地球と一緒に頭も冷やせ!

先進国のコペンハーゲンで経済学者たちが机の前で考えたものとは違う「解決策」が、開発途上国の現場から生まれていたのです。もちろんロンボルグ氏も、経済学者らも、善意に基づいて貧困問題の解決を真面目に考えているのでしょう。ですが、「コンセンサス」では単純すぎるメッセージを送っているように思えます。

温暖化対策とその他の問題の解決の両立を「できない」とあきらめるよりも、日常の中でできることを少しでも考え、行動に移す態度が必要ではないでしょうか。小さな取り組みの集積が、地球規模の多くの問題を改善していくことを信じたいと思います。

最後にアメリカの政治家ロバート・ケネディが残した言葉を紹介します。「今ある現実に『なぜ』というより、まだ見えない理想に『いつか必ず』と言おう」。

まさしく、このような意見に対してどうして「コペンハーゲンコンセンサス」のような、解決すべき問題の優先順位付けをする必要があるのかを丁寧に説明している本が「地球と一緒に頭も冷やせ!」だ。ロンボルクの前作「環境危機をあおってはいけない」よりも短く、かつ、地球温暖化に焦点をあてており、議論が明確になっているのでわかりやすい。
この本で繰り返し言われているのは「我々は何のために地球温暖化を防止したいのだろうか?」という質問。これを明確にしていく形で現在主張されている温暖化対策が私達が成し遂げたいことを実現する観点から効果的であるのかを検討している。

この本で本当に有意義だなと思ったのは、「地球温暖化についてまともな論争をするために必要な10の質問」

  1. 問題の規模はどのくらいなの?
  2. その問題に良い側面はないの?
  3. あなたの解決策は何?
  4. その解決策を実行すると問題がどれくらい解決できるの?
  5. その解決策の実行にはいくらかかるの?
  6. 他の専門家はどんな解決策を提案しているの?
  7. 他の専門家はその解決策でその問題をどれくらい解決できると言っているの?
  8. 他の専門家はその解決策の実行にいくらくらいかかると言っているの?
  9. 経済学者に費用便益分析(1ドルのコストに対し、いくらの便益があるかの分析)をしてもらってください。
  10. その費用便益分析結果を世界の他の問題についての解決策と比べてください

最初の8つは研究や開発においてもとても役に立つと思う。この質問を丸ごと「日本のオープンアクセスについてまともな議論をするための10の質問」に流用しても良いと思うくらい。あるいは「日本の年金問題についてまともな議論をするための10の質問」「日本の科学技術行政についてまともな議論をするための10の質問」とか。

ロンボルクが「環境危機をあおってはいけない」と「地球と一緒に頭も冷やせ!」で繰り返し主張しているのは、我々には、地球上でおきている全ての問題を同時にかつ完全に解決する時間も能力もお金もない。そうであるならば、我々が実際に扱えてかつ少ないコストと時間でよりよい結果が得られる問題から順番に解決していくべきだというもの。

もちろん、理想的にはすべての問題に対してできる限り解決を試みなければならないが、それははっきり言えば偽善で逃げの姿勢。できることに限界があるときには、行うべきことを選択しなければならない。そして、それは得てして地味で私達の気分を高揚させるものではない。とロンボルクは言っている。だから、彼らは「コペンハーゲンコンセンサス」は、自分達が持っている時間、お金、能力を冷静に見積もって、私達のリソースで手をつけて効果のある問題に関して優先順位をつけている。

「地球と一緒に頭も冷やせ!」のロンボルクの見解を受け入れるかどうかは別として、リソースが限定されている状況で複数の解決すべき問題があるとき、どのように問題を解決していくのかについて考える枠組みを学ぶには非常に良い本だと思う。地球温暖化について興味なくてもお勧めな本。

プレプリント、ポストプリント

著作財産権が出版社にある論文を機関リポジトリに登録したり、自分で公開したりする際に登場するキーワードがプレプリント(preprint, pre-print)とポストプリント(postprint, post-print)。恥ずかしながらこれらが何を示すのかしらなかった。

一般に査読付きの論文が公表(出版)されるまでには以下のプロセスを通る

  • 投稿:この段階の論文は、manuscript, draftと呼ばれる。一般に論文を投稿しただけでは論文を公表したとみなされない。
  • 査読:審査委員長を含め2〜3人の査読者で論文を査読する。新規性、独創性、雑誌・会議に論文の内容が適合するかどうかをチェックする
  • 通知:採択か不採択かを通知する。場合によっては条件付き採択という結果もある。雑誌の場合、査読者の意見に納得できなければ異議を申し立てることができる場合もある。
  • 正式版投稿: 査読者のコメントを反映させ、かつ、雑誌・会議が指定する形式に論文を整え、提出する。多くの場合、出版社側はフォーマット(見出しのフォントや表、図の形式、参考文献の形式)以外は修正しない。文章の校正は論文の投稿者が責任を持って行う。この正式版の論文はcamera-ready versionやfinal versionと呼ばれる。
  • 出版:出版社側がページ番号やヘッダー・フッターを追加し、雑誌、会議録、デジタルライブラリーにて公表する。

wikipedia.en:preprintによれば、preprintとは、manuscriptやdraft段階の論文を言うらしい。採択通知後の論文はすべてpostprintになるらしい。

なので、出版社や学会がpreprint版の論文を公開することを許可している場合は、投稿時の論文を公表することを許可しているという意味になる。

 SPARC Japan セミナー2008 「日本における最適なオープンアクセスとは何か?」参加記

10月14日に行われたSPARC Japan セミナー2008 【Open Access Day 特別セミナー】「日本における最適なオープンアクセスとは何か?」に参加してきた。結論から言えば、素人が参加するにはちょっと敷居が高いセミナーだった。それでも、日本におけるオープンアクセスの現状を嗅ぐには良い機会だったと思う。

セミナーのプログラム、講演要旨と発表資料は全部SPARC Japanのページにある。各講演の感想は以下のとおり。

  • オープンアクセスの神話と真実 (永井 裕子)
    • NIHがらみの部分は私の基礎知識が足りないためさっぱりわからなかった。
    • 自分たちが発行しているジャーナルをオープンアクセスにしたら、ジャーナルの地位が高まるというのは幻想というのは納得。知名度が既に高くないとオープンアクセスの旨味はでない。
    • 日本の各学会はオープンアクセスに対してよく検討してから自分の学会がどう対応すれば良いかを検討すべき(結果としてオープンアクセスに載らないというのも一つの選択である)という意見には納得。ただし、この意見に対して「撤回してください」というような激烈な反発意見もあった。私としては、このぐらいの考えに対して激烈な反発が出ることに驚いた。
    • アメリカとイギリスでは、オープンアクセスという考えが「なぜ、行う必要があるのか?」から「どうやって行うか」に比重が移り始めていること、一方で、日本では「なぜ、行う必要があるのか?」も議論の対象となっていることがわかった。
  • 国立大学図書館からみた機関リポジトリの4年間(富田 健市)
    • データを引きつつ機関リポジトリに求められていることの変遷の紹介があり興味深かった
    • 内容とは関係ないが、機関リポジトリに論文を催促される立場からすると、機関リポジトリは面倒だけ増えてメリットがないとしか思えない
  • 「埋もれた研究成果を投稿・共有するサイト:My Open Archive」をやってきて思うこと (坂東 慶太)
    • なぜ、My Open Archiveをやろうとしたのかという点についてお話を聞けてよかった
  • 誰が、何を読んでいるのか―アクセスログに基づく機関リポジトリの利用実態 (佐藤 翔)
    • 先に講演をした3名と異なり、若さ爆発のプレゼンは見ていて好ましかった。良い意味で如何にも修士らしい発表だった
    • 先の3つの講演と比べると研究報告の意味合いが強い講演。ただし、内容はおもしろかった。
    • 国内と国外、大学と企業では機関リポジトリに求めている資料が違っているというのはおもしろい
  • 討論の感想
    • 「学会は成果を社会に還元するのが使命なので、オープンアクセスに向かうべき」という正論がでてしまい、結構討論が止まってしまった。正論は大前提として、「じゃあ、どうやってオープンアクセスを実現するのか?現在、オープンアクセスを実現できない原因(姿勢や精神的な理由を除く)は何なのか?」を突き進めた方がおもしろい話になったと思う。実際に学会の出版部門の人たちもいたのだし。
    • 機関リポジトリや学会のデジタルライブラリーへのアクセスログを利用した解析に関する議論(プライバシー、守秘義務、コンテンツ提供者へのコンテンツ利用情報の提供)は面白かった。マーケティングにおける知見は流用できるのではないかな?
    • 森先生と呼ばれていた方から森重文先生からご説明があった数学の分野におけるオープンアクセスの話は面白かった
      • 数学の論文の寿命は長く。100年前の論文が参考文献に載ることもめずらしくはない
      • 数学の分野では、論文が雑誌に掲載されたときに掲載料をとる習慣はない(数学の研究者はお金がないため)
      • 雑誌交換という形で、学外の学術雑誌を入手するというのも重要な論文収集の方法だったが、今は紙媒体の雑誌出版がどんどん取りやめになっているのでこの方法の重要性が減っている
      • 電子媒体で論文をオープンアクセスにし、かつ、紙媒体で有料で雑誌を販売していた学会が最近雑誌の販売を止めた。理由は、オープンアクセスにしているため図書館が雑誌の鉱毒を止めてしまったため
      • 森先生がいらっしゃる機関(京都大学の機関?)京都大学数理解析研究所では、5年間機関限定でエンバーブエンバーゴするらしい。エンバーブって何?(コメント欄をご参照ください)

他の方の参加記

追記

myrmecoleonさん、ご教示ありがとうございます。

myrmecoleon:オープンアクセスを実現できない原因」これは自分も聞きたかった。「(雑誌交換の)重要性が減」むしろ予想したほど紙媒体が減ってない的話だった気が。ちなみに森先生はフィールズ賞とってる森重文先生。

科学研究費補助金申請の際に必要そうなリンク集

今年も科学研究費補助金申請の季節がやってまいりました。応募する研究種目によるけれども、平均採択率は5分の1。学術雑誌や難関と言われる国際会議の論文採択率が3分の1〜というのを考えれば狭き門。でも、応募しなければ得ることは永遠にできないのでくじけずにトライ。

自分の備忘録と今年初めて科研費に応募するご同輩のお役にたてればと思い、研究計画書を作るまでに役立ちそうな情報をメモ。

応募へと至る流れ

科研費応募に至る作業は大体以下のとおりではないかと

  1. 研究者番号の取得(大体は大学や所属機関がやってくれる。担当事務の方に尋ねること)
  2. 学内・所属機関内スケジュールの確認(応募書類は所属機関が一括して学術振興会に提出するため、所属機関別に期間内スケジュールを設けているところが多い。担当事務の方に尋ねること)
  3. インターネット接続環境ならびにWordかLaTeX使用環境の準備(研究計画書はWordあるいはLaTeXで、応募書類の提出はネット経由で行うのでこの環境が必要)
  4. 応募する研究テーマの決定
  5. 応募する研究種目の決定
  6. 応募する系、分野、分科、細目の決定
  7. 研究計画書作成
  8. 電子申請

研究種目の決定と公募要領、研究計画書テンプレートのダウンロード

では、研究種目の決定からポインターを作ってみる。何はさておき、科研費の情報収集はここから始める。

まずは、応募する研究種目を決める。私の場合、研究室運営や出張、本の購入、実験用計算機の購入に必要な金額はおよそ300万円〜400万。上記のページからダウンロードできる「公募要領(特別推進研究、基盤研究、挑戦的萌芽研究、若手研究(S・A・B))」の4ページ〜6ページの研究種目の説明と照らし合わせて考えると、基盤研究(C)もしくは若手研究(B)が妥当。

次に採択率を調べる。公募要領の48ページと49ページにある「平成20年度科学研究費補助金の交付状況」をチェック。基盤研究(C)の採択率は、平成19年度23.0%、平成20年度21.6%。一方、若手研究(B)の採択率は、平成19年度28.8%、平成20年度27.7%となっている。私は39歳以下なので、若手研究(B)に応募するのが妥当。

そこで、科研費のページから公募要領のPDF、記入要領のPDF、研究計画書のWordファイルをダウンロードする(普段、論文書くときはLaTeXだが、研究費の申請フォーマットはWordで提供されることが多いので、研究費申請時はWordを使うことが多い)

続いて、公募要領の82ページから始まる「基盤研究(A・B・C)(審査区分「一般」)、若手研究(A・B)の第1段審査における評定基準など」を読み、評定基準を理解してみる。

分野の決定

学術振興会の方曰く、第一段階審査の場合は一人の審査員が平均90件ほどの応募書類をチェックするらしい。なので、自分の研究をまったく理解してもらえない分野に応募したら、あっさりと落とされる可能性がある。そこで、自分が応募しようとする分野はどのような人たちが審査員として配置されているのかをチェックする。

科研費の審査方法については以下のページを参照。第一段審査の審査委員は2年任期。一年ごとに半数が交代するとのこと。前年度の審査委員名簿は今年度の審査が終わってから公表される。

以下のページから自分が投稿したい分野の審査員の顔ぶれを眺めてみる。審査委員が多い分野は、応募数が多い分野と考えられる。

研究計画書の作成

公募要領、ならびに、研究計画書の上の部分に書いてある注意事項に従い、マイナスポイントがないように応募書類を書く。第一段の審査委員一人あたり平均90件の応募書類を年末年始かつ、入試業務やら卒論指導追い込みなどの死にそうな時期である2〜3ヶ月で読むことをよく留意する。すなわち、読みやすく、わかりやすくが重要。

あとは、先輩や同僚、場合によっては学生に読んでもらうのが常道らしい(学内で行われた科研費申請説明会での情報による)

どういうタイトルやどういう内容が良いかについては、過去の採択テーマを見るのが一番良いと思う。

おわりに

  • ご同輩の皆様へ:採択されるかどうかわかりませんが、お互いがんばりましょう。
  • 学生の皆様へ:あなたの指導教員が科研費に応募するようにお尻たたきしてあげてください。
  • 他のみなさまへ:こういうように科学研究費補助金を申請し、研究を続けさせていただいております。最近は、審査の透明性や研究費の不正使用防止などについて仕組みが整ってきました。もし、採択されましたら無駄の無いよう、かつ、社会に還元できるように使いますので、ぜひ、科学研究費補助金という仕組みの継続についてご理解をお願いいたします。