主張の根幹をなす事実が間違っていても大筋に納得できれば良い論?

因果関係と相関関係がごっちゃになっているで触れた日経ビジネスオンライン:今の資本主義はもう、やめてくれのコメント欄が怖い。突っ込みどころ満載なので当然コメント欄では賛否が半ばなのだけど、同感したという意見の中に次の主張があって怖くなった。

私は記事を読んでいて大いにうなずくところがあったのですが、コメントを読んでみると、いささかあんぐりとせざるを得ませんでした。人により多様な意見があることは当然ですが、大を見ず小を突付きまわしていては先生の言わんとしている事は判らないでしょう。

論法が突飛だと言う意見がありますが、このお話で大切なのは論法云々ではないと思います。実にまともな提案をされていると思います。「人間が生きるために必要な水や食料、エネルギーに対する投資には一定の規制を設けることが必要ではないでしょうか」

安田先生の議論は間違っているかもしれませんが、重要なのは、このような環境破壊と宗教と文明との関係について、もっと多くの学者が関心を持ち、もっと多くの研究と議論がなされることだと思います。なぜなら、これは我々人類の存亡に関わる問題ですから。

上記のエントリーの安田先生の主張は以下のとおり

  • 森林がなくなると文明が衰亡する
  • 森林が滅びたところに一神教が普及する
  • 一神教が普及すると価値観の多様性を認めないので衰亡に拍車がかかる
    • 上記の論の証拠として、ローマ文明は森林が無くなり、かつ、一神教が普及したので滅びたという事実がある
    • 一神教が普及すると価値観の多様性を認めないという例(証拠)がローマ皇帝位の継承が実力者の推挙から血縁による継承に変わった(王権神授説)ということと、蛮族出身の優秀な人材(スティリコ)を殺し、無能な皇帝の息子を皇帝とした。
  • 社会にゆとりがある時代には、多様性を許容できる。でも、社会が逼迫状態になってくると多様性を許容できなくなる。
    • この主張の根拠は、スティリコの死。
  • このローマ帝国末期(西ローマ帝国初期)の状況と今のアメリカは似ている
  • オバマ大統領が殺されればアメリカ文明は終わる
  • アルプス以北にキリスト教が広まっていったのはアルプス以北の森林が無くなっていったから
    • この主張の根拠は、12世紀以降の大開墾時代に、ヨーロッパの森は破壊されたこととローマ崩壊後の文明の中心地はアルプス以北のヨーロッパに移ったから
  • ヨーロッパで燃やすものがなくなったので石炭を燃やすようになり産業革命が起こった。この結果、市場原理主義が生まれた
  • マルサス人口論の中の主張、「神の命の通り、一生懸命働いていれば豊かになれるはずだ」と。「貧しい人間は神の命に背いた人間であり、罰を受けているんだ」が市場原理主義に影響を与えた
  • 英国にあった救貧法が19世紀に廃止されたのはマルサス人口論の影響
  • 市場原理主義に従うと人間は人間以外のものなど考えない
  • 人間は皆豊かさを求めるために必死で生き、欲望を際限なく膨らましたので地球環境問題が発生した
  • 多神教一神教の最大の違いは自然や人間以外の生命に対する畏怖の念があるかないか
  • キリスト教には自然や人間以外の生命に対する畏怖の念がない結果として、自然科学を生み出せた
  • 自然科学には人間以外の生命に対する畏怖が欠落している
  • 自分の子供を平気で殺す親に比べれば、縄文人の心は現代の人間よりも崇高だ
  • 縄文時代は1万年続いたけど、一度も戦争をしたことがなかった
  • 弥生時代は他人の幸せを同時に考える社会があった
  • 日本人は生きとし生けるものを崇拝し、他人の幸せを考え、慈悲の心を持って、人と自然が接するという素晴らしい伝統があった
  • 伊勢神宮式年遷宮は何の成長もないということ、右肩上がりに成長するのではなく持続的に式年遷宮を続ける喜びを感じてくださいということ示している
  • 2050〜70年に現代文明は崩壊する
  • 一生か二生分のカネをためて、その残りを、地球資源を守るために使う、あるいは、貧しい人々の暮らしを守るために残しておいて、1000年地球を存続させるという哲学が市場原理主義には完全に欠けている
  • 地球が支えられる人口はどれだけ頑張っても78億人ぐらいだと思われるので2025年ぐらいに100億人近くの人口になったらもう人口を維持できない
    • 上記の主張の根拠は、イースター島が人口増加に伴い環境破壊によって1万人近くいた人口が40人ぐらいまで減った事実から
  • 温暖化により平均気温が3度上がると、海洋の大循環が止まり世界の海は死の海になる可能性がある。これが起こったら人類は生きていけない
  • 人間が生きるために必要な水や食料、エネルギーに対する投資には一定の規制を設けることが必要
  • 次のシステムを作れるのは日本
    • 根拠は、日本は多神教の世界観を持つから

主張のメインストリームは、「森林(自然)が無くなると一神教が広まり、一神教の下では人間以外の自然や生物に畏れを感じないためダメだ」と「森林(自然)が無くなると一神教が広まり、一神教の下でマルサスは『貧しい人間は神の命に背いた人間であり、罰を受けているんだ』と唱え、今の市場原理主義を作り、地球環境問題を発生させた。だから、ダメだ。」いうもの。この主張の一番の根拠となるのが森林が無くなることと一神教の普及の因果関係、ならびに、一神教の普及と自然破壊、および多様性の縮小の因果関係ががっちりしていないといけない。

で、この安田先生の話の中では

  • 一神教の普及と自然破壊、および多様性の縮小の因果関係の証明は弱い
    • ローマ帝国成立時から血縁で皇帝継承をしている。王権神授説が成り立ったのは17世紀というのが定説。王=神という関係であると拡大解釈してもオリエント(ペルシアやエジプト)が古来からその制度をとって血縁継承をしている。
    • カトリックの聖人の数を見れば、あれはほぼ多神教と一緒だと考えてもおかしくない。でも、ルネサンスまで多様性は特に無かった。
    • ローマ文明滅亡後にローマ・ギリシア時代の知識を継承したのはイスラム世界。ヨーロッパは十字軍以後にアラビア語の書籍を翻訳してローマ・ギリシア時代の知識を復活させた
    • インドは多神教だけど、身分制が厳しく多様性を許す社会とはいえない

という状態。

この根幹部分の主張を「人により多様な意見があることは当然ですが、大を見ず小を突付きまわしていては先生の言わんとしている事は判らない」と無視して、「人間が生きるために必要な水や食料、エネルギーに対する投資には一定の規制を設けることが必要」という自分が納得する主張があるから、西田先生の論は良いと判断するのはちょっとひどい。