読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

リンク:論文に死んでも書いてはいけない言葉30

研究

とっても役に立つ。でも、どちらかというと小論文とかの書き方かな?

上記のエントリーで列挙されている30の言葉を転載して私の考えを追加する。ネタにマジレスが入っているけどご容赦。

NG(使っちゃダメ) OK(こう言い換える) next49コメント
とても;すごく 非常に;極めて 使わない。客観的データと一緒のときだけ使ってよい
だいたい ほぼ;おおよそ 使わない。客観的データと一緒のときだけ使ってよい
だから したがって 「このため」「以上より」なども使う
でも;だけど;けれど;けど しかし;しかしながら --
どうやっても;どうしても いかなる手段を用いても 「どのような方法でも」もあり
〜と思う。 〜と考えられる。;〜であろう。 「〜と考えられる」を使う場合は主語に注意
〜かもしれない。 〜の可能性がある。〜の可能性が考えられる。 追記(2015年6月21日、コメント欄参照)「〜」の対象が「ある・ない」ならば例のとおり。「〜」が「〜である確率が高い」の意味ならば「の蓋然性が高い」
〜と感じる。 〜と推測される。;〜と思われる。 どういう理屈でその感想にいたったのかを明記すること
〜おもしろい。 〜は重要である。 自分の感想ならば「興味深い」の方が良い。「重要である」を使う場合は誰にとって、どの視点から重要七日なのかを明記する
〜を知りたい。 〜を理解する必要があろう。 使わない。既に知ったことを書くべき。あなたの願望は読者にとって価値はない
〜の意味がわかりません。 〜をより深く理解する必要があろう。 使わない。筆者自身に述べるならば書く必要はない。読者に述べるなら失礼。
〜がいっぱいある。 〜が多く存在する --
〜した方がいいと思う 〜すべきである。;〜する必要がある。 誰にとっての話なのかを曖昧にしないこと
〜するのは無駄だ。 〜する意義を見いだすことができない。 その行為が目的とする結果を生み出さないことと、行為を行うことに価値を見出せないことは別。区別する必要がある
〜は嫌いだ。 〜は必要とはいえない。;〜は適切ではない。 筆者がそれについて好きか嫌いかなど書く必要はない
〜はなかった。 〜という事実は知られていない。 ある範囲ないに存在しない場合は「〜の範囲には存在しない」と明言して良い
〜というのは間違いだ。 〜という主張は誤りである。 --
〜というのはインチキだ。 〜が真実であるという証拠はない。 使わない。事実や仮説がおかしいことだけ証拠&理屈付きで主張すれば良い
〜はバカだ。 〜の見解には再考の余地が残る 使わない。使わない。事実や仮説がおかしいことだけ証拠&理屈付きで主張すれば良い
こんな話を聞いたことがある。 このような事例が挙げられる。 参考文献の提示が必要。単なる伝聞は読者が確認できないのでダメ
そんな事実はない。 そのような事実は認められない。 事実自体がないならば「そのような事実はない」。事実の認定が問題ならば例のとおり
みんなが〜(だ)と言っている。 一般に〜(だ)といわれている。 参考文献の提示が必要。
みんなが〜(だ)と思っている。 〜(だ)と広く信じられている。 参考文献の提示が必要。
教科書に〜と書いてある。 〜(というの)が通説である。 「文献 [hogehoge 2010]に〜と記載されている」の方が誠実。
〜は読みたくない。 〜を正当に評価することは困難である。 使わない。どう困難なのか突っ込まれる。
〜は読まなかった。 〜の評価はまだ定まってはいない。 使わない。根拠を求められる
研究しましたが〜はわかりませんでした 〜は今後の課題としたい。 どこまで分かったのかを明記した上で今後の課題にして良い
もうダメだ。 議論が錯綜してきたので、原点に戻ってみることにする。 使わない。錯綜しているならば清書して筋が通るようにする
イヤになってきた。 ここで筆を置くことにする。 使わない。小説やコラムではないので
合格させてください。 解明できた点は必ずしも多くはないが、若干なりとも寄与できたと思われる。 これはあり。諦めずに自分の貢献をちゃんと主張するのは重要

関連過去エントリー

追記(2012年1月4日)

言葉の選択は転載元のブログの方のセンスの良さが主要因です。私が選んだわけではありませんので賞賛は元エントリーの方へどうぞ。

話変わって、このエントリーが予想外に人気になっているようですのでついでに伝えたいことを1つ

  • 人によって想像する程度・事柄が異なるような修飾語をつかうときには、その言葉から想起する程度・事柄が曖昧にならないように尺度や理由を明記すること

上のリストの1番目「とても」「すごく」「非常に」「極めて」などについて使わないこととしているのは、この言葉で想起される事柄が人によって異なるため。ある人にとってすごいことでも、別の人にとってはすごくないかもしれない。例えば、飛行機にめったに乗らない人にとっては飛行機に乗ることは「とても珍しい」こと。でも、いつも飛行機にのって出張している人にとっては「当たり前」のこととなる。論文は読み手に解釈の余地を与えてはいけない。自分の伝えたいことを誤解なく相手に伝えるのが論文の目的。この部分が小説やコラムと違う。

以下のような質問を自分に行い、曖昧さをなくした形で使用すること。曖昧さを削れないならば使ってはいけない。

主観的な事柄に関して:「正しい」を例として

  • 「『〜が正しい』というのは何がどうなったときのこと?『正しくない』ときというのは何がどうなったときのこと?」
  • 「『〜が正しいかどうかを調べる』というのは具体的にどうやって行うの?」
  • 「『〜が正しい』というのは誰の基準に基づいて?他に基準はないの?」
  • 「『正しく行う』というのは、何をどうすること?正しくなく行う方法はあるの?」

主観的な事柄に関して:「良い」を例として

  • 「『〜が良い』というのは何がどうなるときのこと?『悪い』というのは何がどうなること?」
  • 「『〜が良い』とき誰に/何にどういう影響がある?『悪い』とき誰に/何にどういう影響がある?」
  • 「『〜が良い』『〜が悪い』ということをどうやって測定するの?」
  • 「多くの人が『〜が良い』と考える閾値は何?多くの人が『〜が悪い』と考える閾値は何?」
  • 「その測定方法の妥当性は何?既に誰かがもっと妥当な測定方法を提案していないの?」
  • 「『良い〜』というのは、何がどういう状態のもの?『良くない〜』は何がどういう状態?」

質問テンプレートより)