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空気が読める人の精神防衛法

発声練習

「自分は何か言われるまで何もしないから、あなたも何か言われるまで何もしなくていいよ」という人と、「自分は言われなくても色々するから、あなたも言われなくても色々してね」という人。

非コミュは自然と前者の認識を持っている。けど、非コミュに悪意を向ける人には後者の認識がある。

そして、この静と動の認識のズレが、二つの間に悪意を生み出してしまう。

一つ目が「何でこいつは何もしないんだ」という悪意。二つ目が「何でこいつは何にもしてないのに悪意を向けるんだ」という受動的な悪意。

牛乳工房:非コミュの苦悩と、悪意。より)

コミュニケーションが得意・不得意の話とはずれるけど、上記のような違いを感じたことがある。学生だったとき(今から、5年前くらい)、研究室が汚れていたので、掃除を始めたところ、すぐに後輩の日本人学生が「何か手伝いましょうか?」と尋ねてくれた。そのときは謝意を述べてお手伝いはお断りしたがうれしかった。別のとき、同じく掃除を始めたのだが、そのときにいたのは後輩の留学生(中国人)と先輩の留学生(インドネシア人)。ぜんぜん、手伝おうという気配がなく、掃除をしていることを気にしていない。そのとき私は「感じが悪い、私は彼らに嫌われているのかなぁ」と思った。

さらに別の機会に研究室の大掃除をしたとき、その留学生二人に仕事を割り振らなければならなくなった。自分は嫌われているかもしらないから嫌だなぁと思いつつ、仕事をお願いしたら笑顔で「わかりました。」といって、すごく丁寧にその仕事(掃除だけど)をやってくれた。

結局分かったのは、単なる文化や生育環境の違いであるということ。それ以来、留学生の人(最近は日本人学生にも)には、はっきりと仕事を手伝ってもらいたいときはお願いするように心がけている。勝手にこちらが悶々としていても、相手にとっては引用元の人のようにしんどい気分になるだろうし、こちらも精神衛生上悪い。ちゃんと頼めば、向こうが手伝えないならば「ごめんなさい、今手伝えません」と言ってくれるだろうから、悶々とする必要はない。絶対に手を貸してほしい、仕事をしてほしいならば「〜という理由なので、必ず手伝ってください」と言って、強制すればよい。どうしてもダメならば向こうもいろいろと言ってくるだろうから。

「何でこいつは何もしないんだ」と思うくらいならば、さっさとお願いするのが吉。「何でこいつは何もしないんだ」と思う人は、そもそもある環境、状況における文脈を読む能力が高い人なのだから(いわゆる「空気の読める人」)、その能力で自分をすり減らさないようにするには、以下の2点を心がければよい。

  1. 空気を読んで、自分が手伝わなければいけないのだろうなぁとおもったら尋ねる「お手伝いした方がよいですか?」
  2. 他の人が自分が簡単に読める空気を読んでいないように思えたらお願いする「手伝っていただいてよいですか?」

悶々として、自分も傷つき、相手も傷つけしていても何もハッピーなことはないので、さっさと口に出してさっさと終わりにしよう。特に他民族な国の人たちは明確にお願いしないと動いてくれないことが多いので、さっさとお願いした方がよい。