コンテンツ文化史学会2013年第1回例会「コンテンツと歴史」が面白そうなので参加してきた。
特例ながら「歴史ファン」についての現場の意見と定量的にみた意見について聴けたのと、歴史を題材として漫画を描いている人を支援している編集者の観点からみた話の2つを聴くことができた。
プログラム
松下尚さん 「新撰組のふるさと歴史館」と「新撰組ファン」と「オタク」
日野市立新撰組のふるさと歴史館の松下さんの報告。
昨年、 OSC 2012 Fallの帰りに高幡不動尊にお参りして、ついでに隣の駅である万福寺に歩いている途中で日野市が新撰組のゆかりの地であるという看板をいくつもみた。で、日野市立新撰組のふるさと歴史館もあることを知り「こんな博物館に誰が来るんだ?」という疑問を持っていたので、個人的にはタイムリーな講演だった。また、歴史コミュニケーション研究会第6回:「ライトノベルと『歴史』〜とあるライトノベル作家の現代文化史レポート〜」+「高校世界史:さかのぼり世界史2」の懇親会で話題になった「女性における新撰組人気の由来は何?」という話も聞けたので満足。
松下さんの発表のレジュメの構成は以下のとおり。
- 「新撰組ふるさと歴史館」と設立に至る経緯
- 新撰組ファンの歴史
- 新撰組のふるさと歴史館の入館者層とそのニーズ
- 日野市民の動向
- 新撰組のふるさと歴史館の入館者層
- 来館者のニーズ
- 満足度を高めるための工夫
- 新撰組による町おこしとオタク層の取り込み
- 歴史ファンと新撰組ファンの違い(おまけ)
以下、メモ。
「新撰組ふるさと歴史館」と設立に至る経緯について
- 97年の市長交代により新撰組のふるさととしての日野を観光資源として利用することに。2004年の大河ドラマでイベント。2005年にふるさと博物館を新撰組に特化した新撰組のふるさと歴史館へ変更。
- 直近3年の実績:入館者数1万2〜4千人。入館券売上230万円弱。グッズ売り上げ220万円強。
- ふるさと博物館→郷土資料館、管轄は教育委員会。新撰組のふるさと歴史館の管轄は観光資源ということで市長部局。
新撰組ファンの歴史について
- 松下さんの認識するコンテンツとしての新撰組の歴史
- 新撰組ネタで、幕末の情勢と新撰組の組織、その顛末までそのまま別の舞台に置き換えた作品が存在する
- 史実(と誤解されているもの)がそのまま物語になってしまうほどあまりに劇的である。
- 史実なので真似しても問題ない(と創作者が思ってしまっている)
- next49コメント:史実を司馬遼太郎が十分に抽象化&面白い部分の抽出を行って材料として使いやすくしているということ?
- next49コメント:まるごと使っているのが珍しいのかな?部分流用だといろいろなフィクションで使われているような。
新撰組のふるさと歴史館の入館者層とそのニーズについて
- 来館するのは日野市外の人が9割
- 女性と男性の比率は3対1ぐらい
- 一部のファンは「だれだれが使った〜」という展示物を望む傾向。一方で、新撰組周辺の展示物(天然理心流が広まった経緯や新撰組が同時代の人からどう見られていたのかなど)は「新撰組と関係ない展示」ととらえる人もいる
- 市立博物館として、由来の怪しい「だれだれがつかった〜」は収蔵できない。本物は高いので手がでない
- 追加料金なしで新撰組の扮装をして写真をとれるサービスをしていて好評。
- next49コメント:雰囲気と地の利を生かしているのでうまい戦略だと思う。縁もゆかりもないところでコスプレするよりも、「生誕の地」でコスプレする方が満足度は高いはず
- 松下さん曰く「メインディッシュである展示で得られる満足度が限定的なためサイドメニューで補っている現状」
新撰組による町おこしとオタク層の取り込みについて
- メリット:オタクは客単価が高い。
- デメリット
- 町おこし側にオタクに対する理解がないと、理解のなさを感じ取られて敬遠されてしまう
- 作品そのものに人気がないとファンがつかない
- 濃い人が集まり過ぎると一般人がひいてしまう
- 新撰組特有のデメリット:新撰組をテーマにしたアニメやゲームを認めず、そのファンも認めない。むしろ憎む人が一部いる。
- 日野市観光協会も失敗した(レジュメに詳細はあるが生生しいので省略)
- 松下さん曰く「隣の立川はいろいろと成功していてうらやましい。日野を舞台にしたアニメ待っています」
- 来館者エピソード:熱狂的な人が月間数名いらっしゃる
- 予算的問題や学術的もないから土方や沖田の遺品を展示することが難しいので、アニメ・ゲームなどを含む創作物に関する展示を行い、そちらのファンの満足度を上げていきたい
- 薄桜鬼のクリアファイル500枚が短期間で完売
- next49コメント:こういう歴史館のグッズの損益分岐点を知りたいところ。どれぐらい売れる企画だとOKなのだろう?
松下さん分析の「新撰組系創作物」と他の「歴史系創作物」の違いが興味深い。レジュメから転載する。
新撰組関連作品ができるまで
- 「新撰組血風録」「燃えよ剣」を読む
- 新撰組についてもっと知りたいと思う
- 司馬小説の常として、事実と創作を混ぜ、創作部分をいかにも事実であるように断言するため、創作だと気づきにくい。しかも先行研究がないので事実と誤認(既に研究は終わっているからという誤解)
- next49コメント:松下さん曰く「新撰組の研究成果がでたのがここ10年くらい」
- 歴史学の研究手法を知らず、知る気もないので適当に資料を探して、自分に都合の良い資料だけ取捨選択。きっかけが司馬小説なので、司馬小説を補強する方向に流れることが多い。新撰組意外に興味がないので、幕末史の流れや他の事象と矛盾点が生じても気づかないか気にしない
- 自称研究所「ぼくのかんがえたしんせんぐみ(仮称)」を発表
- もちろん、他の歴史上の人物や事柄でも、こういう研究書は存在する。しかし、他の事柄はまっとうな研究書や概説書もたくさんあるので目立たないが、新撰組は歴史学の研究対象から外れていたため、まっとうな研究書や概説書が存在せず、怪しげな自称研究書が目立つことに。
- 新撰組の小説や漫画を描きたい人がその研究書を参考にして書く
- 司馬亜流作品ができる。もっと、単純に「新撰組血風録」「燃えよ剣」を史実だと思って小説や漫画を書く人もいる。当然、司馬亜流作品になる。
質疑応答の際にでた話
- 郷土資料館の来館者はほぼ日野市民。来館者の3分の2は遠足。来館者は1日平均5人程度。
- 郷土資料館はどこの郷土資料館でも似たり寄ったりな展示になってしまっている。
- 史実ではないという観点からすれば、「新撰組血風録」「燃えよ剣」も「薄桜鬼」も同じフィクション。区別はない。
- 学芸員と郷土史家の仲は良くない(詳細の説明はなかった)
地域の歴史関連施設の生の声が聴けて大変参考になった。公立施設としてどれくらいの売り上げやどれくらいの来館者数(教育効果)や露出(宣伝)があると、施設の継続ができるのかというあたりも知りたいところ。この歴史館に訪れた方々が日野市の他の場所にどういうように滞在したのかを調査できれば、いろいろと面白いことがわかるような気がする。携帯・スマートフォンクーポンなどを使って調べてほしいところ。
あと、歴史館にも連絡ノートがあるというのが面白かった。
堀内純一さん 歴史コンテンツの需要に関する追跡調査ー「新撰組」コンテンツに関する調査報告(2)
2010年5月に新撰組のふるさと歴史館への来場者に行ったアンケート調査の追跡調査として、2013年5月に同様のアンケート調査を行ったときの報告。この調査のレジュメが面白かったので、「コンテンツ文化史研究 Vol. 6」を買ってしまった。
面白いと思った部分だけ抜粋でメモ
- 回答者数 220名、有効回答数:194。
- 調査1日目が豪雨だったのでコアなファンが来た可能性が高い。2日目が一時に多くの来館者者が来た関係で白紙回答が多くなってしまった
- 男女比1対3ぐらい(前回調査もほぼ同様)
- 来館者の中心は20代と30代。3年前の調査とくらべて20代が減り、10代が増えた。
- 来館者の9割以上が日野市外
- 興味を持ったきっかけはテレビと書籍、学校、家庭。今回はテレビと書籍が減り、学校と仮定が増えた。3年前はテレビと書籍が多かった
- アニメやゲームは案外少ない
- イベントや史跡情報はネットから得るが歴史情報をえるのはテレビや書籍
- 興味のある時代は幕末中心。他の時代や分野に対する興味は少ない。回答者の1割程度は幕末にすら興味がない(新撰組だけ興味がある)
- 歴史関係で消費する時間の中心は30分〜6時間で全体の5割。この傾向は3年前の調査と変わらないが、今回は、6時間以上のヘビーな層が減り、30分〜2時間の層が増えた
- next49コメント:歴史関係にたくさんの時間を使わないのに「新撰組のふるさと歴史館」というコアな場所に訪れるというのは、歴史のカジュアル化が進んだといえるのではないだろうか
- 史跡訪問で行きたい場所について、男女で比べると一番大きな差があるのが「古戦場」(コンテンツ文化史研究 Vol. 6での報告による)。今回は男女差の報告はなかった)
- 史跡訪問で行きたい場所についての3年前調査との差は神社仏閣が増え、遺跡・古墳が減ったところ。何人かに直接インタビューしたところ神社仏閣は行きやすいという意見があったとのこと
- 史跡訪問の頻度について、3年前の報告では(報告コンテンツ文化史研究 Vol. 6)歴史ファンは旅行回数が多いという主張だったが、今回も傾向としてあまり変わっていない様子。ただ、月2回以上、月1回程度が減り、その分、3か月に1度が増えている。
- 行ってみたい場所については、5人以上が回答した地名はほぼ一緒(長崎OUT、仙台IN)。京都、福島、函館、高知、都内、山口、北海道、奈良。3年前の調査結果との比較で明らかに大河ドラマの影響がみられるとのこと。
- 「なのに、テレビの影響が減っているというのはどういうこと?」
- 2010年の調査と2013年の調査を比べた時、20代が減り10代が増えているので世代交代していると言えるが、これが継続的な世代交代なのかは不明
- 2010年の調査と2013年の調査の違いはある程度は低年齢化に原因を求めることができるとのこと
- 論文にするときにはクロス比較などをしてもっと詳細に検討するとのこと。
このいわゆる「歴女」を対象とした調査は非常に興味深かった。歴史そのものに興味を持っているのではない人(キャラへの興味、コンテンツへの興味)を調査対象にして、歴史への興味について定量的に調べるというのは、ニセ科学の話とかでも行ってよいように思った。ホメオパシーなどの明確なニセ科学を信じている人も科学への信頼はある(それがどういう表現かは別として)として、啓蒙や批判の意図は全くなしで、科学との距離感について定量調査できたら面白いだろうなと思った。
対談:筆谷芳行さん、吉田正高さん
筆谷さんの話がうまい。面白い。編集者すごい。会場の人、漫画に詳しすぎ。私も漫画好きと自認していたけど会場のどよめきのタイミングでどよめけなかった。人文系のイベント行くたびに思うけど「私ってライトユーザーなのね」。
以下、メモ。
- 現在3誌の編集長
- 編集部は6人。なので、編集長も漫画家さんの担当持っている
- 編集部の人員が少ないので編集側の企画力・取材力に難がある。なので、漫画家さんのこだわりを生かしてもらった方が良い漫画になる可能性があると考えている
- 「雑誌をささえるのがつっぱり、コミックをささえるのがオタク」
- 漫画家さんの興味や経験がないものは漫画にならない
- 車とバイクの漫画が減っている。現在残っている車とバイクの漫画の作者は50代
- 漫画家のみならず、都内の編集者もバイクや車を持っていない
- この結果、若手で車やバイクの漫画を描く人がいなくなっている
- next49コメント:漫画家や編集者が都市圏に住んでいることが影響?→日本のほとんどが田舎というのは本当?
- ガンアクションを描く人も減ってきている
- ガンアクション、車、バイクなどの漫画に対しての神読者(すっごいマニア)がいる
- 朝霧の巫女の話で盛り上がっていた。でも、私はこの作品について知らなかったのでまったくわからず
- 単行本の書き直しには原稿料が発生しないので漫画家の意地・こだわりとのこと
- ナポレオンは少年画報社伝統のツッパリ漫画。男の生き様で物語を進めていくのがツッパリ漫画。
- ドリフターズは誰が買っているの?というぐらい売れている。Hellsingで予想した読者範囲を超えているっぽい
- 吉田さんの「ドリフターズをやると決めた時の打ち合わせはどういう風に?」という質問に「言葉で説明してもらってもわからない。描いてもらうしかない。ネームで描いてもらって、面白いとなった」「ネームの半分は締切に間に合わず使えなかった」
- 説明なしでは読者がわからないとしても、あえて説明はいれない。今の時代ならば検索することができる。漫画が新たな知識への入り口となってほしい
- コミュニティーは新たな参加者に優しくしないといけない。「こんなのも知らないの?」と排除していったならばそのコミュニティは死んでしまう
- next49コメント:いかなるコミュニティーもある程度のメンバーを持ち、継続したいならば教育&接待担当が必要不可欠。だれかがそのコストを払わないとコミュニティが死ぬ
- 歴史は現実的なファンタジーとみることができる
- 漫画家は興味があることしか漫画にしない。だから、歴史を楽しむ人たちがいなくなったら、バイクや車の漫画と同じように歴史をネタにした漫画を描く人がいなくなる
総合討論より
- 蓄積ゼロから漫画を描き始めるというのはほとんどの人がやらないのではないか。やはり、頭の中にある程度入っていないとそれを題材にしない
- 資料がない時代を漫画の題材にするのは難しいと思う人が多いと思う
- (歴史の新事実はロマンを削ぐ傾向があるという話の流れの中で)歴史の新事実がコンテンツの魅力を減じることはないと思う。それをどう解釈するのかによる。
総合討論
最近参加させてもらっている歴史コミュニケーション研究会と同じ問題意識が最後の方で話題になった。
おわりに
上記はnext49の理解であって、当該発表者の発言そのものでないことに注意。