否定する範囲を限定的に

上の水からの伝言に関するmixiの記述を探すついでに、kikulogをしばらくぶりにみたら、ためになるエントリーがあった。

「個人的事実」も、その個人にとってはあくまでも「事実」なので、嘘だと言われても困るだろうし、反感を買うだけでしょう。

八百万の神々がいる」という常識は、誰とも共有できない個人的常識。これを一生懸命否定されても困る。こっちも、いるという証明がさっぱりできないし、「なんか、いるんじゃないの」程度の認識だし。

それと、水に良い言葉をかけると綺麗な結晶をつくるという物理法則はさっぱり別の話。良い言葉ってなんだ?綺麗って何だ?って話。姓名判断と同じく圧倒的なうそ臭さ。日本語の五十音で発音できない知り合い(中国人)がいますが、日本テレビの朝の占いでは、彼の運勢はどうなってしまっているのか?12星座で占いができるならば、毎日世界で5億人が同じ運勢になるけど、5億人が絶好調な日とか、5億人がトラブルに巻き込まれやすい日とかあったら、世界はパニックに陥るよね。

夜道を歩いていたら、白いものがフワフワと浮いていた。なんて場面に遭遇したら、ぎょっとするわけです。ぎょっとしない人もいるだろうけど、僕はする(^^。恐る恐る近寄ってみたら、取り込み忘れた洗濯物が見えているのだったので、なあんだと思う。

昔、幽霊を見たと思ったことがあった。林の中を白い女の人がすべるように動いていて、瞬きしても、手をつねってみても消えない。3分間くらいたっても消えない。とうとう本物を見たと確信したのを覚えている。それで、あんまりにも怖くて動けなかったので、じっと見ていたら、何のことはない、黒いズボンを履いているだけで、ちゃんと足がある。でも、もし怖くても動けていたら、自分は霊感があると思っていろいろな人にその話をしていたと思う。