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「世間が必要としないものには価値がない」が正しいときの条件

学位取得者に対する扱いの続き。

ところで博士学位をとったらなんらかの特典を与えるという話しは、どうも若い人には不評で、博士の学生の定員を減らすべきだと意見が強く出されました。それか学生を社会に適合できるよう教育すべしという意見が出されました。

柳田さんには気の毒だが、博士に需要がない&cli以上は博士定員を減らすのが本筋であって、なぜ博士を優遇すべきなのかさっぱりわからない。

どうも柳田先生は「博士学位をとったらなんらかの特典を与える」と主張されたようです.たぶん,私を含めて理解しにくい主張のように感じました.餌をぶら下げてまでして院生を増やさないといけないというのは,いったいなんなんでしょう.

僕の基本的な考え方は、博士号を取ることが意味のあることならば、それは必ず評価されるということです。
そうでないならば、博士号をとるということ自体、もしくはその仕組みに問題があるということだと思います。
僕も理系の学生の端くれでしたが、正直なところ博士号という仕組み自体に疑念を持っています。

私は、柳田さんの意見に賛成です。でも、他の上で引用させていただいた方々の意見や質問にも納得するものです。ただし、ちょっとしたもやもや感はあります。

私の理解では、学位取得者に価値があるかどうかという議論の論旨は以下のとおりです。

  • a: 学位取得者が職にあぶれているという現実がある
  • b: もし、学位取得者に価値があるならば、会社や組織は学位取得者の獲得に走るはずである
  • c: しかし、事実として会社や組織は学位取得者の獲得に消極的である
  • d: よって、学位取得者には価値がないと考えられる

しかし、これは仮説生成(abduction)という推論形式であり、a, b, cのすべての前提が正しいとしても、この推論形式で導出された結論は必ずしも正しいとは限りません。上記の例でいえば、bの仮説以外にもこの現象を説明できる仮説がありえるからです。私の考える仮設は「学位取得者に価値があるということを、会社や組織に理解させることができていない」です。

元になった考えはソフトウェアの開発の話CNET Japan Blog - 中島聡・ネット時代のデジタルライフスタイル:ユーザー指向のもの作りに関する一考察イノベーションのジレンマに出てくる破壊的イノベーションの考え方です。

「ユーザーが欲しいと言っているものを作れば良い」と誤解している人たちが結構多いので困る。そんな人たちに、こちらが一生懸命考えた斬新なアイデアを提案すると、「そんなものを欲しいと言っているユーザーは一人もいない」と頭から否定されることがある。

学位取得者が既に社会で活躍していて、近年、学位取得者の需要が伸び悩み、就職難に陥っているという話の流れであれば、私の仮説学位取得者に価値があるということを、会社や組織に理解させることができていない」は成り立たず、「学位取得者に価値があるならば、会社や組織は学位取得者の獲得に走るはず」という仮説が成立しており、その結果「学位取得者には価値がない」という結論が正しいことになると思います。しかし、現在はそもそも学位取得者自体が社会で活躍しているわけではないです。

ですから、学位取得者の価値を会社や社会に分かってもらう方法として、柳田さんの提案されている方法は、役立つのではないかと思います。最終的にはそのような優遇措置なしで、「学位取得者に価値があるならば、会社や組織は学位取得者の獲得に走るはず」という仮説が成立している社会を作り出し、その上で、学位取得者を市場原理に任せるようにしたらよいのではないかと思います。

ただし、学位取得者に関しての社会の評価を覆すのはそんなに簡単な話ではなく、第一に学位取得者とそれを生み出す大学側の改革(文部科学省の指導方針含む)が必要なのは確かだと思います。

参考: