うまいレッテルをどう貼るか

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御用学者でしょうかのコメント欄で大多数の一般市民は専門家の発言の妥当性を理解できないのは当然という意見をいただきましたので、発言の形式に着目して比較的まともそうな情報発信者を見つける方法を検討したいと思います。

一言でいうと「他者が検証しやすい形で情報を提供している人はまともな可能性が高い」と考え、どんなに偉い人、実績のある人でもこの条件を満たしていない人はとりあえず、退けておけば良いと思います。

他者が検証しやすいということは何故重要か?

他者が検証できる形で情報を提供するというのは、「〜科学」「〜工学」の基本理念です。どうして、これが基本理念であるかといえば、大前提として以下の考えがあるからです。

  1. 人は間違える
  2. 人は自分のみたいものしか見ない
  3. 今の人類の測定技術には限界がある

悪意を持っていなくても、上記の理由により公開された情報は正しくない可能性があり得ます。さらに、悪意をもって情報を公開する人もいるのですから、常に他者が検証しやすい形で情報の公開を強制するのは当然の戦略です。

おかしいと思った人が、すぐに検証し情報の妥当性を見直すという方法は、そこそこうまく回っています。たとえば、以下のものはこの理屈を使っています。

  • 学術論文における相互審査(査読、ピアレビュー)の仕組みと論文出版の仕組み
  • バザール方式によるオープンソースコードの品質改善および機能追加
  • 情報公開を用いた行政監視(オンブズマン制度)

他者が検証できる形で情報を出さないという段階で「自分の出した情報が正しくないかもしれない」という謙虚さを持っていないという証拠になりますので、その情報発信者を警戒する十分な理由になりえます。

何を満たしていたら「他者が検証しやすい」といえるのか

以下の項目を満たしているほど、他者が検証しやすいといえます(大学の理工農医学部で卒業論文修士論文を書いたことがある人は、良い論文の特徴を思い出してください。それが、そのまま他者が検証しやすい情報の特徴と一致します)。

チェックリスト:

  1. 測定した値や観察した事柄に基づいて主張を行っている
  2. 測定した値に関して、いつ、だれが、何を、どのような目的で、どんな方法で測定したのかが明らかにされている
  3. その分野における標準的な測定方法が紹介されている
  4. 観察した事柄について、いつ、だれが、何を、どのような目的で、どんな方法で観察したのかが明らかにされている
  5. その分野における標準的な観察方法が紹介されている
  6. 測定した値や観察された事柄の生データを誰でも入手できる(少なくとも、情報発信者以外の人が入手できる)
  7. 測定した値や観察した事柄と、それの解釈(その測定値や観察結果はどういう意味を持つのか)が明確に区別できる
  8. 測定値や観察結果への解釈について、自分の解釈だけでなく、その分野における標準的な解釈が紹介されている
  9. 測定値や観察結果への解釈と情報発信者の主張が明確に区別できる

事実に基づかない主張は何の役にも立ちません。事実に基づく主張をするためには、主張したい事柄について、今現在はどういう状況であるのかを把握しないといけません。今現在どういう状況であるのかを把握するためには、測定や観察を行う必要があります。

私たちは日常的にいろいろなものを測ったり、見たりしていますが、今回のプルトニウムの測定の例にもあるように、本来は測定や観察は簡単な話ではありません。測定・観察方法やその前提条件によって、同じものを測定・観察したとしても結果は変わってしまいます。ですから、どのように測定値や観察結果を得たのかを明確にしていない情報は、正しさの検証が不可能な情報であるといえます。

測定値や観察結果は単なる数字や文字の並びです。それらを何らかの観点から解釈して、意味のある情報に変える必要があります。たとえば、「今の温度は37度である」という測定値を得たとき、それは何を意味するでしょうか?人間が居住する部屋の室温であるならば、室温が高すぎるといえますし、話題の核燃料プールの水温ならば、全く問題のない温度であると言えます。

良く測定値や観察結果だけを示して「情報である」と主張する人がいますが、それはその測定値や観察結果の解釈を共通にしっている専門家同士においてなりたつ主張です。専門家が非専門家に情報を提供するときには、必ず解釈がセットで提示されます。解釈は、どのようにでも行えますから、その解釈が標準的であるかどうかの情報は重要です。

データの解釈とその解釈に基づく情報発信者の主張は異なります。データの解釈は、その分野におけるこれまでの科学的、経験的蓄積に基づき行われるものです。一方で、その解釈に基づく情報発信者の主張は、その情報発信者の価値判断に基づき行われます。このため、データの解釈と情報発信者の主張が明確に区別できるほうが、データの解釈や解釈に基づく主張の適切性を検証することが容易になります(混ざっていると、検証がミスリードされる)。

複数の情報源を調べて発言の妥当性をある程度チェックする

上のチェックリストの弱点は「非専門家はその分野の標準を知らない」という点にあります。この弱点は、複数の情報発信者を比べることで補いましょう。

まず、上のチェックリストを見たしていそうな情報発信者を複数人見つけます。できれば、選んだ人たちの背景が異なれば異なるほど良いです。今回の原発事故話でいえば、原発推進者、反原発者、日本人、外国人、大学教授、民間人などイデオロギーや立場、職業、国籍などが多様になるほど良いです。

そして、これらの情報発信者の情報をつき合わせ、同じことを言っているならば、それを標準とみなすことができます。

多くの場合、同じデータを使えば同じ解釈をする可能性が高いです。同じデータを使っているのに解釈が異なる場合は、多数決の原理を使うなり、肩書きを使うなりして標準を自分で決めてください。

このように、情報の型に留意して、複数の情報源を調べて発言の妥当性をある程度チェックすることができます。

レッテル貼りの限界

当然のことながら、他者が検証しやすい形で公表されている情報が間違っていることがあり得ます(元々、この可能性があるから、他者が検証しやすい形が推奨される)。また、優秀な詐欺師や扇動者は、もっともらしい形を整えてあなたを騙しにかかります。

ふるいにかけるべき情報発信者の特徴

  • 測定した値や観察した事柄に基づいて主張を行っていない
  • 主張が常に変わらない人
    • 姿勢や主義が変わらないのは信念の人として信用できますが、主張が常に変わらない人は要注意です。前提が変われば、結論が変わるのは当たり前なので、主張の元となる測定値や観察結果が変わったのに、主張が同じ人は良く気をつけてください。
    • 上の理由で「ある時点でAといっていたのに、今はBといっているから、あいつは信用できない」という判断は有用ではありません。専門家は前提によって主張を変えるので、非専門家よりもどちらかというとコロコロ主張を変えます。
  • 陰謀論者(参考:wikipedia.ja:陰謀論
    • 実際に陰謀があるときもありますが、一般市民たるわれわれは、何が陰謀で何が陰謀でないか判別つきません。情報処理コストの削減のために、陰謀論を主張の根拠とする人は省きましょう

おわりに

上記のチェックリストに基づく判定が自分にはしんどいと思う人は、お近くの国立大学理系学部卒&卒業研究経験者に情報判断を手伝ってもらってください。「どの人の情報がダメな論文の特徴を持っている?」と尋ねれば、彼ら/彼女らはそれなりに、まともそうな情報発信者を絞り込んでくれると思います。