絶対的尺度と相対的尺度が混ざっている:みんなが平均よりも上にならない

多田 智裕:「優秀」な医療機関はごく一部、医療のビッグデータが示す現実とはの有益な情報は以下の部分

あまり知られていませんが、日本では2011年より「National clinical data base(NCD)」として、年間120万件にも及ぶ全国の医療機関で行われた手術のデータが蓄積されています。
〜中略〜

NCDについては、2013年秋より、施設別/医師別の手術成績表が他施設の平均とともに各施設にフィードバックされる予定です。これにより各施設は客観的な医療水準を知ることができ、術後管理や手術成績の向上への取り組みが行われることが期待されます。

ただし、これらの情報は一般公開できないとされており、具体的施設を明示した“各病院の手術ランキング”などの形での利用は禁じられています。

これ以降の話は絶対的な話と相対的な話が混ざっていて混乱する。2ページ目の1番目のグラフで説明しようとしていることは、術後死亡率が低い方にピークがくるという話。つまり、術後死亡率を使った絶対的尺度(あるいは世界規模でみたときの相対的尺度)で日本の病院はどのくらいの位置にくるのかを話している。

つまり、悪い治療成績の医療機関はごく一部で、医療機関や医師の治療成績はおおむね高い水準に偏った分布をしている、一部を除けばどこで医療を受けても大きな差はない、というイメージです。

2番目のグラフについては、良い病院と悪い病院の数は正規分布にしたがうだろうから、良い病院と悪い病院は同じくらいあり、ほとんどの病院はその中間であるという話をしている。でも、この話は病院間の相対的な位置関係を説明していて、平均のピークが術後死亡率のどのあたりにあるのかを無視している。

ごく一部の治療成績の悪い医療機関がある一方、ごく一部の突出して良い治療成績を上げている医療機関があり、他の大部分は平均的な治療成績しか上げていないというグラフです。データの公開はこの状況を明らかにすることになります。

手術が傑出して上手なドクターは一握りですし、絶望的に下手なドクターもごく一部でしかない以上、このような形にならざるを得ないはずなのです。つまりは、「自然界や人間社会の事象は、十分に標本数を多く取れば、正規分布に近づくものが多い」という原則から治療成績も逃れることができないということです。

患者として気にするのは「絶望的に下手なドクター」および「平均的なドクター」の術後死亡率はどれくらいかという話。それが、世界的平均を超えていたり、絶対的尺度で十分に良い値であるならば、正規分布にしたがっていても何の問題もない。

気にするべきは「平均」ではなく「分散」=「病院全体の品質の散らばりがどれくらい大きいのか」だと思う。分散が小さく、かつ、平均的病院の術後死亡率が十分に小さいならば、患者としては「どの病院に行っても(それほど)問題ない」ということになり、とてもありがたい状態になる。