「不安」を「希望」に変える経済学

政策提言までフルセットのリフレ本。失礼な物言いで恐縮だけど「経済学者でも政策提言までフルセットで出せるのね。御見それしました。」という本。いい本読んだ。経済学系の読み物(専門書を読めるほどの能力はない)は結構読んだけど、この本は日本にいる経済学者が日本にとって必要な存在であることを凄く実感した。日本社会のいろいろな問題を経済学視点で分析し、それを資料に残していく人材は基本的に日本から輩出されるものね(もちろん、データを公開して世界中の研究者に提言してもらうのも重要だけど)。

本書は、何で日本が不景気なのかの分析、不景気を脱するための提言、不景気を脱した後にどういう政策をおこなって日本の経済成長を助けるべきかをフルセットで紹介している。

目次は以下のとおり。

  • 序章 デフレから脱出するための経済政策は何か
  • 第1章 民主党「新成長戦略」の誤謬
  • 第2章 低成長経済からの脱出
  • 第3章 日本銀行の大罪
  • 第4章 他国はどのように回復したか
  • 第5章 都市再生と女性労働の活用
  • 第6章 高齢化社会にふさわしい税・財政と年金の改革
  • 第7章 格差拡大の本当の理由
  • おわりに
  • 引用文献

1章では、民主党成長戦略の批判をしている。ここだけ読むと「文句ばっかりかよ」と思うけれども、ちゃんと5章以降で整合性のある代案を出しているのでここだけ読んでやめてしまうのはもったいない。

2章では、なぜ、日本が不況に陥っているのかを供給と需要の観点から丁寧に説明している。私が「日本にいる経済学者が日本にとって必要な存在であることを凄く実感した」のは主にこの章。研究成果を利用しつつ解説をしていくわけなのだけど、それが日本人の日本語の論文であるということ。冷静に考えれば、自国の経済状況を丁寧に分析してくれるのは自国の人材の可能性が高いのは当たり前。しかも、自国の経済状況の分析なのだから、自国の言語で発表するのも当たり前。日本語学術雑誌も意味があるんだなぁと実感させられた。

2章の結論は他のリフレ本やリフレ系のブログでの主張と変わらないのだけれども、反リフレ政策の人たちが主張する「日本の不況の原因は〜である」という点についてデータつきで丁寧に解説している。なので、不況の原因に具体的に疑問がある人は疑問が解決(あるいは頭では納得)できると思う。私は具体的には疑問が思いつかない素人なので他の有識者の判断に任せる。

3章は、同じ岩田さんの著書の日本銀行は信用できるかのコンパクト版。

4章もネットのリフレ政策支持している人たちのブログを読んでいると断片的には目にしたことがある内容。ただし、基本的な主張は「構造改革が効果を発揮するにはデフレを抜け出して安定的なマイルドインフレになっていないといけない」ということ。この主張の根拠として、構造改革+マイルドインフレ政策で安定的な経済成長をしているニュージーランド、イギリス、オーストラリア、アメリカを紹介し、構造改革のみのユーロ圏の国々がオランダ、フランス、ドイツ、構造改革+デフレ政策の日本を比較している。

そういえば、ギリシアの財政破綻のときに日本と同じところは強調されたけれども「ギリシアは中央銀行がなく、変動相場制ではない。日本は中央銀行があり、変動相場制である」ということが言われなかったのはへんてこなところ。この章を読むと、独自に金融政策がうてて、変動相場であるのに「不況=自然災害」と見なしている日本って一体と思わされる。

5章からは一貫した立場で、不況脱出後(安定的にマイルドなインフレ状態になった後)におこなうべき政策の提案をしている。素晴らしいのは「政府ができるのは市場の失敗を正すことだけ」という経済学の基本に従って政策を立案していること。基本的には税制と規制を変更し、目的実現に不適当なインセンティブを消し、適当なインセンティブを与えるという方法。この方法であるならば、国会で法律を変えて執行すれば良いだけなので「技術力を上げる」とか「国際競争力を上げる」とか「日本人の引きこもり精神を変えなくてはいけない」という具体的道筋が見えない提案に比べてはるかに容易。

5章以降でも主張の根拠となっているのは、日本の経済学者の論文。人文系の国内学術雑誌をどうにか残さないといけないよねぇと思わされる。

最後に序章からこの本の位置づけを抜粋。

本書はリフレ派と呼ばれるグループの考え方にたって、成長戦略と格差縮小の手段を明らかにしようとするものである。リフレ派の経済政策の基本は、構造改革主義派や民主党政権とは違って、「あれか、これか」の二者択一の粗い基準ではなく、目的に応じて、最適な経済政策を割り当てるというものである。この基準からは、異なる目的に応じて、異なる経済政策を次のように割り当てるべきであると考える。

  • デフレ不況から脱出するためには、達成責任を伴ったインフレ目標。
  • 達成責任を伴ったインフレ目標政策の採用によって、デフレ脱却の見通しが立った後に、成長率を引き上げる政策としては、規制改革のような構造改革
  • 格差解消のための、正社員と非正社員の差別待遇をもたらしている日本的雇用慣行を制度的に支えている税制や規制の改革。
  • 機会の平等を図るための教育利用券制度の創設や職業訓練に対する補助金
  • 結果の平等のための、所得と保有資産だけを基準とする所得再分配政策。
  • 希少な資源を効率的に利用し、内外の消費者のニーズにこたえるための、産業政策ではなく、規制改革を含めた競争政策。

この部分でちょっと読む気を起こした方は、序章だけでも立ち読みをどうぞ。

個人的に留意しておかなければならないと思ったのは、これらはマクロな視点の話であり、これらの政策により個々人が失職しない、収入が落ちないということを保証していないということ。時間がたてば、水溶液の濃度が一定になるのと同じように、ある期間を見ると資源や労働力の配置が最適になっているというのがマクロな考え方。小説や映画の題材にもなるように、マクロとミクロの狭間での確執は必ず起こる。確執が起こるからミクロ優先にすると、局所解に陥って、部分最適が発生してしまう。