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Howを検討しているのにWhatの妥当性を議論するなと言う話

Togetterのまとめ中に発言者が述べているように理系かどうかはあんまり関係ない。既に「やる」と決めたことに対して「やり方」ではなく「やること」自体を議論しているので「いや、そこはコメント求めていないのに」という状態になっている。論点をちゃんと合わせましょうという話。リンク先だと議論が得意ではない人向けに「欲しいものを買うこと自体が目的なんだ」と「やること」の変更をしないことをやんわりと伝えることを助言している。

この話は以前書いたこのエントリーと同じ話。「何をするのか」自体が論点なのか「〜をするのを前提としてどう行うのか」が論点なのかは混乱されて議論されることが多い。議論の基本はやはり「何が今の論点なのか」をはっきりさせることだと思う。

「理系」と呼ばれる分野の人が議論が得意な印象なのは、まともな大学を卒業・修了している or まともなところで真面目に働いていると議論の技術を習得しなければならなくなるため(訓練させられる)。基本的には議論技術は後天的技術。「理系」でなくても背景が異なる人が集まる場において平和的にコミュニケーションしたいならば愛嬌か議論能力が必要。