追記:こちらの方がよりまとまっています。→ 論文の再投稿と多重投稿について
を読んで、全く内容は違うけども、当たり前すぎて教えてもらえなかった(尋ねるまで教えてもらえなかった)ことを私も書いてみようかと。以下は、私の知っている範囲のお話。分野によっては全く違うことがあるのでご注意を。また、私の理解が間違っている可能性も非常に高いので、ご指摘、ご教示大募集中。
何の話かというと論文投稿についての話。人工知能学会学会誌2008年5月号:「国際会議に通すための英語論文執筆」特集でもあるとおり、計算機科学・情報工学の分野は国際会議が研究発表の場としてかなりの地位を占めている。なので、学術雑誌だけでなく、国際会議も含めて述べてみる。
論文投稿は大きく分けて「査読あり」と「査読なし」の世界に分かれる。査読とは、投稿された論文を2〜3人の同分野の研究者が読み、新規性、独創性、会議や雑誌への適合度、論文の構成の良さなどを評価し、その論文を会議の論文集に載せるか、あるいは雑誌に載せるかを判定すること。普通は、査読がない論文は研究成果とは認められにくい。
学術雑誌や国際会議の論文は、ページ数、論文の目的によっていくつかの種類に分けられる。
Poster(ポスター論文、ポスター発表)
普通は発表形式なのだけど、会議によってはポスターとして論文を集めているときがあるので一応。ポスター論文は1〜2ページ程度。A1かA0の大きさくらいのスペースに自分の研究成果をポスターとして記載し、掲示する。多くの場合、著者が必ず自分のポスターの近くにいて質疑応答に答えなければならない時間が設定される。
英語力がない私のような人間にとって一番緊張する発表形式。なんせ、フリートークなので。一方で、自由に議論できるので楽しいって言えば楽しい。たいてい、言葉通じなくて悲しいけど。あと、誰も自分のポスターを見に来てくれないと本当に泣きそうになる。
学生のうちに国内のワークショップなどでポスター発表を経験しておくと、会社に就職した後に展示会で説明して来いと言われてもびびらないと思う。
学術雑誌ではポスターを募集することがない(当たり前だけど)
Position paper(ポジションペーパー)
新たな問題、アイデアなどをできる限り早く報告し、研究の新規性と独創性を保持しておくために出す論文。通常1ページから2ページ程度。ワークショップ(比較的少人数であつまって議論することを目的とした会議)などの発表者を募集するときにポジションペーパーで募集することがある。
Abstract (概要)
1〜2ページ程度の論文概要。Abstractだけで採否が決まるような会議はたいした会議じゃない。成果を発表するよりは、意見交換、討論を目的としたワークショップなどでこの形式で発表者を募集することがある。でも、たいていはFull paper(後述)投稿の前にAbstractを投稿させるという使い方が多い。このAbstractでふるいにかけるためかも。
なお、Abstractは論文の短縮版であり、論文の導入、前書きではないのでちゃんと成果やインパクトまで書かなければならない。
学術雑誌ではあんまり見ない。
Extended Abstract
2ページ程度の論文概要。Abstractよりもページ数が多いので、Abstractよりは詳細に書く必要がある。Full paper(後述)を投稿する前にExtended Abstractを求められることがある。たいていこういう会議のレベルは高い。論文概要なので、問題、目的、解決法、結果を簡潔にまとめていないといけない
自分の研究成果を短く、かつ簡潔にまとめられるのは一流研究者の証拠。でも、そんなんむずかしい。
学術雑誌ではあんまり見ない。
Short paper(ショートペーパー)
2〜6ページくらいの論文。普通の論文だが、Full paperよりはページ数が少ない。Full paperとして投稿した論文が、Full paperにするには内容が不十分だが、アイデアややり方が面白いなどというときにShort paperで採択されることがある。普通、Full paperとShort paperの両方を論文募集(Call for Paper、略してCFP)しているとき、Full paperよりもShort paperの方が採択基準が低い。当然、評価も低い。
ただし、一流国際会議のShort paperと二流国際会議、学術雑誌のFull paperを比べると一流国際会議のShort paperの方が高く評価されることがある。これは、一流国際会議の論文集の方が閲覧される可能性が高いため。
学術雑誌もShort paperを募集しているときがある。
Full paper(フルペーパー、論文)
普通、論文を投稿するといったらFull paperを投稿すると言うこと。国際会議は6ページから12ページくらい。学術雑誌はページ数制限がないときがある。
国際会議と学術雑誌双方とも、Full paperには問題点、目的、解決方法、結果が含まれていないとならない。ただし、国際会議は討論や発表、意見交換が主たる目的であるため、現在実行中の研究成果の発表も許される(すなわち、討論の結果を研究成果に生かすことが期待されている)。一方で、学術雑誌は、完結した研究成果の報告をなされることが期待される。よって、一般的には学術雑誌の採択基準は国際会議の採択基準よりも高い。
また、国際会議は多くの場合投稿から採択通知まで、長くて半年、短くて3ヶ月くらいであるが、学術雑誌は投稿から採択通知まで短くて半年、長くて2年、掲載までいれると3年くらいかかることもある。
また、学術雑誌の場合、査読者とファイト(査読者の指摘に異を唱える)できるが、国際会議の場合は普通ファイトできない(あっさりと落とされる)。
多くの大学院の博士後期課程(博士課程)の修了条件は学術雑誌掲載論文*編である。
Letter(レター、速報)
学術雑誌は投稿から掲載まで時間がかかるため、新規性と独創性をできるかぎり早く確保したい場合や、その分野の研究者に成果を早く伝えたい場合に困ったことになる。これを解決するために用意されたのがLetterだ。
問題、解決方法と結果の概略、あるいは、新しい問題、新しいアルゴリズムなどFull paperに比べると小さい問題、現在進行形の研究成果がLetterの内容とされる。
Letterの目的から、査読期間を短くとっている場合が高い。短くて2,3週間、長くても2ヶ月で査読結果がでる。
Technical report(技術報告)
Letterよりもさらに実験結果や導入結果の報告に特化した論文。論文というか報告書。企業が社内で出していることも多い。
産業界と連携しているような国際会議、学術雑誌はTechnical reportを論文募集していることもある。
研究者の観点からみる論文の重要度のレベル
国際会議の場合
poster, position paper, abstract < short paper, extended abstract < full paper
学術雑誌の場合
technical report < letter < short paper < full paper
論文が載る媒体と多重投稿について
はじめに言い訳。賛否両論あろうかと思いますが、私はこのように教育されたということでぜひご容赦を。
科学の世界では、論文の多重投稿は許されざる行為。ましてや論文の多重掲載なんてしてしまった日には研究者の命が尽きるとき。なので、論文募集は普通「他の媒体で発表されたことのない研究成果」を求めている。
しかしながら、上述のように論文はたくさんの種類があり、論文の掲載メディアも会議の論文集や学術雑誌などとわかれている。実は、この多重投稿・多重掲載禁止のルールは微妙に難しい。研究者が書く論文は以下の観点で区分けされる。
- 論文の種類(full paper, short paper, extended abstract, position paper, letter, technical report, poster)
- 英語とそれ以外の言語
- 査読ありと査読なし
- 学術雑誌と国際(国内)会議
この4つの観点をブレンドして順序組として、その順序組おいてのみ多重投稿・多重掲載禁止のルールが適用される。どういうことかというと、ある研究成果Aがあるとき、このAについて(査読あり、日本語、学術雑誌、full paper)の論文を発表した後に(査読あり、英語、学術雑誌、full paper)で論文を発表しても多重投稿・多重掲載とみなされないということ。
基本的に、full paper以外の論文はすべて進行中の研究の一部分の報告、あるいは研究の簡略報告であるためfull paper以外の形式で発表された論文をfull paperとして発表しても多重投稿・多重掲載とみなされない。
また、基本的に科学の世界に自分の研究成果を発表する=英語で発表するとみなされるので英語とそれ以外の言語は全く別ものとして扱う。なお、英語以外の言語で発表した成果が、別の誰かに英語で発表された場合、研究の独創性が自分にあると主張しても負ける可能性があり得る。
国際会議は討論・発表を目的としたものであるのでfull paperとはいえ、現在進行中の研究成果報告である。なので、国際会議で発表した成果をさらに発展させ、充実させ学術雑誌に投稿するのはOKと考えられている。ただし、最近は学術雑誌はもういいんじゃない?という意見もあり、国際会議の発表を持って研究成果の発表終わりとみなす人もいるみたい。
日本の教員の評価対象は学術雑誌掲載論文数が重要だったりするので、国際会議にfull paperを投稿し、それを発展させ、学術雑誌に投稿というルートをとることが多い(のではないかなぁと周囲5mくらいを見回して思う)。同様に、博士号取得の必要条件に学術雑誌掲載論文数編というのが多いので、博士号取得希望者は学術雑誌に論文を投稿することが多い。
なお、大学によっては学術雑誌のfull paperとletterを区別せず1編と数える。でも多くの大学は学術雑誌のfull paperを1編、letterを0.5編と数えるらしい。余談だけれども、文系は学術雑誌自体が少ない、あるいはないので別の基準で博士号取得の必要条件を課している場合が多い。
追記(2008/6/13):rjjさんがご教示くださったので自分の説明たらずに気がついたのだけれども、会議に投稿した論文をそのまま学術雑誌に投稿するのはダメ。学術雑誌はその研究の最終成果を報告する場なのだから、会議に投稿した論文をより練り上げる必要がある。仮に会議に投稿した論文をそのまま雑誌に投稿したとしても、不採録になる可能性が高い(内容が不十分であること、既に発表されている論文との違いに言及されて)。
追記(2008/6/18)
私の教えの源泉を見つけたのでご紹介。私の学生時代の指導教員がこの本で論文の書き方を勉強していたとのこと。
上記の本の3章「科学論文とは何だろう?」より
(p. 11)
科学論文とは、独自の研究成果を文章にしたものであると同時に、ジャーナルに掲載されたものです。
(pp. 11 -- 12)
ある科学論文が(以下に述べる)すべての要件を満たしていたとしても、不適切な出版媒体に掲載されていたら、それはやはり本当の科学論文と認めることはできません。つまり、科学論文の要件を満たしているが、比較的貧弱な内容のレポートがあったとして、それが適切な出版物(原著論文のジャーナル、あるいは一次刊行物)に受理され、掲載されたとすれば、それは立派な科学論文として認められます。これに対して、すばらしい内容、形式のレポートが、適切でない出版物の中におさめらえてしまったら、それはもはや科学論文とはいえません。政府刊行物や会議の出版物のほとんどや、大学や研究所の紀要、その他の一時的な出版物などは、適切な一次刊行物(原著論文のジャーナル)ではないのです。
(pp. 19 -- 20)
会議レポートというのは、シンポジウム、国内外の学会、ワークショップ、円卓会議などの議事録(Proceedings)として本あるいはジャーナルに掲載される論文のことです。そのような会議は普通原著論文の発表の場としてみなされておらず、したがって(本やジャーナルに)発表される議事録も一次刊行物とは考えられていません。
〜中略〜。
したがって、膨大な会議の文書は、普通一次刊行物として印刷されたものではありません。もし新しいオリジナルなデータがそのような会議の文書の中に発表されたとして、そのデータは原著論文(一次刊行物)のジャーナルに出版(再出版)することができます。むしろ再出版するべきでしょう。そうでなければ、その情報は事実上失われてしまうことになるでしょう。会議レポートへの出版の後に、同じ内容が一次刊行物のジャーナルに再掲載されると、一般には版権や掲載許可などの問題が生じます。しかし、非常に深刻な二重投稿の問題(オリジナルデータを2つの一次刊行物へ掲載すること)は会議レポートについて普通は起こりませんし、起こすべきでもありません)
雑誌相当の会議論文集
計算機科学・情報工学においては国際会議も重要な研究発表の場とみなされるので、一流国際会議の論文集を学術雑誌相当とみなすことも多い。分野によって違うけれども異論がでない一流国際会議としては
- ACM主催の会議(ただし、採択率3割未満)
- IEEE、IEEE-CS主催の会議(ただし、採択率3割未満)
- Springerが出している論文集シリーズ Lecture Note in ** (有名どころはMathmatics, Computer Science, Artificial intelligence)で論文集がでる会議(ただし、韓国ではこれは認めなくなったそうな)
- DBLPに載っているような国際会議
参考
おわりに
以上、私が教えてもらったこと、調べたことをざっと書いてみたけれども、こういう話は分野によって大きく違うので指導教員や先輩に必ず確認していただいたい。指導教員が信用できないならば、あなたが信用する、ロールモデルとしている研究者の業績リスト一覧を見て欲しい。普通は分類して業績リストを載せているのでその分野の有名会議や投稿慣習がだいたい読めるはず。
それでは、楽しい論文投稿ライフを!!