論文執筆ができれば10年後も通用する文章術をゲットできる

文章を見ると思わず言ってしまうこと
(1)主張を書いて!
(2)理由を書いて!
(3)(構造化の)階層をそろえて書いて!
(4)概要と詳細に分けて書いて!
(5)一言で表現して!
(6)抽象的な表現でなく,具体的に言って!
(7)省略をしないで書いて!
(8)事実と意見は分けて書いて!
(9)論点を明確にして!

あれ、既視感全開。論文執筆についていっつも言っていることと同じ。それもそのはず、論文のそもそもの目的が他人に自分の成果を伝えるためにかかれるものであるから、会社でやりとりされる文章で求められているものと一緒になるのは当然。

ただし、論文執筆で鍛えた能力も「誰が読者なのかを想定する」という能力が身についていなければ役に立たない。「誰が読者なのか想定する」というのは学部や修士ぐらいの学生だとあんまり気にしなくても良いレベルだったりするので注意が必要(指導してくれる先生や先輩が暗黙に想定読者を設定してくれるため)。

こういう記事が会社で生き抜く技術として紹介されているのにも関わらず、卒業研究や卒業論文が意味のないものと扱われる矛盾が理解できない。会社も入社前の提出物として卒業論文の提出を求めたら研修が楽になるのでは?(もちろん、内容に関する守秘契約は結んだ上で)。

追記(2009/02/07)

補足。

yoshiyoc 9か条はまさにその通り!ただし、「誰が読者なのかを想定する」のは、投稿するジャーナルの選定に関わるテクニカルな話では?それよりも、誰が聴衆かを想定して発表・講演することが大切。

文章の話でしたので「誰が読者なのかを想定する」と書きましたが、もっと総合的な言い方をすれば、「誰が情報の受け手なのかを想定する」となりますね。id:yoshiyocさんのおっしゃるとおり、発表・講演の際にも同じことが言えると思います。

一般的なイメージとは異なり、学術論文というのは高度に読みやすさを追求し、そのノウハウが蓄積されている文書です。どこに何が書かれているべきか、どういう情報を載せるべきか、どう書くべきかがほぼ定められています。それにも、関わらず学術論文の読解が難しい理由は、読者が持っていると想定している知識をその分野の専門家レベルにあわせているからです。これは、紙面の制限があるため読者が知っていると思われること、参考文献を読めば書いてあることを省略せざるを得ないことから来ています。

つまり、専門外の人にとっての論文の難しさは想定読者に入っていないことに由来する難しさであるといえます。せっかく、読みやすい文章のノウハウを叩き込まれたのに想定読者の設定を間違えたためにその技術を生かせないのはもったいないなぁと思いこのエントリーを書きました。