学術文献を連接点とした学術情報のネットワーク

坂東慶太のブログ:論文サイトに対する皆の意見を聞いてで、お褒めいただいたので調子にのってもう少し自分の欲しいものを考えてみる。

その前にお詫び

坂東慶太のブログ:論文サイトに対する皆の意見を聞いてより)
そして、このエントリーで勇気付けられたのは「たぶん」と但し書きあるものの「ないです」とおっしゃられてる点。存在しないもので、且つ「あるのだろうか」とニーズを感じることができるサービス開発に携わっていることを誇りに思い、そして何とかご支持頂けるようやっていきたい。

とありますが、これは私の間違いのようでして、はてなブックマーク:論文に対するコメント - ひげぽん OSとか作っちゃうかMona-によれば、以下のようにいくつかの分野で既にあるみたいです。

  • 2008年01月18日 yukitanuki PNASもあるねえ。どれっくらいの人が利用しているのかねえ。あとFaculty of 1000はライフサイエンス系だけかな。
  • 2008年01月18日 POPOT 生物系だとさらにGenes&DevelopmentはSBMのボタンが標準装備。Cellも一部の論文はコメント受け付けてたが誰も書いてなかったような。
  • 2008年01月18日 y4su0 分野が生物系に偏るけど,PLoS Journals http://www.plos.org/journals/ にはコメント機能があります.あと, http://www.citeulike.org/ のメモ機能……はちょっと違うか
  • 2008年01月18日 teahut citeseer には comment on this article があるけど,動かないなぁ (使ってると聞いたこともない)

あらためて、前回のエントリで何が欲しいといいたかったのかをもう一度整理。まずは、オープンアクセスの定義。

Open Access Japan:オープン・アクセスの簡略紹介より)
オープン・アクセス(OA)文献とは,デジタルで,オンライン上にあり,無料,著作権・使用権制限の多くを受けないものを指します。

どうしてこのような考え方が生まれてきたかというと、

時実 象一:電子ジャーナルのオープンアクセスをめぐる議論と対立論文より)
大学図書館を始めとする欧米の図書館では、全体として一定もしくは漸減の予算傾向の中で、一部出版社の購読費用が固定化されて上昇すると、他の雑誌の購読を中止せざるを得なくなる。このような状況下で図書館は出版社への批判を強めてきた。

ということが背景にあり、はじまったらしい。ただ、その後はオープンソース運動とも絡まって、どのように「バイオはオープンな感じ」なのかをITな人へ向けて具体的に紹介で紹介されているような、知識やリソースを共有して、その分野自体の研究を前に進ませようという流れになっている様子。

以上のオープンアクセスの定義と背景、現状を踏まえた上で、私が欲しいのは、学術文献のオープンアクセスではなく、学術文献を連接点とした学術情報のネットワークが欲しい。学術文献を連接点とした学術情報のネットワークのイメージは、下の図のような感じ。

ある学術文献があったときにその文献情報をオープンアクセスとし(学術文献自体の配布形式は問わない)、そのオープンアクセスな文献情報を起点として、Web上の記事、コメント、ブックマーク、その文献を入手可能な販売店、サイト、図書館などにリンクを貼る。これによって、その文献情報を連接点として、その文献に関する関連情報を手に入れることができる。


どうしてそう思うかを以下につらつらと書いてみる。

有料論文に関する基本的な考え

私の有料論文に関する基本的な考えは以下のとおり。

学生が論文を自腹を切らずに読む方法
現状では学術雑誌掲載、あるいは有名会議録掲載の論文を入手するためには何かしらのコストが必要であり、論文はタダでは手に入りません。また、論文はある意味では有用な情報の塊ですので、タダで手に入れられることを期待すべきではありません。価値ある情報にはそれなりの対価を支払うべきです。学術雑誌や有名な会議の論文集はピアレビューと採択率を制限することによって、ゴミをできる限り排除することにコストを支払っています。

ですから、お金がないけれども、たくさん論文を読むべき大学院生にとって、あるいは私のような駆け出しの研究者にとって、論文入手のコストは痛くてたまりませんが、それでも価値ある情報にはコストを払うべきであるという認識はしっかりないといけないと思います。

なので、雑誌や論文の値段を下げてもらいたいものの、オープンアクセスにする必要性はそれほど感じていない。でも、論文情報と概要の利用だけは無料にして、かつ、著作権フリーにして欲しい。

研究者として欲しい道具

私が論文を読む理由は以下の2つ。

  • 先行研究の調査:他の研究者があるテーマにおいてどこまで研究を進めているかを調べる。あるいは自分のアイデアと同じものがないかどうかを調べる
  • 研究成果の応用:ある問題を解決する方法が既に提案されていないかどうかを調べる。工学的な論文の使い方かもしれない。

自分の研究テーマ自体を論文から探すことは今のところない。先行研究を調査している間にアイデアが見つかるので、アイデアを探すために論文をざっと読んでみるということはない。

知識を増やす場合や、流行りのトピックを見つける場合は論文よりも学会誌の記事や本、Webページを読むことが多い。そちらの方が素人にとってわかりやすく、かつ、簡潔に説明してくれているため。

私の論文の探し方と利用の仕方は以下のとおり。
1. Web of Science, DBLP, ACM Digital Library, IEEE Digital libraryなどで探したいキーワードで論文を検索する。Google Scalarを最初に使わない理由は、玉石混合なため。先行研究の調査は、ある程度信頼性が保証されている論文の中から行う。
2. 上記の論文データベースで論文がひっかからなければ、Google Scholarで検索する。
3. 探した論文のタイトルと発表年、概要を読み、入手を試みる論文とそうでない論文に分ける。
4. 論文を入手する。大学が購読契約をしている、ACMIEEE-CSのDigital libraryに入っている論文は必ず電子ファイルでダウンロード。それ以外の論文は、もし研究費(掛け払い)で買えるならば値段を考慮して買う。クレジットカードでしか買えない論文はよっぽどのことが無いかぎり諦める。
5. 論文のIntroduction, Conclusion, 章タイトル、図と表、参考文献に目を通し、自分の知りたいことが書いてあるかどうか目星をつける
6. 自分の知りたいことがが書いてあり、かつ、詳細に読まなければならないようであれば覚悟して、本文を読み始める。
7. 必要に応じて、参考文献として引用する。なので、自分の参考文献リストデータベースに論文情報を加える(BibTeXを使って参考文献リストを生成しているのでjabrefで論文情報を管理している)
8. 論文の参考文献リストに載っており、かつ、役立ちそうな論文の入手を試みる。このときはGoogle Scholarが便利。

この探し方では、キーワードをはっきり把握していることが前提条件となる。このため以下の場合では論文を探すこと自体が難航する。

  • 自分の研究テーマの主要キーワードをまだはっきりと定めることができない場合
  • 解決したい問題が、自分の分野では新しく把握された問題であるが、他の分野では別の問題として把握されている場合

一つ目の自分の研究テーマの主要キーワードをまだはっきりと定めることができない場合は、時間はかかるものの探しているうちにキーワードがはっきりとしてくるので非効率だけれども、問題というほどではない。

二つ目は問題。私の二つめの場合に陥ったときの解決策は、他人に問題を説明して助言をもらうことと、関連する文献を乱読すること。以前、一ヶ月間考えぬいて作った数式を主とした論文について、「それはもう既に***という数列として定式化されている。」と無情にもリジェクトをもらった。査読者のコメントを読んだときの私の感想は「そんなこと言われても、そのジャンルは存在すらしらなかったよ。」というもの。

もし、学術情報ネットワークが存在して、ある論文のコメントとして「この論文にかかれている方法を応用して***という製品を作った」や「この論文にかかれている方法は、***と同じなんじゃないの?」とかいうコメントがあったら、解決したい問題が、自分の分野では新しく把握された問題であるが、他の分野では別の問題として把握されている場合に陥っても少しは救いがあるのではないかと思う。

話変わって、論文を読み進めるときには、メモをとりながら読むことが多い。というか、メモをとっておかないと再度読まなければならなくなるので非効率。しかも、あるテーマの論文を書くために読んだ論文が、別のテーマの論文を書くときに再度別の観点から役に立つこともよくある。そういう意味で、論文情報とともに論文を読んだときのメモも保存しておきたい。ただし、このメモは次の研究のネタにもなるので、公開範囲を限定したい。できれば、ローカルに情報を保存するか、サーバ上に置くときは暗号化したい。

修士・学部生として欲しい道具

基本的に研究者の場合と同じだけれども、独り立ちした研究者と異なり、まだ検索能力が低い。それは、何が研究のテーマに関連するキーワードなのかわからないからだ。

思索の海:卒論話のついでにこれから卒論を書く人へ勝手に偉そうなアドバイス(一部言語系限定)より)
あなたの指導教官や先輩が「とりあえず例を集めてみたら?」などというアドバイスをくれることがあるかもしれません。しかし、あなたとあなたの先生、先輩の院生では大きな違いがあります。それは、彼ら彼女らが、面白いものに出会った時に、それが面白いと気付けるだけの知識を持っているということです。

 あなたは、面白い現象に出会った時に、それが面白いと気付ける自信がありますか?また、それが言語学的に面白く、論文で取り上げる意義があるということを説明できそうですか

そういう彼らにとって(場合によっては、違う分野に参入を試みる研究者にとって)は、そのテーマ近辺を研究する人たちが注目している論文から読み始めるのがもっとも効率が良い。一番よいのは、自分の研究室の先輩達や先生が読んだ論文や本から読み始めるのがもっとも効率が良い。その上で、追加で論文を調べ始めるのが良い。

また、特に学部生は論文を読むこと自体が苦手であるため、他人がその論文を読んだときのメモなどが参照できるとありがたい。たとえば、難しい単語の日本語訳とか、専門用語の補足説明とか。

一方、多くの修士と学部生は修士論文卒業論文が終わると就職してしまい、たいていの場合研究を続けない。このため、その学生が卒業すると同時に、学術情報(集めた論文、参考文献リスト、論文を読み込んだ際のメモなど)が廃棄されてしまい、後輩に伝わらない場合もある。なので、研究グループとしては、学術情報を継承していきたい。

ソフトウェア開発者(技術者)として欲しい道具

ソフトウェア開発者の論文の利用法は、研究者的な開発者を除き、解決すべき問題自体は既に提示されているはずなので、その問題を解決する方法を探すことが主たる目的になると思う。

  • 研究成果の応用:ある問題を解決する方法が既に提案されていないかどうかを調べる。
  • 製品開発の種探し:アプローチや理論、プロトタイプの提案までは終わっている研究について、実用化し、製品化する
  • 技術情報の収集:IBMや大手メーカーが発行しているような技術報告から、ノウハウや他のメーカーの進捗状況を収集する

ソフトウェア開発者には、多くの場合、論文を探すための良い手がかりになる「先生」がいない(そりゃ、会社だし)。なので、論文を探すための効率的なキーワードや適切な分野、適切な著者(私は「あの問題ならば、**大学の***先生だ」というアドバイスをよくもらう)を知ることが難しい。そういう点では、学生の問題点と似ている。しかし、困ったことにソフトウェア開発者は研究グループという継続したグループに所属していないので、学生のように先輩が調べた集めた論文、参考文献リスト、論文を読み込んだ際のメモなどを手に入れることができない。

このことから、既に論文を読んだ人たちからの評価や分類、コメントなどが論文情報と関連付けられていれば、それをキーとして読むべき論文を探すことができると思われる。

また、企業のソフトウェア開発者のみなさまは勉強をする時間もとれな場合が多い。なので、論文情報に論文を読むために必要とされる知識を追加できるようにしておき、無駄な勉強をする必要がないようにした方がよいかもしれない。

とりあえずのまとめ

前回のエントリーでの私の要望は以下のとおり

  • その論文がどこで手に入れられるかすぐにわかる
  • その論文の概要が読める
  • その論文を既に読み終わった人がどう判断しているのかわかる(./J的のモデレーション項目で充分だと思う)
  • 一言コメントがつけられる(コメント)
  • 参考文献、被参考文献間で自動的にリンクが張られていてほしい
  • 個人ビュー用として、勉強記録がつけられる(論文に対するメモは他人に知られたくないので)

これも含めてもう一度まとめ直すと

研究者として欲しい

  • 論文情報を簡単に手に入れられる(参考文献リストの作成を簡単にできる)
  • その論文がどこで手に入れられるかすぐにわかる
  • その論文の概要が読める
  • 参考文献、被参考文献間で自動的にリンクが張られている
  • 個人ビュー用として、勉強記録がつけられる(論文に対するメモは他人に知られたくないので)

修士・学部生として欲しい

  • 論文情報を簡単に手に入れられる(参考文献リストの作成を簡単にできる)
  • その論文がどこで手に入れられるかすぐにわかる
  • その論文の概要が読める
  • 参考文献、被参考文献間で自動的にリンクが張られている
  • グループ共通ビューとして勉強記録がつけられる
  • 同じグループの人の勉強記録も参照できる
  • その論文を既に読み終わった人がどう判断しているのかわかる(./J的のモデレーション項目で充分だと思う)
  • 一言コメントがつけられる(コメント)
  • 自分の勉強記録、コメント、評価をグループに寄贈できる

ソフトウェア開発者として欲しい

  • 論文情報を簡単に手に入れられる(参考文献リストの作成を簡単にできる)
  • その論文がどこで手に入れられるかすぐにわかる
  • その論文の概要が読める
  • 参考文献、被参考文献間で自動的にリンクが張られている
  • その論文を読むための前提知識を知ることができる。編集もできる
  • 他の人の論文に対する評価、コメントを知ることができる