読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

論文もコール&レスポンス重要

論文も表現の一種なので、読者に興味をもって読んでもらうためには技術が必要。その技術の一つがコール&レスポンス(「フックをかける」というかもしれない)。具体的には、「読者の頭の中に質問を生成→筆者なりの解答でそれを解消」という行為を繰り返すということ。

論文はツルツルと読めることが重要なのだけど、あまりツルツルしすぎると読者は暇になってしまい集中力が途切れる。集中力が途切れると著者が一番主張したいことを読み飛ばしてしまう可能性もある。論文の大前提は「読者はあなたの論文に興味はない」。

読者の頭の中に質問を生成するための技法はいくつかあると思うけど、私が思いつくのは3つ。その1は「結論をいきなりぶつける」、その2は「質問を提示する」、その3は「難しさなどを確認してみせる」の3つ。

結論をいきなりぶつける

みなさまにご愛読いただいているエントリー価値の判断基準が自分の外にある人間は表現者になれないは、典型的にこの手法をつかっている。というか、私のエントリータイトルはほぼこの方法を使っている(と今気づいた)。これでわかりづらい方は、刑事コロンボ古畑任三郎のドラマ構成を思い出してくだされば良いかと(先に殺人犯がわかり、コロンボや古畑が殺人犯であることを立証していく)。

トピックセンテンスやタイトルとして、結論をいきなりぶつけることにより読者の頭には「なぜ?」という質問が生成される(あるいは、反発や賛同の念が生まれる)。読者の頭に「なぜ?」が浮かべばしめたもの、2行目や本文で、この「なぜ?」に答える説明をかけば読者は気をいれて読んでくれる。なぜならば、読者は筆者が結論にいたった経緯を知りたいと思っているから。

この手法を使う場合に注意すべきなのは、第3者が理解できるように結論にいたった理由をちゃんと説明するということ。私が卒論生だったときもそうだけれども、案外それができていない。結論をぶつけといて、その後に続くのは別の話題とか、結論をぶつけといて、結論と反したことを説明し始めるとかよくある話。

既に書いた文章をこの手法に直すときは、ある段落において一番主張したいこと(結論)にアンダーラインをひっぱり、それをむりやり段落の先頭に配置し、それを補足する形で段落を再構成すればよい。マーク・ピーターセンの「日本人の英語」によれば、日本人(アジア人)は結論を末尾に記す傾向があるということなので、一番主張したいことがわからない人は段落の最後の文章を段落の一番最初に移動させれば良い。

質問を提示する

スピーチや口頭発表などではよく利用されるテクニック。もちろん、論文でも使ってよい。「われわれは〜しなければならないが、それは可能だろうか?」というように読者の頭に筆者と同じ質問を生成し、その後、その質問に対する筆者なりの解答を述べるという構成をとる。

この方法のメリットは、読者の思考の方向を筆者がコントロールできるという点。文章の解釈は読者に一任されているため、基本的には筆者はどうにもできない。筆者が「読者はここでこういう疑問を持つだろう」と考えていても、読者の方にはそれにのってあげる義理はない。結果として、筆者が予想もしない解釈で筆者の主張をとらえてしまうことがありえる。しかし、文章中に質問を提示すれば、少なくとも「筆者はこういう理屈でこの主張にいたったのだな」ということを読者に理解してもらえる。

この手法を使うときの注意点は、質問が不自然にならないように注意するということ。筆者が読者の代わりに読者が思いつきそうな質問を提示してあげているというのがミソ!ここで、読者がまったく思いつかないような質問をいきなり提示しても、読者は「なぜ、こんな質問が発せられたのか?」ということに興味をもち、質問の答えに興味をもたなくなってしまう。

また、読者は質問の直後にその答えがくることを期待するので、期待を裏切らないようにすること。

既に書いた文章をこの手法に直すときは、自分の主張がその答えとなる質問を用意しそれを主張の前に配置すれば良い。

難しさなどを確認してみせる

前二者と異なり、間接的に読者の頭に疑問を生じさせる方法。

映画、ドラマ、小説や漫画などで、主人公が最後に倒す予定の悪役の強さを読者や視聴者に十分に理解してもらうために、物語の前半で、主人公に一度敗北させたり、強そうに思えた味方を瞬殺させることがある。これを行なうことで読者や視聴者の頭の中には「こんなすごいやつに主人公はどうやったら勝てるのだろう?」という疑問が湧いてくる。この疑問に答え、主人公が見事に悪役を倒すと、読者や視聴者はカタルシスを得ることができる「主人公、かっこいい!」。

論文でも自分の主張の重要性を読者に納得してもらうために、解決すべき問題の困難さを分析してみせ、読者の頭の中に「こんな難しい問題解決できるのかなぁ?」という疑問を生じさせる。多くの場合、1章や2章でこの分析が行なわれ、3章以降で解決にいたることが多い。

この手法をつかうときの注意点は、「こんな難しい問題解決できるのかなぁ?」という疑問にきっちり答えて納得させてみせること。ちゃんと納得させることができれば良い論文として評価してもらえるが、そうでなければ、良くて「ご都合主義」や「おもちゃ問題(Toy problem)」、悪くて捏造と呼ばれる。

余談:「難しさなどを確認してみせる」のもう一つの効用

「難しさなどを確認してみせる」のもう一つの効用として、読者に「自分はこの問題のココを難しいと認識しているよ」というアピールができるというものがある。同じことを「難しい」と認識していても、人によって、難しさの発生メカニズムが異なる。

たとえば、「毎日ブログを書くのは難しい」ということにAさんとBさんが同意していたする。しかし、Aさんにとっては「ネタはあるけど、文章を書く時間をひねり出せない」から「毎日ブログを書くのは難しい」という認識である一方で、Bさんにとっては「時間はあるけど、ネタがない」のが難しさの原因であったとする。このとき、あなたが「毎日ブログを書くのは難しい」という問題を解決するために、ブログを短時間で、かつ、いつでもどこでも書くことのできるツールを開発したとしても、Bさんはあなたのツールを評価してくれない。理由は「あなたのツールは『毎日ブログを書くのは難しい』という問題を解決していない」から。

物事はさまざまな解釈が可能であり、あることが難しい理由は複数の原因から生じていることがある。すべての原因から発生する難しさを解消できない限りは、私たちの提案する解決策は常に限定的である。「難しさを確認してみせる」ことで、この論文で取り扱っている難しさ発生メカニズムを読者に明確にし、自分の行なった仕事の範囲を明示的に理解してもらうのはうまい方法だと思う。

おわりに

論文でもコール&レスポンスが重要であるというのが私の主張だけれども、ここまで読んでいただいて分かるとおりコールするのは読者で、レスポンスするのが筆者だ。あらかじめ、先回りして疑問がすべて封じられている論文よりも、読み進むにつれて疑問が浮かんでは解消され、浮かんでは解消されする論文の方が絶対に読んでいておもしろい。うまく、読者の頭の中に質問を生成し、それに回答していく形で論文の内容が進んでいくように論文を執筆することをおすすめする。

最後に、当然のように私はこういう風には論文をかけていないことをおことわりしておく。