ゼミでの発表練習が発表している学生にしか役にたっていないような気がしてならない。他人の発表を聞いて、自分の発表に生かすヒントを思いつく限り書いてみる。
まとめ
基本原則
- 聞き手は神であり、発表がわからない責任はすべて発表者にある
- 良い理由、良くない理由を言語化する
- 可能な限り発表者にフィードバックする
- アウトプットとして残す
How To
- 発表を聞く際には筆記用具を忘れずに
- 発表中のすべての事柄について、何のこと?(What?)、なぜ?(Why)、どうやって(How?)、だから何?(So, What?)を問いかけ、それへの回答をメモする
- 発表練習/発表後に良かった理由、悪かった理由の解析する
発表練習中だけでも、自分以外の発表でも「他人事」扱いしないようにしよう。
基本原則:聞き手は神であり、発表がわからない責任はすべて発表者にある
普段のコミュニケーションでこんな姿勢で望んだらみんなに嫌われてしまうけれども、発表技術を鍛える観点でいえばこのぐらいの心持ちで自分の発表を練らないといけない。今回の目的は、他人の発表を聞いて、自分の発表に生かすことなので、基本この姿勢で相手の発表を聞く。
日本で小学校〜高校までの教育を受けてきた多くの人は、国語の授業で著者の主張に寄り添うことを重点的に鍛えられているので、この姿勢を保たないと「〜がわからないのは私の勉強不足だからだ」「〜がわからないので私の能力が低いからだ」という感想しか持てず、批判的な視点で発表を聞くことができない。相手の心情や主張に寄り添うのはとても重要なことだけど、発表練習中は少し眠ってもらって、「聞き手は神であり、発表がわからない責任はすべて発表者にある」と念じよう。
基本原則その2:良い理由、良くない理由を言語化する
言葉にできない事柄や他人に説明できない事柄は、2〜3日後の自分にすら理解してもらえない(つまり、忘れる)。そこで、発表を聞いているときに良いと思ったこと、悪いと思ったことはすべて言語化するのが重要。
ただ、発表を聞いている最中に長い文章を書こうとすると、書くことだけで終わってしまうので、発表中はキーワードだけ書けば良い。たとえば、スライドの7ページの図がわかりやすいならば「7ページ、図がわかりやすい」というメモで十分。
時間を見つけてメモを読み返し「『7ページの図がわかりやすい』とあるけど、私はどうしてその図がわかりやすいと思ったのだろう」と自分に質問し、その理由を言語化する。この言語化の過程を通して、自分は何の情報を手がかりに物事を理解しているのか、何の情報がないと/あると混乱してしまうのかがわかるようになる。
基本原則その3:可能な限り発表者にフィードバックする
発表者が研究室の仲間だったり、友達だったりする場合にはできるかぎり良い点と悪い点をフィードバックすること。理由は、自分が良いと思った点や悪いと思った点を他人に伝えようとするときにこそ、我々の言語能力はフル回転で活動するから。
自分相手の説明だとどうしても曖昧な部分が残るが、他人への説明の場合にはそれは許されない。特にネガティブな事柄に関しては、たとえ友達といえど、曖昧なまま伝えることはできないので、論理的で説得的な説明をせざる得ない。これが、とてもよい練習になる。実際に、私は学生に私の感想を説明しながら「あっ、私はこういうことを良いと思うんだ。」「あっ、私はこういうことを悪い/変だと思うんだ。」と自分で気づくことが多々ある。
基本原則その4:アウトプットとして残す
言語化した良い点や悪い点は、後で見返せる形で残しておく。残しておく媒体や形式は自由にして良いけど「頭があんまり働かない状態(おバカな状態)でも理解できる程度の詳しさとわかりやすさ」で残しておくのがポイント。我々の忘却能力を甘くみない方が良い。
発表を聞く準備
「えっ?準備。」と思うかもしれないけれども、他人の発表を自分の力にかえるためには準備が必要となる。最低限、以下のものを用意しておこう。
- ボールペン(黒1本・色付き1本)
- メモ用紙(プリントの裏紙をバインダーではさむと自由にお絵描きできてよい)
- 上の二つの代わりにノートPCでも良い。
可能ならば以下も用意したい。
- ICレコーダー
- 電子辞書(国語、英和は最低限)
質問やわからないことは放っておくとすぐに忘れてしまう。ところが、たった一語でもメモしておけば、その日のうちならば案外思い出せるもの。筆記用具を用意せずに発表を聞くというのは眠りに行っているのと等しい。毎年、研究室配属直後の学生に叱るのはこの点。
ICレコーダーは主に質疑応答を録音するのに使う。発表(ゼミ)のすべてを録音してもよいのだけど聞き返すのにも時間がかかるので痛し痒し。電子辞書があると、ちょっとわからないことはすぐにその場で調べられ、発表の内容の理解に役立つので便利。Googleで検索まで始めてしまうと、発表を聞き逃してしまうことになるので返って良くない。
発表を聞く際のポイント
発表は何かを伝えるためのものであるため、発表全体や個々のスライド、個々の表や図、用語、定義、数式ごとに以下の点について自分に問いかければ良い。
- 何を伝えようとしているのか?
- その主張や事実は説得力を持つのか?
- その説明を理解するのは容易か?
発表技術の到達点としては「誰に聞いてもらっても自分の主張したいことを誤解なく理解してもらえる」という点を目指すべきだけれども、まずは「自分が聞いて自分の主張したいことを誤解なく理解できる」発表ができるようにならなければいけない。そのためにも、自分がどういう認識過程を経て物事を理解しているのかを自分自身で理解するのが重要。
この「自分がどういう認識過程を経て物事を理解しているのか」と「ある人がどういう認識過程を経て物事を理解しているのか」の比較を通して「みんながどういう認識過程を経て物事を理解しているのか」の技法について納得がいくようになる。
細かいことをあげていけばいろいろとチェックポイントはつくれるけれどもまずは以下を常に問いかけながら発表を聞くと良い。最初はこれだけで十分。
- 何のこと?(What?)
- なぜ?(Why)
- どうやって(How?)
- (何かの主張や事実の提示が終わった後に)だから何?(So, What?)
これを心の中で問いかけ、その問いかけに対する答えをメモしていく。わからない場合は「〜がわからない」を簡単にメモしていく。
発表後(質疑応答中)
質問が可能であるならば、メモしていた「〜がわからない」について質問する。質問を通してわからなかったことがわかるようになったならば、メモには「なぜ、〜がわからなかったのか?」と記述しておく。また、他人からの質問やそれに対する受け答えにも良く耳を傾け「なぜ、・・・さんは、〜がわからなかったのか?」を収集する。
ゼミの発表練習などの場合には、当然のこととして発表に対する指摘をメモすること。「あの〜さんが指摘した・・・について、私の発表/研究だったらどういう指摘になるか?」という置き換えができるかどうかが、他人の発表練習から多くの成果を得られるかどうかの大きな境目になる。とっても重要。
良かった理由、悪かった理由の解析
できるかぎり、その日のうちに発表や質疑応答中にメモしたことを元にして良かった理由や悪かった理由の解析を行う。
理由の解析は2つの側面から行う
- なぜ、私は〜について良い/悪いと思うのかについての理由の説明
- (良い点について)精神論ではなく、技術論あるいはシステム化の観点から良いと思った部分を自分の発表に生かすにはどうすればよいのか
- 何をすれば良いか
- どうすれば良いか
- (WhatとHowがわからない場合)誰に聞けば良いか
- (悪い点について)精神論ではなく、技術論あるいはシステム化の観点から、何をどう直したらその悪いところを改善できるのか
- 何をすれば良いか
- どうすれば良いか
- (WhatとHowがわからない場合)誰に聞けば良いか
初めのうちは、誤字・脱字、書式間違いしか目につかないと思うけれども、繰り返すうちに内容や論理的説明について考えられるようになる。
Tips
適当に思いつくままに
- 自分の専門外の話はだいたい用語からして難しいので理解できない。そういう場合は構造や論理のつながりを検討する。それだけでも学べることは多い。
- 分からない用語や概念をブラックボックス(その人の主張や説明が正しいと仮定する)とし、前後のつながりを見る
- 発表のセオリーが守られているかを見る。たとえば、「大事なことは3回言う」が守られているかどうか?
- 発表のセオリーが守られている場合とそうでない場合で自分の理解度がどう変わるのかを観察する。
- フォントの大きさや背景と文字のコントラストなど「つまらない」悪い点がどれくらい理解を妨げるかを観察する
- 発表者の説明がわからなくなったときの原因を考える。自分の理解力は棚にあげた上で、相手の説明の仕方が悪いと仮定し、何がうまくなくて説明がわからないのかを考える。
- 説明の黄金律がまもられているか?時間:過去から未来、姿形:全体から部分、概念・定義:本質から具体例 or 抽象から具体 など
- 発表者の振る舞いやボディランゲージについて自分がどう思ったのかを記録しておき、そう思った理由を考える。
おわりに
基本的に好奇心の強い人やいろいろなことに楽しみを見つけられる人の方が発表技術はうまくなる。というのは、そういう人たちは他人の発表を「他人事」「時間の無駄」ととらえない。それなりにおもしろいところを探そうとする。そうすると、結局は悪いところも目につき、悪いところが目についたら、自動的にそれが自分に反映される。
他人の発表を「他人事」「時間の無駄」ととらえる人は、どんなに洗練された勉強や訓練をしていたとしても、総訓練時間で、他人の発表を「他人事」「時間の無駄」ととらえない人に負けてしまう。
他人の発表を「他人事」「時間の無駄」ととらえる傾向がある人は、常にとは言わなくても研究室でのゼミの間だけは、他人の発表に耳を傾け、他人への指導へ耳を傾け、自分の発表技術の向上に努めてほしい。