「片瀬久美子氏の付録への疑問」を読む

片瀬久美子氏の付録への疑問(その1)について、片瀬久美子氏の付録への疑問(その6)-議論の姿勢についてはてなブックマークの私のお気に入りに出ていたので、どんな痂疲瑕疵があったのだろうと思って読んでみた。読んだ感想としては、基本的に片瀬さんのTwitterでの語り口が好きでないということを言いたかったのだ理解した。

片瀬さんとburveyさんの科学研究の組み立て方−アップルペクチン(ビタペクト)論文の検証付きに関する意見の相違についてはぜひ双方とものまとまった指摘が読みたい。

O-157問題

片瀬久美子氏の付録への疑問(その2)─O157の問題

もうダマされないための「科学」講義の236ページ〜237ページ記述

作り方のレシピを見ると、色々なカビを含む雑菌が繁殖しそうである。それをまだ抵抗力の弱い子どもに放射線対策として与えでもしたらと想像すると、とても心配である。肺に吸入した場合、肺炎にならないかという心配もある。これが放射線に効くというのもかなり疑問だし、止めておいた方がいいのではないか。低線量被曝の害を避けようとして食中毒などになってしまえば本末転倒である。O157などの食中毒菌が少しでも混ざれば命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。

の解釈についての論旨は以下の通り。基本的に上述のページから該当部分を転載している。

  1. 本の記述「O157などの食中毒菌が少しでも混ざれば命に関わる場合があり、その危険性は低線量被曝よりもずっと高い。」の「その危険性」とは何か?
  2. このような書き方をすれば、「食中毒の危険性」の中に「O157が混ざることによって食中毒になる危険性」というのが相当程度含まれていて、「食中毒による危険性」の代表的な例として「O157」を取り上げている
  3. 一般家庭にO157なんてそうそう居るものではないとしか思えない。つまりO157が米のとぎ汁乳酸菌に混入する可能性はきわめて低いように思える
  4. 米のとぎ汁乳酸菌に混入する食中毒菌やウィルスとしては、O157よりもはるかに可能性の高いものが他にいるはずである。
  5. wikipediaには、食中毒に感染者数について、「2006年度は、患者数別では、ノロウイルスカンピロバクターサルモネラ属菌の順であり、この3種が8割を占めた。」とある
  6. O157という食中毒菌の例示は、混入する可能性が大きいという理由で選ばれたのではなく、米のとぎ汁乳酸菌を使うことをやめさせる目的で、より大きなインパクトを持つ食中毒菌を挙げたのではないか?

ちょっと無理目な批判だと思う。ご自身が述べているとおり「このような書き方をすれば、『食中毒の危険性』の中に『O157が混ざることによって食中毒になる危険性』というのが相当程度含まれていて、『食中毒による危険性』の代表的な例として「O157」を取り上げている」だけだと思う。なんせ、食中毒でメジャーな印象なのはO-157だし。Google先生の結果も以下の通り。

マウスの問題

片瀬久美子氏の付録への疑問(その3)-マウスの実験結果について

もうダマされないための「科学」講義の231ページ〜232ページ記述

味噌については、その成分として含まれているジピコリン酸に効果があるとするマウスの実験があると宣伝されている。しかし、寿命が約3年しかないマウスと寿命が80年以上の人では生体維持機構が異なっている可能性があるし、実際に人とは代謝機構などが少し違っていたりするので、マウスでの実験結果がそのまま人では通用しない場合も多い。とくに、低線量被曝で心配されるのは被曝後10年以上経過してから現れたりする癌などの病気であり、寿命が3年くらいしかないマウスではそこまで調べられない。

上で引用されていない続き。

しかも、味噌煮含まれているジピコリン酸が、普通に味噌汁などで食べる分量中に、人に対して十分に効果のある量がふくまれているかどうかもわからない。味噌が放射線の害を防ぐという欧化が盛んに宣伝されていることで、たくさん味噌を食べればいいと思ってしまい、そのことによる塩分の取りすぎが心配でもある。「玄米飯にうんと塩をつけて握り飯をつくり、さらに普段よりも塩辛い味噌汁を作ってそれらを食べる」ことを続けていくと、塩分過多による健康への影響がでる恐れがある。ちなみに、甘いもの、特に砂糖が放射線の害を強めるという根拠もかなりあやしい。

で、上への批判。

  • 第一に、単純な寿命の比較するだけで、マウスの実験結果を使ってヒトの場合を予測する議論を棄却するのは無理があるのではないか?
    1. 異なる種で寿命が違っても相対時間尺度で比較するという視点が無視されているのではないか。
    2. ネズミの2-3年に対して、ヒトは25-30年程度の寿命になると理解できるようである。そうすると、ヒトの10年はネズミの場合の1年程度に相等するとも考えられる。
    3. 単純に同じ時間軸で比較することが妥当なのかが疑問
  • 第二に、マウスの実験結果のヒトへの適用について、容認する部分と否定する部分とを分ける基準が不明確ではないか?
    • 一つ目の論点:「人間への影響を見る第一歩としてマウスを使った動物実験をしているのに、マウスでの実験が意味ないと断ずるのは説明が足りない(next49解釈)」
      1. 「マウスでもある程度普遍的なことを言えるのではないか?というのは、甘いですねぇ。実際を知らないからなんでしょう。」などという発言は、マウスにおける知見を元にヒトについて何らかの推論を行うことまで含めた全面的な否定と受け取れてしまうものである。
      2. マウスとヒトの代謝系に違いがあったとしても、共通な系もあるわけだから、その部分に作用するというようなことが解明されれば、それはヒトでも起こりうることだと考えるべきだろう。
      3. マウスにおける試験がヒトに対する効果の目安となるのは、マウスとヒトの間に共通するものがあるからなのだろう。だとするならば、ある実験がマウスにのみ効果をあらわしヒトに対しては効果がない可能性があるという批判を行う以上、マウスとヒトではどのような相違性があるのかを具体的に指摘し、その実験がヒトでは効果を発揮しないことの理由となる仮説のひとつも述べるのが自然科学者の務めではないだろうか。
    • 二つ目の論点:「既存のマウスによる実験で『効果がない』とされたものについて、マウスによる実験では普遍的なことが言えないならば、『効果がない』と結論づけられないはずだ(next49解釈)」
      1. 松永和紀氏の議論の中で取り上げられている「曝露マージン」の計算においても、齧歯類における実験結果が利用されている。
      2. 片瀬氏が引用している松永氏の記事でも「フランスでラットを用いて、実際に被ばく治療に使われたことがあるプルシアンブルーという物質とアップルペクチンセシウム排出効果を調べた結果が、2006年に論文として発表されている。結果は、プルシアンブルーは「効果あり」、アップルペクチンは「なし」である。」というような記述もある。
      3. 片瀬氏がマウスにおける結果からヒトにおける効果について述べることに対して否定的なら、マウスにおける結果を用いてヒトに関する効果を議論したり基準を定めようとすること全てについて疑義を呈さなければ公平ではないと考える。
      4. これは単なる優先順位の問題ではなく、自然科学者としての一貫した態度が取れているかどうかに直結する問題だと考える。それほどに片瀬氏の書きぶりは全面的・包括的であるように私には見える。
      5. 何を基準にして容認するか否定するかが明確でないまま片瀬氏のような発言をするのは、議論として行き過ぎていると考える。

こちらも無理筋だと思う。

  • 批判2-1については、新書の付録なのでページ数が限られているのでちょっと無理な要求。ちゃんとした参考文献をつけてくれという要求ならばありだと思う。
  • 批判2−2については、動物実験が人間による臨床実験を行うべき対象を定めるためのフィルタリングとして働いていることを考えれば、非現実的な議論。マウスにすら効果がなかったことを人間に確かめてみるというのは非効率すぎる。ただし、コスト意識や倫理を無視すれば、理屈としては成り立っていると思う。

植物の環境適応について

批判点

  1. 植物の異常を怖がっている人に適切な情報提供ができていない(next49解釈)
    • 目の前に「何らかの異常な状態にあるように見える」植物がある、という状況で考える必要がある。自前の実験室など持っているはずのない普通の人たちにとって重要な点は、その目の前の状況の原因が何であるかをある程度判定できるそれなりの適用範囲を持った見方やレシピを得ることだ。
    • 片瀬氏の文章にはそうした可能性は述べられていない。(next49の推測)
  2. 環境適応・先祖返り・経年変化だけを主張し、放射線による変異について述べていない(next49解釈)
    • ただ良く見てください。その変化は以前からよくあった可能性があります。ということが述べられ、環境適応・先祖返り・経年変化ということだけが紹介されているのみである。

1つ目の批判は確かにそのとおりだと思うけど、片瀬さんがそれをやらないといけないわけではないのでそれ批判するのはちょっとかわいそう。2つ目の批判は、みんな「放射線による変異」をきにしている状況に対して、環境適応・先祖返り・経年変化もあるよという指摘がこの部分の主目的だからしょうがないと思う。

あと、エントリー中にでている放射線による突然変異は 放射線育種場 > 農作物等に対する依頼照射 >農作物等に対する依頼照射を見る限り、我々が議論する対象であるmSvやμSvのオーダーでなく、1000mSv以上が基本のように見える(1Gy = 1Svと考えた場合)。

リンゴペクチンに関する論文検証について

批判点

  • 片瀬氏はペクチン群とプラセボ群との間に現れた有意な差について一切言及せず、単にプラセボ群のデータに問題があることと記載データの不備だけから信頼性を断定している。片瀬氏はなぜ有意な差、特にペクチン群でセシウム137の排出効果が明らかに通常の排出効果よりも高くなっているという事実について何も述べないのか?

これについては、基本的な論文読解のルール「論文に書いていないことを好意的に読んであげてはいけない」から。論文を批判的に読むのが論文利用者の基本姿勢なので、これを片瀬さんに問うてもしょうがない。

議論の姿勢について

このエントリーを書こうと思ったのは、これがそれなりに妥当だったから他にも片瀬さんの主張に痂疲瑕疵があったのかなと思ったため。ほかの批判は無理筋だと思うのでこれだけ指摘すればよかったように思う。

  • 内田さんの件については、片瀬さんの言葉選びが乱暴だと思う。ごめんなさいすればよいと思う。
  • burveyさんとのやりとりについては、片瀬さんがアップルペクチンの論文に対して批判的なのをburveyさんが「その指摘している点は論文がリジェクトされるほどの問題ではない」と批判したことに対して、「リジェクトするべきだと主張したわけではない」と返したことへの批判。確かに一貫はしていないと思う。
  • 「もうダマされないための...」における書きぶりについて。参考文献がないという話。スペースがあったら書いた方が良かったとは思う。こういう批判があるのでブログの方に補足資料として参考文献をリンクしたら親切だと思う。
  • そのほかに目に付いた議論の姿勢に関することについては、1つ目のやりとりはTogetterで読んだけど本当にどうでもよい話だったからどうでもよい。2つ目も売り言葉に買い言葉だからねぇ。