文部科学大臣は国立大学長の任命を見送れるか?

追記(2020年10月15日)

2020年10月時点での政府見解では学術会議の会員任命拒否をできる根拠は憲法15条とのことなので、国家公務員ではない国立大学学長は任命拒否できない理屈になりそう。

「どう考えても憲法論としては乱暴な理論。丁寧な説明とは到底言い難い」。早稲田大の長谷部恭男教授は6日、国会内での記者会見で、こう批判した。
 憲法15条は公務員の任免は国民の権利と定める。間接民主制の下で行政府のトップに立つ首相は公務員を任命したり、任命しなかったりできると説明するために、内部文書はこの条文を持ち出した。

本文

菅首相がいきなりやらかした学術会議会員候補の任命見送り問題。
digital.asahi.com

菅首相の言い分は以下のとおり

この中で菅総理大臣は、「日本学術会議」が推薦した新たな会員候補の一部の任命を見送ったことについて、「法に基づいて、内閣法制局にも確認の上で、学術会議の推薦者の中から、総理大臣として任命しているものであり、個別の人事に関することについてコメントは控えたい」と述べました。

そして、「日本学術会議は政府の機関であり、年間およそ10億円の予算を使って活動しており、任命される会員は公務員の立場になる。人選は、推薦委員会などの仕組みがあるものの、現状では事実上、現在の会員が自分の後任を指名することも可能な仕組みとなっている」と指摘しました。

そのうえで、菅総理大臣は、「推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた。省庁再編の際に、必要性を含め、在り方について相当の議論が行われ、その結果として、総合的、ふかん的な活動を求めることになった。まさに総合的、ふかん的な活動を確保する観点から、今回の任命についても判断した」と述べ、今後も丁寧に説明していく考えを示しました。

一方、菅総理大臣は、昭和58年の参議院文教委員会で、政府側が「形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁したことについて、「過去の国会答弁は承知しているが、学会の推薦に基づく方式から、現在は、個々の会員の指名に基づく方式に変わっており、それぞれの時代の制度の中で法律に基づいて任命を行っているという考え方は変わっていない」と述べました。
NHK News Web: 菅首相 学術会議の任命見送り「学問の自由とは全く関係ない」 より)

この件に関して、私は田中優子法政大学学長の声明に賛同する。
www.hosei.ac.jp

この件は日本学術会議という私からすると縁遠い組織の話であるが、もう少し身近なところに、この構図と似た話があるのが気になる。それは国立大学の学長任命に関する話。国立大学法人法に以下のように定められている。

第十二条 学長の任命は、国立大学法人の申出に基づいて、文部科学大臣が行う。
国立大学法人法より)

現在、東京大学の学長選考で学内での選考方法に問題があるんじゃないかという話はでているが、それは別の話として、今回の学術会議新会員の任命について政府の論法が通るならば、今後、国立大学長の任命は政府の自由自在になるのではないかと懸念する。

一応、既にこの件については当時の政府は文部科学大臣は基本的に任命を拒否できないという認識を持っている。

~略~

これに対し国は、国立大学法人法や閣僚の国会答弁などを根拠に大学の自主性や自律性を尊重するため、学長は、学内の選考機関による選考を経た後に文科大臣が任命する仕組みとし、学長任命については選考手続きに形式的な違法性があるか、明らかに学長の資質を満たさない場合を除き、「国が(任命を)拒否することはできない」と主張。高知大の選考は学内諸規則に抵触していないとの見方から学長任命は適法であるとした。
~略~
新首都圏ネットワーク:『高知新聞』2009年4月11日付 高知大学長選 国「任命拒否は自治侵害 高知地裁口頭弁論 手続き違法性否定 より)

上の記事の国会答弁と思われるもの。

「文部科学大臣は、大学の申出に法的に拘束をされて、例えば所定の手続きを経ていないとかの申出があった場合に、あるいは学長に誠にふさわしくない著しい非行がある、申出に明白な形式的違反性がある、そういう違法性があるというような場合、明らかに不適切と客観的に認められる場合、これを除いては拒否することができない」(2003年5月29日参議院文教科学委員会における河村建夫副大臣答弁)。
中富公一: 国立大学法人による学長選考と文部科学大臣の学長任命権 ― 高知大学学長任命処分取消訴訟を素材として―, 岡山大学法学会雑誌, 第60巻, 第1号, 2010年8月(PDF)より孫引き

けれども、今回の学術会議の新会員任命見送りについても1983年の国会答弁で、当時の中曽根康弘首相が「政府が行うのは形式的任命にすぎない。学問の自由、独立はあくまで保障される」と述べているのにも関わらず、やらかしているので何の担保にもならないと考える。

学術会議の新会員任命見送り容認は国立大学学長任命見送り容認につながっている。

おまけ:2020年東大学長選考

news.yahoo.co.jp

digital.asahi.com

消去されたのは、選考会議が9月7日に、藤井氏を含む3人に総長候補を絞り込んだ際の非公開のやりとり。別の有力候補を恣意(しい)的に外したのではないかとの批判が学内から出ていた。

www.tokyo-np.co.jp

Postfix スパム対策メモ

ここ1年、受信するスパムがとんでもない量になってきて限界を感じたので、いまさらながら研究室のメールサーバの設定を変更したのでメモ。もっと早く対応しておくべきだった。

環境

% cat /etc/debian_version 
10.5

% postconf | grep mail_version
mail_version = 3.4.14

SMTP AUTHも導入している

スパム対策関連設定

/etc/postfix/main.cf に記載する。

# HELOコマンド実行時の設定
smtpd_helo_required = yes
smtpd_helo_restrictions = 
        permit_mynetworks 
        reject_invalid_helo_hostname 
        reject_non_fqdn_helo_hostname

# 転送要求への対応。第3者からの転送依頼を拒否する設定
smtpd_relay_restrictions = 
        permit_mynetworks             #ローカルネットワークを許可
        permit_sasl_authenticated  # SASL認証による認証を通れば許可
       defer_unauth_destination     # サブネットかメールサーバ上のアドレス以外不許可

# RCPT TO コマンド実行時(メールの送り先)の設定。
smtpd_recipient_restrictions = 
	permit_mynetworks                #ローカルネットワークを許可
	permit_sasl_authenticated     # SASL認証による認証を通れば許可
	reject_unauth_destination      # サブネットかメールサーバ上のアドレス以外不許可
	reject_non_fqdn_recipient      #  送信先メールアドレスがRFC で要求されているようなFQDNではない場合に不許可
	reject_unknown_recipient_domain # 送信先メールアドレスのドメインが存在しない場合不許可
	reject_unverified_recipient                # 信先メールアドレスが不達やバウンスメールが帰ってくることがわかっている場合に不許可

# MAIL FROM コマンド実行時(メールの送り元)の設定。
smtpd_sender_restrictions =
	permit_mynetworks                #ローカルネットワークを許可
	check_sender_access hash:/etc/postfix/reject_sender     # 特定の送信メールアドレスを不許可にするフィルタ
	reject_unknown_sender_domain   # 送信元ドメインが存在しない場合に不許可
	reject_non_fqdn_sender                # 送信元メールアドレスがRFC で要求されているようなFQDNではない場合に不許可

# 
smtpd_client_restrictions =
	permit_mynetworks
	reject_unknown_reverse_client_hostname
	check_client_access pcre:/etc/postfix/client_access
	reject_unknown_client_hostname

smtpd_data_restrictions =
	permit_mynetworks
	reject_unauth_pipelining

ログによると上記を設定して4時間強で400件超のスパムメールをRejectしている。 smtpd_relay_restrictionsは昔からやっていたけど、その他はもっと早く試みるべきだった。

追記(対策実施前と実施後の違い)

logwatchの結果をみてみる。8/4 (対策実施前)

--------------------- Postfix Begin ------------------------ 

      943   SASL authentication failed                     943
      142   Miscellaneous warnings                         142
 
   14.840M  Bytes accepted                          15,561,083
   26.408M  Bytes sent via SMTP                     27,690,372
   32.532M  Bytes delivered                         34,112,589
   26.759M  Bytes forwarded                         28,058,426
 ========   ==================================================
 
      559   Accepted                                    86.94%
       84   Rejected                                    13.06%
 --------   --------------------------------------------------
      643   Total                                      100.00%
 ========   ==================================================
 
       71   5xx Reject relay denied                     84.52%
       13   5xx Reject unknown user                     15.48%
 --------   --------------------------------------------------
       84   Total 5xx Rejects                          100.00%
 ========   ==================================================

8/6(対策後)

 --------------------- Postfix Begin ------------------------ 

     1997   SASL authentication failed                   1,997
      120   Miscellaneous warnings                         120
 
   19.148M  Bytes accepted                          20,078,220
   13.604M  Bytes sent via SMTP                     14,265,131
   20.858M  Bytes delivered                         21,871,057
   15.200M  Bytes forwarded                         15,938,582
 ========   ==================================================
 
      173   Accepted                                    33.79%
      339   Rejected                                    66.21%
 --------   --------------------------------------------------
      512   Total                                      100.00%
 ========   ==================================================
 
       20   5xx Reject relay denied                      5.90%
        1   5xx Reject HELO/EHLO                         0.29%
      318   5xx Reject client host                      93.81%
 --------   --------------------------------------------------
      339   Total 5xx Rejects                          100.00%
 ========   ==================================================
 
       60   4xx Reject recipient address                 3.65%
        9   4xx Reject sender address                    0.55%
     1577   4xx Reject unknown reverse client host      95.81%
 --------   --------------------------------------------------
     1646   Total 4xx Rejects                          100.00%
 ========   ==================================================

「検査抑制派」の意見

いわゆる「検査抑制派」の意見。私は妥当だと思うし、「検査拡大派」の日医会COVID-19有識者会議の意見と矛盾しないと思う。

www.newsweekjapan.jp

日本では、本来は患者の検体を扱えるのは臨床検査技師など国家資格を持った人だけだ。重要なのはいかに精度の高い検査をできるかということ。"
【独占】押谷仁教授が語る、PCR検査の有用性とリスクとの向き合い方 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトより)

については、日医会COVID-19有識者会議でも精度をあげれば特異度を100%に近づけられると述べている。

PCR検査の場合、輸血製剤におけるHCV-RNA、HIV-RNAスクリーニングのごとく、特異的なプライマー設計に加えて、汚染による偽陽性を回避するなど、技術的に特異度を十分に高めることができる9)。このため、PCR検査の運用においては、検査目的に合致した検査の設計と性能評価(妥当性確認)、およびそれに基づく内部精度管理、さらには外部精度評価による検査室の能力モニタリングによる継続的な精度の確保と維持が重要となる。
「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」中間報告書解説版「PCR検査の利用の手引き:保険適用の行政検査を中心に」より)

つまり、精度が重要ということ。逆に言うと、現状はまだそうなっていないともいえる。

また当初は陽性の人たちは軽症であっても法律上、限られた病床で隔離する必要があった。すると、入院調整をする保健所と医療現場に一気に負荷がかかる。
【独占】押谷仁教授が語る、PCR検査の有用性とリスクとの向き合い方 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトより)

についても、、日医会COVID-19有識者会議でPCR検査が拡充しなかった制度的な問題と指摘されていた。と思ったけど読み返したら言っていなかった。これは5月の連休ぐらいのときに検討対象になっていたような気がする。Googleで検索したら3月1日に厚生労働省が通達を出していた。

4.医療提供体制(入院医療提供体制)
(2)状況の進展に応じて講じていくべき施策
<入院医療体制>
〇地域での感染拡大により、入院を要する患者が増大し、重症者や重症化するおそれが高い者に対する入院医療の提供に支障をきたすと判断される場合、次のような体制整備を図る。

①感染症指定医療機関に限らず、一般の医療機関においても、一般病床も含め、一定の感染予防策を講じた上で、必要な病床を確保する。感染症病床以外の病床へ入院させる際の感染予防対策としては、個室又は新型コロナウイルス感染症の診断が確定している患者においては同一の病室へ入院させること、入院患者が使用するトイレはポータブルトイレ等を使用すること等により、他の患者等と空間的な分離を行うこととする。

②高齢者や基礎疾患を有する方、免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方、妊産婦以外の者で、症状がない又は医学的に症状が軽い方には、PCR等検査陽性であっても、自宅での安静・療養を原則とする。このとき、自宅療養中に状態が変化した場合には、必ず帰国者・接触者相談センターやかかりつけ医に連絡するよう患者に伝えるなど、重症化に備えた連絡体制を徹底する。なお、自宅療養中の家族内感染を防止する趣旨から、家庭での感染対策について周知する(参考参照)とともに、家族構成(高齢者や基礎疾患を有する者等と同居しているか)等を確認した上で、高齢者や基礎疾患を有する者等への家族内感染のおそれがある場合には、入院措置を行うものとする。

(注:赤字強調はnext49。地域で新型コロナウイルス感染症の患者が増加した場合の各対策(サーベイランス、感染拡大防止策、医療提供体制)の移行について(PDF)より)

これはあまり一般に理解されていないが、偽陽性であれば彼らの基本的人権が不必要に侵害されることになる。
【独占】押谷仁教授が語る、PCR検査の有用性とリスクとの向き合い方 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトより)

については、現在進行形で感染者の個人情報を特定できるようなレベルで公開することで人権侵害が進行中だと思う。たとえば以下の記事。
www.huffingtonpost.jp


「現在の状況の下では~の対策は有効だ/適切だ」という主張が「~の対策は有効/適切だから、現在の状況を変える必要がない」という主張に利用される/受け取られるので、「検査抑制派」VS「検査拡大派」みたいな話になるのだと理解している。

「一定期間後に希望者が医療機関の判断の下でPCR検査を保険適用で受けられる体制をつくる」という主張には多くの人は「異議なし」といってくれると思う。もめる点は「医療機関の判断の下で」ぐらいだと思う。

「PCR検査抑制派」に懐疑的な方は日医会COVID-19有識者会議「中間報告解説版」を読もう

いわゆる「PCR検査抑制派」に懐疑的な方(7/13 Session 22の特集に納得いかなかった方)は、 日本医師会 COVID-19有識者会議 の「COVID-19 感染対策におけるPCR検査実態調査と利⽤推進タスクフォース 」の中間報告解説版を読むと、自分が指摘したかったことがたくさん書いてあるのではない方思う。

  • 2020年7月21日:「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」中間報告書解説版「PCR検査の利用の手引き:保険適用の行政検査を中心に」

www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp

1. COVID-19感染対策におけるPCR検査の利用目的と拡充の必要性
(1)COVID-19感染対策におけるPCR検査の利用目的と意義

COVID-19感染対策におけるPCR検査の意義または利用目的は、大きく分けて4つある。1つ目は、患者を適切に診断して治療するための診療上の利用である。また、有症状の疑い患者に加えて、無症状のハイリスク患者をスクリーニングし、適切に隔離して院内感染を防止する感染制御の意義も大きい。


2つ目は、行政検査の本来の役割とする公衆衛生上の利用目的で、一般社会における感染拡大を防ぐために、無症状感染者を含めて予防的にスクリーニングを行う。これは、患者発生状況を地域別に把握し、隔離など対策の指標として適切なサーベイランス情報を提供することで、感染の拡大・蔓延を防止する。


3つ目は、ヘルスケアの利用目的で、企業活動の推進や個人の健康管理に用いる。企業が従業員の安全・健康を確保するための検診、海外渡航(や国内移動)のためのPCR検査陰性証明書、自己検診のためのDTC(消費者直販検査サービス)が含まれる。


最後に、行政検査を超えて、医療機関で実施した検査の情報も合せた患者発生動向のサーベイランスである。国および地域の感染状況を把握することにより、感染制御とともに、社会・経済活動を制限または緩和する上で、その判断と評価のための、政策立案上の基本的な指標とする意義がある(図1)。


PCR検査を利用する際には、これらの意義または目的の違いを考慮する必要がある。当初、専門家会議では、2月24日の第一回目の提言(見解)において、「PCR 等検査は、現状では、新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法であり、必要とされる場合に適切に実施する必要がある」、「急激な感染拡大に備え、限られたPCR 等検査の資源を、重症化のおそれがある方の検査のために集中させる必要がある」と述べた。また、日本感染症学会と日本環境感染学会による「新型コロナウイルス感染症に対する臨床対応の考え方」(4月2日)においては、PCR 検査の原則適応は、「入院治療の必要な肺炎患者で、ウイルス性肺炎を強く疑う症例とする。軽症例には基本的にPCR 検査を推奨しない」としている。これらは、病床の確保など、医療資源の有効利用を踏まえた診療上の目的を前提としている6) 7)。
(p. 4より)

(2)検査性能を踏まえた考え方

臨床検査は、一般に、事前確率(有病率)が高い患者(集団)を対象として実施した場合に、陽性結果によって真に感染患者を診断する確率(陽性的中率または陽性予測値)を高めることができる。事前確率が低い場合は、検査が陽性であっても陽性的中率は低い。すなわち偽陽性の割合が高まる。したがって事前確率の低い患者(集団)を対象として、または有病率の低い地域や時期において、検査を広く行うことにより、偽陽性結果の割合が高くなることに注意が必要である7)。一方、仮にPCR検査の特異度を99.99%に向上させた場合は、有病率が必ずしも高くない(0.5-10%)疫学的調査においても、偽陽性が増えて陽性的中率が大きく低下することはない(表1)。例えば、保健所による積極的疫学調査のように事前確率が比較的高い場合(仮に事前確率10%)、PCR検査の性能は、感度80%、特異度99.99%と仮定した場合、偽陰性結果20%、偽陽性結果0.01%となる。10000人中の感染患者1000人の中で、偽陰性結果200人、非感染者9000人中、偽陽性結果1人、陽性的中率99.9%となる。一方、空港検疫のように事前確率が低い場合(仮に事前確率0.5%:空港検疫6/14現在の陽性率0.43%, 249/58,392 人)、PCR検査の性能は、感度80%、特異度99.99%と仮定した場合、10000人中の感染患者50人の中で、偽陰性結果10人、非感染者9950人中、偽陽性結果1人、陽性的中率97.6%となる。


99.99%と仮定した場合、10000人中の感染患者50人の中で、偽陰性結果10人、非感染者9950人中、偽陽性結果1人、陽性的中率97.6%となる。PCR検査の場合、輸血製剤におけるHCV-RNA、HIV-RNAスクリーニングのごとく、特異的なプライマー設計に加えて、汚染による偽陽性を回避するなど、技術的に特異度を十分に高めることができる9)。このため、PCR検査の運用においては、検査目的に合致した検査の設計と性能評価(妥当性確認)、およびそれに基づく内部精度管理、さらには外部精度評価による検査室の能力モニタリングによる継続的な精度の確保と維持が重要となる。


検査性能を踏まえて、事前確率を高めた検査の効果的な利用の考え方は、疑い症状のある個別の患者診療において意義がある。しかしこの考え方は、有病率が必ずしも高くない疫学調査において特異度の高いPCR検査を用いた場合は、必ずしも該当しない。むしろ感染制御の観点からは、広く検査を行うことにより陽性者を拾い挙げることに意義がある。一方、検査の実施件数を絞った場合、感染患者の診断の機会を逸することにより、患者診療上では院内感染防止、公衆衛生上では地域流行防止、ヘルスケアでは社会・経済活動の継続、政策立案上では社会経済回復・維持、それぞれにおいてのリスクとなる(後述)。


上記のPCR検査の利用目的と集団(公共的影響)の関係では、目的別に有病率(事前確率)の異なる集団を対象として、PCR検査を実施するそれぞれの意義がある(図2-1, 2-2)。クラスター対策など積極的疫学調査や個別感染症診療のように事前確率を高めたPCR検査の実施に加えて、水際対策としての空港検疫、弱者保護のための院内感染対策や高齢者・福祉施設の施設内感染対策としてのPCR検査は、有病率(事前確率)は低いまたは不明であるものの、集団リスク(公共的影響)さらには経済的影響の観点から考えると意義が高い。これに対して、我が国特有の議論として、有病率(事前確率)が低く無症状の場合、PCR検査の実施は制限すべきとの意見が強い。しかしながら、ヘルスケアの枠組みで、海外交流、音楽・スポーツイベント、観光、特定のハイリスクな職業など経済活動を安全に推進する上では、有病率(事前確率)が低く、集団リスクが比較的低い場合でも、社会・経済的な影響の大きさを加味すると、企業(あるいは自己)負担にてPCR検査の実施を拡大する意義は大きい。また、ヘルスケアの枠組みでの陽性患者の拾い上げと保健所報告は、患者発生動向のサーベイランスの一貫として国および地域の感染状況を把握する上で、重要な情報である。すなわち、感染拡大のリスク管理の観点から、事前確率によらずともPCR検査を活用すべきである。
(p. 5より)

その上でPCR検査体制の改善については同タスクフォースの中間報告書に予算手当のレベルで提言がある。

  • 2020年5月13日:「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」中間報告書

www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp

今までPCR検査が進まなかった理由については、検体採取や試薬機器、検査員の確保、行政検査の仕組み等、様々な要因が関与するが、最大の理由はそれらの対策に財源が全く投下されていないためであり、地方自治体を始め個々の医療機関、企業の自主的努力にゆだねられて来たことによると考えられる。


我が国の2020年度一般会計102兆6580億円に加えて、新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関係経費としての補正予算25.7兆円が可決されたが、その内の22兆円は経済財政出動に関する費用であり、感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発と銘打った1.8兆円は補正予算の7%である。


さらに(1)感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発1,8兆円の内訳は下記の通りである。すなわちマスク等:2095億円、医薬品:655億円そして1兆円が地方創生臨時交付金となっており、感染症対策交付金は1490億円に留まる。


その中でPCR検査の増強に関する費用は約94億円で、①PCR検査等の着実な実施のための経費(地方衛生研究所におけるPCR検査の実施や保険適用されたPCR検査の自己負担分の公費負担)=49億円、⑤新型コロナウイルスの迅速な検査方法の確立のための研究開発事業費は46百万円に辿り着くと国産勢のPCR検査薬・機器開発の実現は絶望的である。


日本国の財務状況は累積公債発行額が約1100兆でGDPの2倍と言う現状ではあるものの、その借金の大多数は日銀、年金、銀行等を通じた国民によるところであり海外依存が極めて少ない事、日本銀行調査統計局(2020年3月末)による国民の金融資産は昨年末で1903兆円と言う現実のバランスや日銀の国債発行額上限撤廃を踏まえて考えて考慮しても財政的に破綻する局面ではない。


今回の国難においては、国民の生命と生活を守る為の日本全域を対象としたPCR検査体制基盤の確立に国家財源と資源を投じる事が、長期的な社会・経済基盤の維持成長のために合理的と考える。現在のPCR検査に関する様々な課題を解決し、本来の医療活動、社会・経済活動を回復するためにも、そして今後のパンデミックの備える上でも以下の内容の財政出動が必要と考える。(概算は表1参照)
(pp. 9 - 11より)

関連リンク

www.tbsradio.jp