与えない状態が続くため、帰還は進まない。5年前の歓喜と期待は色あせた。「裏切られたということ。怒りというより悲しい」
今回の総選挙ではごく少数のロヒンギャが立候補する予定だが、国民の大半が仏教徒の上、文化や言語が異なるロヒンギャへの差別意識は根強い。ロヒンギャ問題の対応を公約に掲げる政党はNLDを含め、ほとんどないのが現状だ。
一方で国会議員の25%は軍人枠に当てられ、非常事態時は国軍が全権を持つ仕組みもあるため、国軍の政治関与はなお色濃い。今回の選挙もNLD優勢とみられるが、もし議席を大きく減らせば国軍の影響力がさらに強まり、ロヒンギャの復権も一層遠のくとイスマイルさんは感じている。
2017年のロヒンギャ虐殺
2017年初め、ミャンマーには100万人のロヒンギャがいた。その大半は、西部ラカイン州に住んでいた。
しかしミャンマーはロヒンギャを不法移民と見なし、市民権を与えていない。
ロヒンギャは長い間迫害されていたが、2017年にはミャンマー軍がラカイン州で大規模な軍事作戦を開始した。
ガンビアがICJに提出した訴状によると、ミャンマー軍は2016年10月から2017年8月にかけ、ロヒンギャに対する「広範囲かつ組織的な一掃作戦」を実施したとされる。
根本氏のロヒンギャ難民解説
ビルマ政府のロヒンギャ排斥の態度は、単に政府の対応というよりも、国内世論に支えられた深刻な差別だといえる。
国民の反ロヒンギャ感情は三つの部分から成る。ひとつはビルマの土着民と比較して彼らの肌の色が黒く、顔の彫りが深いという人種差別的な感情である。次にビルマ語が上手にしゃべれないことへの言語的差別である。第三にムスリム(イスラム教徒)であること、それもとりわけ保守的なイスラムを信仰する集団であることへの嫌悪感である。これら三つが複合して、彼らを「不法移民」「ベンガル人」であるとみなしているといえる。
ビルマ国内のロヒンギャは現在、ラカイン州北部の町シットウェーにあるゲットーのような隔離空間に、その多くが閉じ込められている。2012年6月にラカイン人仏教徒によるロヒンギャ襲撃事件が発生した際、ロヒンギャの「保護」を名目に、ビルマ政府がそのような措置をとったのである。ロヒンギャが多く住むラカイン州北西部の町ブーディタウンやマウンドー一帯でも、外への移動が厳しく禁じられている。
この状況は2015年11月現在も続いており、ロヒンギャは未来への展望が切り開けないのみならず、栄養不足や不衛生な環境に苦しみ、子供たちは教育を受けられない厳しい現状に置かれている。
彼らはさらに、11月8日に実施される総選挙の有権者名簿への掲載を拒絶され、被選挙権もはく奪された。前年の2014年4月に31年ぶりに実施された全国人口調査(センサス)でも、ロヒンギャはカウント対象から外され、国際社会から批判を受けたが、これまで政府によって黙認されていたロヒンギャの選挙権と被選挙権までもが、今度の総選挙では剥奪されたのである。
さて、今回の難民流出に伴うロヒンギャの苦境に関し、国際社会はメディアを含め、アウンサンスーチー国家顧問を非難している。しかし、彼女1人に責任を負わせることは前向きな結果を生まず、逆に事態を一層悪化させてしまう可能性が高いことに気付くべきである。
スーチー国家顧問は「大統領の上に立つ」国家顧問として、2016年4月からミャンマーを率いている。しかし、彼女には軍(国防)と警察(国内治安)と国境問題に対する指揮権がない。現行憲法がその3つの領域について大統領ではなく軍によるコントロールを認めているためである。
ロヒンギャ問題の核心はこの3つの領域と直接関わるため、彼女は自らの指揮権を用いてこの問題を解決に向かわせる法的権限を持っていない。もちろんそれでも、軍に意見は言える。彼女がそれをしているように映らないのは、そこに憲法改正に向けた彼女の長期的戦略が隠されているからである。
さまざまな軍の権限を認めた現行憲法は、かつて軍政期に15年もかけて準備されたものである。同憲法の改正のハードルは高く、上下両院議員の75%+1名以上の賛成がなければ発議できない。両院とも議席の25%が軍人に割り当てられているため、与党の国民民主連盟(NLD)は過半数という数の力だけでは改憲発議ができない。
軍は護憲にこだわり、改憲論議を拒否する。そのためスーチー国家顧問としては、軍に憲法改正の必要性と意義を納得させるために敵対を避け、信頼関係を深めていかざるを得ない。ロヒンギャを不法移民集団とみなし、今回の難民問題についても治安問題としてしか受け止めない頑なな軍に対し、彼女が強く意見を言えないのはそのせいである。
軍の頑固な姿勢だけにとどまらない。彼女はまた、反ロヒンギャに立つ多数派世論の壁も意識せざるを得ない。軍だけが壁であるならば、改憲が遠ざかるリスクを承知で国内世論に訴え、国際社会の声に迎合する態度を表明できたかもしれない。
しかし、上座仏教徒が9割近くを占める国家において、「仏教徒でビルマ語を母語とする人々だけが真のビルマ国民である」と考える排他的ナショナリズムに影響を受けた人々に対し、ロヒンギャ問題を冷静に語って理解させることは、短時間ではきわめて困難である。彼女が「この問題は歴史的に根が深く、発足一年半の政権にすぐに解決できるようなことではありません」と語ったことは、正しい現実理解として受け止めるべきである。
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感想
2017年のロヒンギャ虐殺は軍がNDLNLDへの嫌がらせの一環として行ったことなんだろうと思う。それによって、ロヒンギャ難民とアウンサンスーチー氏、国際社会とアウンサンスーチー氏、人権派とアウンサンスーチー氏の連帯ができないようにしている。このページの最初においた記事は、この分断工作がきっちり成功している例だと思う。あんまりにも複雑で解決の糸口が見えない話。