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すでに投資したので撤退コストは払えないという話

引き続きアンケート結果への科学政策改革タスクフォース戦略室長・生田知子さんのコメントより。生田さんが悪いわけじゃなくて、こういう風にみられていますよということなんだろうけど、この理屈だと政策の失敗は絶対に挽回されないなぁ。

近藤:20年前に大学院の重点化を進めたことで、現在40歳前後のPDがたくさんおり、非常に厳しい就職難になっています。この年齢層に対する何らかのケアは可能でしょうか?

生田:難しいと思います。財政当局の視点からすると、その年齢層の研究者に対して、大学院重点化を通じて高額の投資をしたという解釈になっており、その人達をケアするための別途の予算措置は理解を得られないのではないでしょうか。本来であれば、産業界が、その人材を吸収するはずだったのですが、産業界と大学とのミスコミュニケーション、さらには90年代からの不況がそれを不可能にしたのではないでしょうか?

財政当局はまずなんで90年代がまるまる不況になったのかをよく検討してほしいところ。

あと、上の話と今回の財務省財政制度分科会(平成27年10月26日開催)資料一覧の「文教・科学技術」にある教員の忙しさの話を合わせて考えると、小学校〜大学までの「学校」と呼ばれる話を文科省だけで検討するのは、限界がきていると思う。

小学校〜中学校の話はかなりのところ放課後の子供を誰が面倒みるのかが教員負担と関係しており、これは労働時間の短縮が関係する。大学の出口部分(就職)や産学間の人材の流動性などについては採用時の年齢差別がかなり関係する。「経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策」でかかれているとおり、職についているかどうかは公衆衛生に関係する。縦割りのまま、文科省は卒業させるまで、そのあとは労働環境を含めて厚労省だと、どうにもこうにもならん話になっている。