リンク:せんとくん/まんとくん論争 Why Now?

議論のかみあわさ具合がおもしろい。

「BのネーミングがAのパロディである限りBはAへの批判としては機能する(認識される)が、Aが存在しなくなればBも存在しなくなるのは自明である」という主張の「Aが存在しなくなればBも存在しなくなるのは自明である」という部分に対して「Bには〜の要素があるし、私たちも盛り上げていくからAが存在しなくてもBは生きていくはずだ」という主張がされており、議論が平行的になっているという状態。

「BのネーミングがAのパロディである限りBはAへの批判としては機能する(認識される)が、Aが存在しなくなればBも存在しなくなるのは自明である」に反論する場合は、「BのネーミングがAのパロディであるにも関わらず、Aが存在しなくなってもBが生き残っている」という例をたくさん列挙し、「BのネーミングがAのパロディである限りBはAへの批判としては機能する(認識される)が、Aが存在しなくなればBも存在しなくなるのは自明である」は、強い経験則でないということを示せば良い。