ドイツ騎士団領 → プロイセン公国 → ドイツ帝国

高校生のときの世界史資料の地図にあった「ドイツ騎士団領」名前からして中二心をくすぐっていたのだけど、さっき気分転換で眺めていたWikipediaドイツ騎士団(の分派)がドイツ帝国の母体になっているのにびっくりした。

1510年に総長に選ばれたアルブレヒト・フォン・ブランデンブルク(Albrecht von Brandenburg)は1523年にマルティン・ルターと面会して感銘を受け、同調する騎士団員とともに騎士団を離れてルター派に改宗、ドイツ騎士団と対立したうえでこれをプロイセンから追い出した。
〜中略〜
アルブレヒトは1525年にポーランド王ジグムント1世に改めて臣従の誓いをしてポーランド王の臣下となり、アルブレヒトの配下の者の所領はすべてポーランド王国の宗主権下に入り、ホーエンツォレルン家を世襲の公とする世俗の領邦であるプロイセン公国に変わる。

クルーセイダーキングス2で継承権なしで戦争ふっかけられた地域がドイツ騎士団領周辺なのね。北方十字軍はえぐい。