修士号と博士号の位置づけの変遷

大学教員の日常・非日常:学位の実態で、フラスコさんに引用していただいた部分の補足を。

博士号というのは、優秀な研究成果に与えられる褒賞ではなく、研究を遂行する能力を身につけたことを表す資格になった。であるならば、極言すれば TOEIC情報処理技術者試験、司法試験、国家医師免許試験と差がない。繰り返すけれども、博士号は一定の能力を持つことを保障する資格である。

上記太字の部分の根拠は、「文部科学省中央教育審議会の資料新時代の大学院教育−国際的に魅力ある大学院教育の構築に向けて−附属資料の資料9:大学院の課程の目的等の主な変遷」(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05090501/021/003-9.pdf)と平成18年の大学院設置基準(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ninka/06022332/019.pdf)で書かれている博士課程と修士課程の目的に従っている。昭和24年、昭和49年、平成元年、そして平成18年の修士課程と博士課程の目的の変遷を列記すると以下のとおり。

  • 修士課程
    • (S24) 修士の学位を与える課程は,学部に於ける一般的並びに専門的教養の基礎の上に,広い視野に立って,精深な学識と研究能力とを養うことを目的とする。
    • (S49) 修士課程は,広い視野に立って 精深な学識を授け,専攻分野における研究能力又は高度の専門性を要する職業等に必要な高度の能力を養うことを目的とする。
    • (H15) 修士課程は広い視野に立って精深な学識を授け専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を培うことを目的とする。

昭和24年の修士は研究者の卵「精深な学識と研究能力とを養うことを目的とする」。49年に専門家(≠研究者)の方向性も追加される「専攻分野における研究能力又は高度の専門性を要する職業等に必要な高度の能力を養うことを目的とする」。平成15年では、なぜか修士への要求がUPし、研究能力を持った高度専門家というすごい人材の育成が目的になる「専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を培うことを目的とする」

  • 博士課程
    • (S24) 博士の学位を与える課程は,独創的研究によって従来の学術水準に新しい知見を加え,文化の進展に寄与するとともに,専攻分野に関し研究を指導する能力を養うことを目的とする。
    • (S49) 博士課程は,専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。
    • (H01) 博士課程は、専攻分野について、研究者として自立して研究活動を行い、又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。

昭和49年までの博士に要求されていたのは「独創的研究によって従来の学術水準に新しい知見を加え,文化の進展に寄与するとともに,専攻分野に関し研究を指導する能力」。はっきりいって、これは教授に求められる能力そのもの。49年からの博士には「研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力」で十分とされている。昭和24年の博士像は、たぶんフラスコさんが理想とされる博士像(私もこういう博士になりたいなぁと思っております)。たぶん、博士号所持者が知り合いにいない方々の博士のイメージも昭和49年より前の博士像。

平成元年の大学院設置基準では、博士の浮世離れ具合が激しいとして、高度技術者としての観点がいれられている「研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力」。すなわち、必ずしも、「博士号取得者=研究者」というわけではないですよというのが文部科学省のメッセージ。

「研究能力がある≠研究者として自立して研究活動を行える」という含みがない限りは、現在の修士課程と博士課程の目的を見る限り、修士課程で輩出される人材の方が博士課程よりも優秀そうに見える。なんせ、修士は「専攻分野における研究能力又はこれに加えて高度の専門性が求められる職業を担うための卓越した能力を培うことを目的とする」なのに、博士は「研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力」なので。

実際には、与えられたテーマの下で研究ができることと、テーマ自体を自分で探して研究を行えることには大きな差があるはず(分野によって違う?)。なので、「修士号=与えられたテーマの下で研究ができる」で「博士号=テーマ自体を自分で探して研究を行える」となり、フラスコさんの先輩の言う

先日、企業に行った先輩(博士)と飲んだときには、こんな風に言われました。
「学士は仮免。教官がいれば路上に出れる。指導者つき限定。
修士は本免許。一応、自分で運転できる。企業でも必要とされる。」
「じゃ、先輩みたいな博士は?」
「そりゃA級ライセンスだよ。修士なんか及びもつかないことができるってことよ。で、
企業から、そこまでは必要ないんだけどねぇ…って言われるわけだ」
大学教員の日常・非日常:仮免・免許・A級ライセンス

だあるのではないかと思います。