小保方氏の博士学位論文に関する調査報告書が突きつけるエグイ問い

時事通信:博士号剥奪は「生活破壊」=小保方氏論文で回避理由説明−報告書の全文公開・早大という記事のインパクトでだいぶ評判悪い「大学院先進理工学研究科における博士学位論文に関する調査委員会」による調査報告書だけれども、この見出しで強調されているよりも、多くの理工系大学院で看過できないことがこの報告書に記載されている。

簡単にいうと、学位授与の際に査読付き学術論文掲載を必要条件にしている場合、予備審査後は、学位論文に不備があっても学位を授与しなければならないかもしれないということ。

長いけど以下、p. 50 から始まる 2-(4)-b 「本研究科・専攻における学位授与及び博士論文合格決定至過程の実態」より転載。

上記 III.2 (3) で「不正の方法」と認定した問題箇所が学位授与に与えた影響などを検討するためには、本研究科における学位授与、博士論文合格決定の実態を検討する必要がある。この点、本調査においては、本研究科における学位授与及び博士論文合格決定に至る過程において、以下の事情あ認められた。

  1. 学位授与及び博士論文合格決定過程において、査読付き欧文学術雑誌に論文が掲載された(掲載予定である)ことが重視されること
    1. 平成22年度当時の本研究科・本専攻においては、博士学位授与の要件のうち、書く研究科の定めた所定の単位の修得について、「研究業績を示すに足りる学術論文または他の種の学術業績」が要件として求めており(学位審査についての申し合わせ2(II))、具体的には課程内博士については、審査分科会当日までに査読付き欧文学術雑誌に主たる論文が一報掲載又は掲載可になっていることが要件とされていた(平成22年当時の生命医科学専攻・博士学位取得の要件)。
    2. 科学の分野における論文は、実験の結果とその分析を主たる内容とする。論文の作成者は、実験内容を論文に記載し、その論文が審査され、査読付き学術雑誌に掲載される。そのため、実験の内容もまた、学術雑誌における査読の対象となり、学術雑誌がその掲載を受理したことは、査読者が上記一連の実験の実在性に疑問を持たなかったことを示している。
    3. 科学の分野においては、論文の作成力も重要であるが、それ以上に、論文の基礎となった実験の科学的価値が重視される。早稲田大学における博士論文の審査において、査読付き欧文学術雑誌い主たる論文が一報掲載又は掲載可となっていることを学位授与の要件としているのは、博士論文の科学的な価値の評価を、第三者というべき査読付き欧文学術雑誌による評価に委ねていることを示している。(色強調はnext49)
    4. 大学によっては、査読付きの学術雑誌に掲載された論文を纏め、前書を付けるという形式の博士論文をも認めている。本専攻では、この方式を原則として認めていないが、本専攻が許容した場合には、そのような方式による博士論文の作成をみとめている。
    5. 以上のとおり、本研究科の学位授与及び博士論文合格決定過程においては、査読付き法文学術雑誌に論文が掲載された(掲載予定である)ことが非常に重視されていた。
  2. 学位請求時点で指導教員及び本専攻の教室会議による学位授与に関わる予備的な判断が下されており、学位授与に際してはその判断が重視されること
    1. 本研究科の場合、学位請求者の申出を受けた本専攻の指導教員は、学位授与の要件を満足しているか否かを、申出を受けた時点で予備的に判断することとなっている。その上で、その判断に関する資料を添えて、本専攻の教室会議に対して、学位審査を提案する。
    2. 本専攻の教室会議は、学位授与の要件についての予備的な判断を行い、予定される論文審査及び審査分科会の構成員原案を作成し、本研究科の研究科長に対して提出する。
    3. 当該教室会議の予備的な判断の直後に、学位請求者による学位請求手続きが行われる。
    4. 〜省略〜
    5. 以上のとおり、平成22年度の本専攻においては、学位請求手続きよりも前の段階で、指導教員及び教室会議よって、学士請求者が学位授与の要件を満たしているか否かを、予備的に判断することとなっていた。したがって、学位授与の要件をみたさない学位請求者の場合には、そもそも学位請求が受理されない運用となっており、その一方で、学位請求が受理されれば、通常は、学位授与がなされる運用となっていた。
  3. 指導教員及び取捨の指摘に従って、必要な修正をすること
    1. 〜省略〜
    2. 審査分科会及び研究科運営委員会においては、主査および副査による修正の過程が適正になされることが前提とされており、審査分科会審査においては、博士論文の内容についての詳細な検討は行われない。
    3. 小保方氏の場合でも、このような本来あるべき審査がきちんとおこなわれていれば、上記II.1で検討した問題箇所はすべて解消され、その結果、博士論文は合格し、正しく博士の学位が授与されていた蓋然性が高い。(色強調はnext49)

上記の認識の下、p. 52 から始まる2-(4)-c にて、著作権侵害行為かつ創作者誤認惹起行為に当たる問題点1、2、3、8は当該博士論文の中心的部分である実験部分ではなく、比較的重要度の低い序論で行われいるので、学位取り消しには至らないと判断を下している。

報道では草稿だから問題点があり、提出予定であった完成版には問題点がないように報じられているけど、実際には著作権侵害行為かつ創作者誤認惹起行為に当たる問題点は残っている。以下は、著作権侵害行為かつ創作者誤認惹起行為に当たる問題点と、草稿と完成版でそれらが残っているかどうかを表にまとめたもの。ネットでみんなの度肝を抜いたNIHのWebサイトからのコピペは完成版でも残っている。

問題個所 内容 草稿 完成版
NIHからの20ページにわたるコピペ(これの問題1 あり あり
NIHのWebページからの画像転載(これの問題1 あり あり
ここからの図の流用(これの問題1 あり あり
博士論文2章Referenceがコピペ(これの問題2 あり なし
ここここから画像転載。(これの問題3 あり なし
博士論文3章Referenceがコピペ(これの問題2 あり なし
博士論文4章Referenceがコピペ(これの問題2 あり なし
ここから画像転載(これの問題4 あり あり
博士論文5章Referenceがコピペ(これの問題2 あり なし

これらの他にも、意味不明な記載(本文中に説明のない画像。問題点10、11)、論旨が不明瞭な記載と言える箇所(誤字や説明が足りない。問題点12〜16)、博士論文の元となったTissue誌掲載論文と整合性のとれない画像の利用(問題点17〜21)、論文の形式上の不備がある箇所(説明すべき諸条件の記載がない。申請した特許の詳細情報がない。動物実験に関する手続きの記載がない。問題点22〜24)などがある。

普通に考えて、いくら学位請求の必要条件満たしていたとしても、こんな博士論文しか書けないならば、半年は修了延ばして、博士論文書き直させるはず。なので、調査委員がいうとおりちゃんと審査していれば、その時点での博士号授与はなかった。一方で、指導教員がちゃんと仕事していれば、早稲田大学のこれまでの通例からいえば学位取得できたのもほぼ確実と言える。

ここで、「生活破壊」の話がでてくる。学位取り消しすると小保方氏の生活に深刻な影響がでるので、小保方氏は学位取り消しに異議申し立ての裁判をしてくる確率が高い。そのとき、裁判官が上述のように事態を認識したら早稲田大学はかなりの確率で裁判に負ける。なので、この報告書は学位取り消しすべきと判断しなかったのだと思う。

それで問題になるのは、この理屈が裁判で通るとき、学位授与の際に査読付き学術論文掲載を必要条件にしている場合、予備審査後に博士論文に不備があって修了させないとき、学生がこれを事例として不服申し立てをしてくるのではないかということ。指導教員と学位請求者の間で納得があるときは、この報告書にあるようなプロセスで博士論文を修正するだろうけど、指導教員と学位請求者の間で対立があったときはどうなるのか?

もちろん、理不尽な理由で博士論文に不備があるとみなすのはとんでもないことだけど、小保方論文のような論文でも学位を出さない理由にならないと判断されるならば、ほとんどのダメだしが意味をもたない。

じゃあ、査読付き学術論文掲載を必要条件にしなければ良いかといえば、それはそれで問題がでてくる。たとえば以下の事例。必要条件の明確化は教員の恣意性を弱めてくれるという側面もある。

大学や分野によっても学位論文を既発表の論文をまとめた論文にするか、原著論文にするかは変わる。

この件が丸く収まる展望はかけらもないけど、先日書いたとおり早稲田大学は再審査するべきで、当時の博士論文に基づく学位は取り消すこととし、改めてまともな博士論文を再提出させて小保方氏に学位を授与すべきだと思う。そして、当時の学位取り消しおよび学位の再審査に伴う損害については早稲田大学が負担するのが、綺麗じゃないけど落としどころじゃないかと思う。

この状況は博士課程の学生を日本で指導する大学教員全員にとってエグイと思う。

おまけ

ちなみに報告書の p. 44の2-(3)-gの最終段落は間違っていると思う。

そうすると、小保方氏は問題箇所①から⑨のうち、問題箇所①、②、③の1、③の2、③の3及び⑧については、その存在を認容していた一方、問題箇所④、⑥、⑦及び⑨、並びに問題箇所⑤については、その存在を認容せずに、本件博士論文を製本し審査分科会に対して提出していたことになる。

とあるけど、小保方さんが完成版と称するもので修正していたのは問題箇所④、⑥、⑦及び⑨、並びに問題箇所⑤であり、残っているのは問題箇所①、②、③の1、③の2、③の3及び⑧なので、正しくは以下のように書くべき

そうすると、小保方氏は問題箇所①から⑨のうち、問題箇所④、⑥、⑦及び⑨、並びに問題箇所⑤については、その存在を認容していた一方、問題箇所①、②、③の1、③の2、③の3及び⑧については、その存在を認容せずに、本件博士論文を製本し審査分科会に対して提出していたことになる。

追記:「学位を取り消す」ただし「猶予付き」とのこと

落としどころとして妥当かなと思う。後は再審査をどれぐらい厳格にできるかが問題。