大学生・社会人のための言語技術トレーニング

分野問わずに遅くとも大学3年生の7月までには読むべき本。これを読んでおくとばらばらに学ぶであろうエントリーシート、小論文、卒業論文の作成技術を統合できる。

著者の三森ゆりかさんがつくば言語技術教育研究所で言語技術の普及を始めた背景が本書の「はじめに」に書いてある。

私は父の仕事の都合で、13歳から17歳までの4年間を当時の西ドイツの首都ボンで過ごしました。そこで、私は、各国の外交官や新聞記者の子弟の受け入れ指定校だったドイツの中高一貫校に入り、1年間外国人のためのドイツ語の授業を受けた後、年齢相応のドイツ人のクラスに放り込まれました。中学3年生のクラスでした。そこでの授業は全て議論中心で、議論後は必ず小論文の提出が義務付けられていました。私がまず直面した問題は、ある程度ドイツ語ができるようになっても、議論に参加できないことでした。 〜中略〜 それでも何とか議論を聴き取り、宿題の小論文を提出すると、教師からは「感想はいらない。あなたの考えを論理的に書きなさい」という指示がなされるばかりで、私の書いたものはさっぱり評価されませんでした。 〜中略〜 白人の生徒達と、アフリカ諸国から来た英語やフランス語を話す生徒達、アジア諸国でも英語を話す国々から来た生徒達が評価される一方で、評価されないのは主に日本人と韓国人でした。当時の私はそれをアジア人に対する差別と考えていました。〜中略〜

ドイツ時代に私が感じていた「差別されている」という思いも、大きな誤解でした。「感想文」しか書けず、「論理的」に考えられない日本人生徒を目前にして、頭を抱えていたのはむしろドイツの教員の側だったのかもしれません。私が日本で学んだ文章の読み方と作文の書き方は、ドイツ人には全く異質のものでした。私にとって不幸だったのは、ドイツの教員も私も、互いの母語教育の内容の相違を認識していなかったことでした。その後、ドイツ以外の国々の母語教育の内容を調べて明らかになったのは、多くの国々が、ドイツと類似の教育を自国の母語教育として実施しているという事実でした。〜中略〜

本書は、母語教育で系統的な言語技術教育を受けることなく大学に入学し、これから日々グローバル化する社会に出なければならない日本の大学生、並びに既にそうした社会で奮闘している社会人のために、その実践的なトレーニング方法をまとめたものです。その背景には、私のような経験をする日本人を多少なりとも減らしたいという、私自身の体験に基づく個人的な願いがあります。
(はじめに pp. iii - v より)

この「はじめに」の部分の一生懸命がんばっているのに教師にダメだしされ続ける。でも、同じような境遇の生徒は評価されている。だから、「差別されている」と感じたというエピソードは、卒業研究や修士研究、場合によっては会社に入ってからでも似たような状況にはまり込んでいる人がいるんじゃないかなと思った。もしかしたら、本当に「差別されている」のかもしれないけど、実はちょっと技術を学び、訓練するだけで状況が変わるのかもしれない。

私がこのブログで何度も三森さんの言語技術の話を取り上げるのは、これが才能やセンスではなく、誰でもある程度までは学ぶことができる技術であるという点がとても気に入っているから。暗黙知を明示化し、多くの人が扱えるように形式知とするのは、まさに工学的でこういう点でもとても気に入っている。とまれ。

本書の構成

5章構成からなっている。大雑把な目次を抜き出すと以下のとおり。

  1. グローバル社会に生きるために不可欠な「言語技術」
  2. スキル・トレーニング
    1. 対話
    2. 物語
    3. 要約
    4. 説明
    5. 報告
    6. 記録
  3. クリティカル・リーディング
    1. 絵の分析
    2. テクストの分析と解釈・批判
  4. 作文技術
    1. 基本技術
    2. バラグラフ
    3. 小論文
  5. 理系のための言語技術

1章で言語技術の必要性と重要性が説明されている。「はじめに」の三森さんの個人的体験をより資料に基づいて説明した内容になっている。2章と3章、4章は言語技術の具体的な内容を言語技術の技術取得が易しい順に紹介している(文部科学省:言語力育成協力者会議 :(第1回)配付資料 :三森委員説明資料1の「1.2 欧米の母語教育」の図を参照)。2、3、4章の各節は技術の紹介と例題、そして、練習問題が提示されている。各練習問題の解答は巻末にまとめてあるので一応この本で自習が可能となっている。5章では、これらの言語技術はいわゆる「文系」分野だけでなく、「理系」分野でも必要となることが説明されている。

この本は、練習問題&その解答例も載っているのだけど、独習で言語技術を身につけるために使うのはちょっときついと思う。理由は、各技術ごとに簡潔に説明されているため。個々の技術について他人に指摘された経験がないと、いろいろと腑に落ちないと思う。そこで、可能ならば、各技術について、いろいろと指摘された経験があると思われる人、具体的には、論文や報告書、申請書を何度か書いたことのある人にこの本を読んでもらい、その人を先生として輪講するのが最も効率が良い学び方だと思う。

輪講を実施できない場合でも、一読した後に、エントリーシートを書くとき、研究室やゼミで進捗報告をしたとき、卒業論文で論文指導を受けた時、会社の各種報告書について上司や先輩に叱られたときにこの本を読み直すと役に立つと思う。すなわち、再読のために一読しておくべきだと思う。

「2章 スキル・トレーニング」の感想

対話

最初のスキルである「対話」の必要性の説明が面白い。

さらに大学生の皆さんには、就職活動の面接でも、対話のスキルは大活躍するはずです。事実私の生徒たちからは、俗に言う「圧迫面接」が、「言語技術の授業の延長としか思えなかったので、気楽だった」との報告が来ています
(「1 対話」 p. 21より)

ここで紹介されている問答ゲームはとても有意義な訓練。

(問答ゲームは)1つの質問に対し、型に則って答えます。答えが出たら、その内容を掘り下げるために、1つか2つ、5W1Hを用いて畳み掛けます。
(p. 29より)

返答のルール

  • A 「主張→根拠→結文」の順序で提示する
  • B 主語を明確にする。特に主張文を主語を入れ、その主張に対する責任を明確にする
  • C 5W1Hを明確に提示する
  • D 単語で話さない
  • E 禁止用語:わからない・別に・ビミョー・なんとなく などのあいまいで無責任な返答

(pp. 30 -31より)

たとえば、「革命機ヴァルヴレイヴ」はドキドキするを例とするならば、

  • 問:「革命機ヴァルヴレイヴ」を視聴してどうでしたか?
  • 答:ドキドキしました
  • 問:なぜ、どきどきしたのですか?
  • 答:主人公たちが現在おかれた状況からすると、破滅的な未来しか見えないのに、主人公たちは無邪気に自由を満喫しているからです
  • 問:どうして、そのように考えたのですか?
  • 答:まず、彼らがいるのは宇宙空間という閉鎖空間です。…

という受け答えを行うということ。そして、問答に慣れてくると、以下のようにいきなり受け答えできる。

  • 問:「革命機ヴァルヴレイヴ」を視聴してどうでしたか?
  • 答:私は、主人公たちが現在おかれた状況からすると、破滅的な未来しか見えないのに、主人公たちは無邪気に自由を満喫していることにドキドキしました。なぜ、私がそのように感じたかというと、3つ理由があります。第一に、彼らがいるのは宇宙空間という閉鎖空間です。…。このため、あの無邪気さが消えて絶望的な状況に陥るのではないかとドキドキしています。

これは進捗報告や卒業研究、修士研究、各種研究発表会の練習としてもとても優秀な練習だと思う。

物語

言語技術として、物語の構造を学ぶというのは、私にとって、とても面白い。なぜならば、私は論文を書く都合から言語技術の必要性に気付いたので、基本的に報告書作成の技術として言語技術をとらえていたため。この本では報告書だけでなく、小説やコラムなども言語技術の範囲としてとらえている。

言語技術を母語教育として必修する国々では、物語の構造を5年生くらいで学習します。というのも、こうした国々では、5年生くらいから本格的に学校で小説をまるごと1冊扱って、要約し、分析的・批判的に読解(クリティカル・リーディング Critical reading)する活動が開始されるからです。そのためには、物語が基本的にどのように組み立てられているのかの知識が必要です。そこで、物語の構造が指導されるわけです。
(p. 39より)

物語の多くは、基本的に「成長物語」であり、主人公の最終的な成長を目的とした「冒険物語」です。それは、「探検」や「未知の世界への旅」という文字通りの「冒険」の形をとることもあれば、未知の環境における複雑な人間関係による葛藤を乗り越えていくという意味での「冒険」である場合もあります。

物語が「成長物語」である以上、山場の中で繰り返される事件は、1つ目よりも2つ目が、2つ目よりも3つ目がというように、繰り返しの中で克服がより困難になるように設定されているのが一般的です。直面する問題が次第に困難になり、それを克服するたびに主人公が成長するからです。そして、この繰り返しの緊張度が増加するにつれ、読者の期待は高まっていくのです。

物語の基本構造の認識と共に、山場において葛藤の緊迫度が漸増することの認識は重要です。というのも、あなたが他人に物語るとき、この漸増法のテクニックを利用することで、相手をあなたの話に引き込むことが可能だからです。
(pp. 43 - 44)

これだけ読むと小説執筆入門みたいだけれども、p. 51では、バーバラ・ミント「考える技術・書く技術」の一節を引用して、プレゼンテーションの基本として、上記の古典的物語構造が利用されていることを示している。

この項では、物語の基本構造(冒頭、発端、山場、頂点、結末)、物語の種類別の構造(長編小説、シリーズ物、超短編小説、詩)、物語の技法「倒置法」、視点(3人称視点、1人称視点)が説明されている。練習方法としては、物語を基本構造で分析するもの(桃太郎、走れメロスを対象として)、漫画のコマに従い物語を1人称視点、3人称視点で語りなおすというものが提示されている。

要約

要約の技法としてキーワード法と因果関係法が紹介されている

  • キーワード法:文章からその内容を理解するための必要最低限の情報をキーワードとして取り出し、それらの繋げて要約文を作成する方法
  • 因果関係法:テクスト(文章)に書かれた「原因」と「結果」に着目して、必要な情報を抜き出す方法

上記2つの方法の説明とそれを練習するための問題が提示されている。

面白いのがこの項の最後の部分の日本の国語の題材に対するやんわりとした批判に読める部分。

本の学校教育の中で主に実施されるのが、説明文、評論文などの要約です。ところが、例えば言語技術を実施する国々で母語教育の中で扱われる要約の技術は主として物語で、評論文などについては、内容の抜粋(Excerpt)の形で指導されるものの、あまり時間をかけません。〜中略〜 
そのような文章は必ずエッセイの形式、つまり論文の形式で書かれることになっており、その形式は厳密に規定されています。〜中略〜 
論文形式では、序論の最後の部分に示された議題と本論の各段落の最初の文、そして結論で再主張された論題を拾い読みすれば、筆者の主張はおおよそ掴めるわけです。この意味で、論文形式でかかれた文章の要約は難しくないのです。

また、論文形式で書かれていない評論文が要約の対象になることはまずありません。そうした文章が教育現場に持ち込まれることはないからです。
(pp. 68 -69)

説明

この項で私にとって有意義だったのはこれまで「説明の黄金律」としか言えなかった説明方法にちゃんと名前がついているのを知れたこと。

  • 時系列:時間の順序に従い、一般的には古いものから順に情報を並べる方法
  • 空間配列:空間的に提示された情報を、大きい情報から小さい情報(全体から部分9に向かって並べる方法

三森さんが以下の部分で指摘されているように、卒業研究、修士研究で学生指導をしていて思うのは空間配列がうまく訓練されていないこと。これまで4か国のアジアの国の学生に指導してきたけど、みんなダメだった(もちろん、私も4年生まではダメだった)。

もう一つ重要なのが、空間配列の考え方が、その後の物事の捉え方や考え方に大きな影響力を与える点です。一度空間配列のスキルが身につくと、ある対象を見たとき、無意識に大きなものから小さなものへと視線を動かしたり、頭の中で空間配列のルールに従って情報を整理したりするようになります。そのため、空間配列が身につくと、情報提示の仕方に変化が現れるだけでなく、情報の取り入れの過程での頭の働き方まで変わってきます。

日本では残念ながらこの空間配列を教育現場で学習する機会はほとんどありません。それどころか、日本語訳も確定していません(本書では便宜的に、spatial order を空間配列と呼びます)。一方、言語技術を実施する国ではこの空間配列を、小学校4〜6年生のころに学習し、スキルがに身につくまでトレーニングが繰り返されます。
(p. 73)

研究室や所属部署での進捗報告を行うたびに「簡潔に説明しろ!」と言われ、簡潔に説明したら「ちゃんと具体的に説明しろ!」と相反する要求をされてしまう人は、説明方法として時系列しか使っていない可能性がある。ぜひ、空間配列を用いた説明方法と事項の「報告」の項である重要度による情報の絞り込みをチェックしてほしいところ。

この項の練習問題としては絵を題材にした説明が提示されている。

報告

対話、物語、説明の総合技術としての報告が説明されている。練習方法は物語から報告書への書き換えを使っている。

記録

なんとびっくり「議事録」の作り方。議事録には2種類の議事録があるとのこと。

  • 経過の議事録:議論などにおいて発言された内容を時間的経過に従って記述するもの
  • 結果の議事録:議論などにおいて発言された内容を整理し、到達した結果や結論、決定事項、中心的な考えのみを記述するもの

この項では両議事録の書き方と練習問題が提示されている。

追記(2013年5月14日):議事録の必要性についてホッテントリーになっていた。

「3章 クリティカル・リーディング」の感想

三森さんの別の本で述べられていた以下の主張に心から賛同する。

一つの作品は確かにある作家が書いたものであり、その作家の生きた時代や環境の影響を大いに受けていますが、読者はそれらに配慮しつつも、作家になりきって作品を読む必要はないのです。読者は読者がその作品を読む「現在」の視座から自分なりに作品を解釈します。ただし、解釈には責任が伴います。その責任を、読者はテキストの中に根拠を見つけて提示するという形で果たすのです。
外国語で発想するための日本語レッスン p.108 より) 

人格批判をしたり、わざと誤読をするというのはここいらへんの技術の訓練が足りていないからではないかという気がする。「革命機ヴァルヴレイヴ」はドキドキするも、作品中の表現を私はどう解釈したのかを根拠つき(厳密ではないけど)書いたつもり。

追記(2013年5月13日):口コミマーケティングが全盛だけれども、評価する側が根拠付きの批判をしていなければ、以下のような話になってしまうのだと思う。

絵の分析

芸術鑑賞が批判的読解の練習に使えるというのは面白い。そして、この批判的読解の技術がコミュニケーションに使えるというのも非常に面白い。この項は以下のページでも概要がわかる。

これに関しての私の関連過去エントリー

テクストの分析と解釈・批判

この項は非常に難しい。冒頭の入りで既に涙目になってしまう。

  • 独ソ不可侵条約がドイツにもたらしたメリットとデメリットについて、『ナチス記録文書』の必要個所を引用しつつ論証せよ」(西ドイツ・州立ニコラウス・クザヌス・ギムナジウム、高校2年歴史の試験問題、1974)
  • アーサー・ミラー著『るつもるつぼ』の登場人物を一人選択し、その機能と役割について論ぜよ。その人物と他者との関わり、行動の動機などについてテクストから具体的に証拠を挙げて論証せよ」(Stanford University, Continuing Studies Program, 2007)

これらは、いずれもテクストの分析と解釈・批判の具体的な課題です。
(p. 120)

この分析技術は私も自分でちゃんと身に着けられている自信がない(たぶん、大学入学レベルまではいけていると思うけど)。ただ、このクリティカル・リーディングができるかどうかは、文字ベースで作品鑑賞で盛り上がる(いわゆる考察)ために必須技術で、日本がコンテンツ立国するならば、その消費者は気が向けば、文字ベースで作品鑑賞でもりあがれる、あるいは他者の作品鑑賞文を楽しめるようになった方がいろいろと良いのではないかと思う

「小学校〜高校にかけて『論理的な思考力』を身につけろ」と主張されている方(たとえば、私とか)にとってはここの題材は結構意外だと思う。

言語技術を実施する多くの国が、文学作品として詩・小説・戯曲を徹底的、かつ大量に学生に読ませています。そしてこの際の「読む」とは、教師の「正解」を頼りに読むことではなく、自分自身で解釈の根拠を求めながら行うことを指します。たとえば詩は、その型、語彙、内容を分析した挙句に暗唱させられることがしばしばです。〜中略〜

言語技術実施国の読解の授業でもう一つ特筆すべきは、年間5〜6冊、小説を丸ごと扱って授業を行うことです。この点、教科書に掲載された抜粋のみを主に扱う日本の「国語」とは大きな隔たりがあります。また、扱われる本は、自国、あるいは母語で書かれた作品の中で名作と認定されている文学作品が中心です。
(p. 123より)

クリティカル・リーディングを学ぶ題材として、文学作品が使われているとのこと。

この項では、具体的にどうテキストを分析していくのかが練習問題とともに示されている。

「4章 作文技術」の感想

パラグラフライティングの基本と小論文の書き方の基本が説明されている。

パラグラフの項では、パラグラフの構造、トピックセンテンスの書き方、サポーティングセンテンスの書き方、コンクルーディングセンテンスの書き方が説明されている。トピックセンテンスの書き方の説明はどの論文執筆の本にも書いてあるけど、サポーティングセンテンスとコンクルーディングセンテンスの書き方が説明されているのは珍しい。また、いくつかの代表的なパラグラフの型の提示もされている。具体的には描写のパラグラフ、例示のパラグラフ、過程のパラグラフ、意見のパラグラフの4つ。

小論文の項は、日本語の定義と違うのが面白い。

小論文とは、複数のパラグラフで構成される文章です。これは英語では、Essay と呼ばれています。日本では、エッセイは一般的に「随筆」と訳され、「自己の見聞・体験・感想などを、筆に任せて自由な形式で書いた文章」(大辞泉)と認識されています。しかしながら、英語でEssayと言った場合、それは定型で構成された文章を指し、内容は自由ながら、形式には規則があります。ここで言う形式とは、「序論・本論・結論」です。〜中略〜

なお、パラグラフと小論文については、欧米では方法論が既に一般化しており、教育現場では当然のこととして指導されます。
(p. 168より)

p. 172 図4.3 小論文のイメージで示されている、小論文における情報の配置の仕方が勉強になる。これは、論文執筆でも参考にすべき。

p. 197 に「小論文の先へ」という項があるのだけど、そこに列挙されている次のステップの本のリストに愕然としてしまう。リストをAmazon.co.jpをつけて抜粋。

これらの本は大学教員が大学生に提示する定番本。各本でいろいろと細かいところを教えてくれているとはいえ、この本ほど基礎のところからは教えていないはず。ということは、言語技術を何らかの形で自己訓練していなかった学生は、この本の小論文の書き方までの技術なく、小論文の先の本を提示されていることになる。なんという無理ゲー。

「5章 理系のための言語技術」の感想

文章を書かないイメージの理系も実は言語技術の習得が必要ですよという説明。卒業研究経験者ならば「うん、もっと早く教えてほしかった」というところ。このブログを定期的に読んでくださっている人も「うん、知っている」という話。どちらかというと大学受験資格にTOEFL 国内全大学対象 自民教育再生本部、1次報告へという提案をしている高等教育改革に興味ある国会議員の人に読んでほしい内容になっている。

「あとがきにかえて」の感想

つくば言語技術教育研究所の講師 カルメン・オンドサバルさんの日本の母語教育に対する意見。

また日本の義務教育の国語の授業に、本当の意味での文学の授業がないことも、私にとっては衝撃的でした。母国の伝統的な文学作品を丸ごと一冊読み、それについて分析的、批判的に議論することは、私が経験した様々な国の教育では当然のことでした。これらは、自国の文化を深く考えることに通じますし、論理的な思考や深い人間としての感情を育成するためにも不可欠だからです。私にとって当たり前だった文学作品の分析と、その後に自分の考えを作文(小論文)にまとめる作業が、日本では数ページの作品の読解と、穴埋めテストで終了すると知ったときの私の衝撃は、言葉では語りつくせないほどでした。

私にとっての母語教育とは、まさに言語技術の教育です。その取得過程には4つの能動的な面があります。それは聞いて理解する、考えたことを発言する、書いてあることを理解する、自分の考えを文字化して記述することです。〜中略〜

私たちのコミュニケーションレベルは、習得した言語技術のレベルの影響を受けます。母語教育として優れた言語技術を習得すれば、論理的な思考力が有効に育成され、それは一人の人間として社会で生活する上で非常に役立ちます。〜後略〜

おわりに

読み物としては前作の外国語を身につけるための日本語レッスン外国語で発想するための日本語レッスンの方が面白い。あるいは言語技術を学んでみようというモチベーションの入り口としては「言語技術」が日本のサッカーを変えるの方が短くて興味深いかもしれない。

この本は三森流言語技術の概略をコンパクトにまとめたものであるので、手元において適宜参考にするのに適していると思う。なので、大学生3,4年生、大学院生は早く購入した方が良い。2,200円+税とちょっと高いが、これからの人生において自分が文章修正に費やす時間を50時間ぐらいは短縮できると思う(50回訂正を要求されると勧化た時、各1時間ずつ短縮できると想定)。

指導している学生や生徒、自分の部下の報告がへたくそで、どうしたものやらという指導者側の人がこの本を一読して、技術的な改善案の手助けにするという点でも役に立つかもしれない。