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文章によるコミュニケーションにおいてネガティブな事柄を伝える時には柔らかめに書くこと

同意であれ反論であれ、コメントは穏やかに書いてください。
正直、ギャラリーから見て最後に説得力があるのは、どこまでも穏やかに書けたものですよ。
罵倒したっていいことは何もないし、罵倒されても気にしないことです。そういうコメントは無視して放置すれば、ギャラリーにはそれでわかります。そういうものは単に孤立させてしまえばいいのです

心から同意。対話(同期通信)によるコミュニケーションの場合は、すぐに訂正が効くのだけれども、文章(非同期通信)によるコミュニケーションの場合は、訂正がきかないし、ノンバーバルな情報も欠落しているので誤解を招きやすい。だから、文章のでのコミュニケーションでは、誤解を招かないように、かつ、柔らかめな表現でやりとりしないと効率が悪い。

私の所属研究室ではメールでやりとりすることが多い。なので、研究指導などもメールを使って行うことが多いので、研究指導の際にはできるかぎり、柔らかい表現で書くことを心がけている。私なりの柔らかい表現とは以下のとおり。

  1. 基本的に敬体(語尾が〜です。〜ます。)を使う
  2. 主語に「私は」を置く(アサーティブな振る舞いの一方法。参考:誰にも否定できない自分の主観をテコに要求を通す
    • 「それは良くないことです。止めてください」→「私は、それを良くないことだと思っています。ですので、止めてほしいです。」
  3. 客観的指標がない事柄については、客観的断定を避けて、主観的感想にする
    • 「〜については間違いです。修正してください」→「私は〜は正しくないと思います。理由は、…。修正した方が良いと思います。」
    • その分野において標準の指標や基準があるならば、断定しても構わないと思います。
  4. 間違っていると決めつけるのではなく、疑問を呈して再考をうながす。
  5. 時間と気力があるかぎり、理由を述べる
  6. 修飾語として強い言葉を使わない
    • 最低、最悪、意味のない〜、価値のない〜、など

研究能力の発達段階でも書いたけれども、専門性が上がっていく途中の段階で、他人の発言や行為の不十分な点が目についてたまらないときがある。そんなときに、硬い言い方で相手にネガティブな発言をしてしまうことが多い。ぜひ、注意したいところ。ちなみに、その段階を越えると一種の諦めがつき、比較的柔らかい表現で発言するようになる。

また、批判などの相手にとってネガティブにとられそうな事柄については言葉を注意して使うべき。そして、批判は発言、行為、振る舞いに限定して行うべき。

さらに、可能なならば口頭でその文章の真意を説明した方が誤解がない。

一方で、読み手側は上記の事柄を書き手に期待するべきではない。書き手はそんなことできないんだと考えて情報収集した方が自分にとって得。