誠実なプレゼンテーションと不誠実なプレゼンテーションの境目

自分の伝えたいことを正確にかつ誤解なく相手が受け取れるようにしているかどうかという点が、誠実なプレゼンテーションと不誠実なプレゼンテーションの境目。

不誠実なプレゼンテーションの例

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で紹介されているクチコミマニュアル(PDF)の内容がすごい。このプレゼンテーションマニュアルは、不誠実なプレゼンテーションのとても良い見本になっている。なので、これをよく読み「なぜ、これはまずいと思うのか?」を検討してみるととても良い訓練になると思う(訓練してみたい人はこのエントリーを読むのを止めて、ご自身で検討してください)。

なぜ、「不誠実」と考えるのか

最初に書いたとおり「自分の伝えたいことを正確にかつ誤解なく相手が受け取れるようにしている」をそもそも守る気がないマニュアルであるため。

上記マニュアルのポイント部分を抜粋。

“ひとこと“が、勝負!

  • クチコミに費やす時間は、1分で十分。
  • 世間話をする感覚で、軽いノリで話し始める。
  • 自分の言葉で説明をしてはいけない。説明は、丸投げする。
  • 相手を説得しなくていい。知らない情報を教えるだけで、認識は変化する。

最初の二つと最後の一つは別に良いが、三つ目は「自分の伝えたいことを正確にかつ誤解なく相手が受け取れるようにしている」の放棄を推奨している。自分の言葉で説明しないということは、自分がその説明に責任を持たないということであり、説明の解釈を聞き手に任せるということ。

説明の解釈を聞き手に任せるというのは一見素敵なことのように見えるけど、判断は聞き手が下すというのと、判断の材料となる状況や条件、仮定について正確に知らせないというのは話が違う。他人の説明をそのまま使っても良いけど、それに対する自分の解釈を聞き手には最低限伝えるべき(その解釈に賛同するかどうかは別。それが「判断は聞き手が下す」ということ)。

中級マニュアルの成功する説得方法はまさに説得方法として良くできている。でも、1〜3は「説明の解釈を聞き手に任せ、説明責任を取らない」という基本方針で同一の手法。これは事実やデータの列挙だけではダメなとき/良いときでまとめたとおり、「何らかの都合で主張や意見を述べると自分に不利益が生じるとき」に有効な手法。自分の主張を相手に伝えることが目的の誠実なプレゼンテーションの観点からみると良くない。

  • 成功する説得方法1 何も教えない。(本や資料だけ教える)
  • 成功する説得方法2 事実のみ列挙する。
  • 成功する説得方法3 何も言わずに、一緒にNHK の番組の録画を見る
  • 成功する説得方法4 説明するなら資料は必須

また、初級マニュアルおよび上記に紹介されている「成功する説得方法3」のNHKを使うというのは、権威を利用した説得方法で、基本的に学術および技術的プレゼンテーションでは避けなければいけないこと。

不誠実じゃないプレゼンテーションにするには?

うまいレッテルをどう貼るかで列挙した他人が検証しやすい方法で情報や主張を展開するのが良い。なぜかといえば、説明・説得の各段階において「何を根拠になぜ私はそう考えたのか」を説明し、聞き手がそれに対する判断を正確に下せるように配慮しているため。

以下の項目を満たしているほど、他者が検証しやすいといえます(大学の理工農医学部で卒業論文修士論文を書いたことがある人は、良い論文の特徴を思い出してください。それが、そのまま他者が検証しやすい情報の特徴と一致します)。

チェックリスト:

  1. 測定した値や観察した事柄に基づいて主張を行っている
  2. 測定した値に関して、いつ、だれが、何を、どのような目的で、どんな方法で測定したのかが明らかにされている
  3. その分野における標準的な測定方法が紹介されている
  4. 観察した事柄について、いつ、だれが、何を、どのような目的で、どんな方法で観察したのかが明らかにされている
  5. その分野における標準的な観察方法が紹介されている
  6. 測定した値や観察された事柄の生データを誰でも入手できる(少なくとも、情報発信者以外の人が入手できる)
  7. 測定した値や観察した事柄と、それの解釈(その測定値や観察結果はどういう意味を持つのか)が明確に区別できる
  8. 測定値や観察結果への解釈について、自分の解釈だけでなく、その分野における標準的な解釈が紹介されている
  9. 測定値や観察結果への解釈と情報発信者の主張が明確に区別できる

もちろん、この方法を逆手にとって、より上手に騙すことも可能だけれども、説明責任放棄よりは、まずはこちらのスタイルを心がけた方が良い。

私が考えるに卒業研究や修士研究の「研究者育成」ではない目的はこういう誠実なプレゼンテーションができるように訓練する点にあると考えている。「どんな疑問や目標が求められているのか」という発想を壊したいから抜粋。

自己主張が嫌われるのは、往々にして、自分の主張を相手に理解してもらう説明ができていないから。日本は察する文化なので、自己主張の理由付けをしないことが結構普通。なぜならば、自己主張が自己の感情を相手に伝えるととらえられるから。そうではなく、自己主張とは自分の信じるところを相手に伝えることで、自分がそれを信じる理由について相手に理解してもらわなければならない。感情は共感できても、理解はできない。その人の感情を自分の中で同じように再現することは基本的は無理。しかし、理由については違う。ある前提があり、その前提から導かれる話の筋に飛躍がなければ、その前提に納得する限りは、必ず同じ結論に達することができる。

卒業研究や修士研究、博士研究、科学的研究一般、技術的討論で求められる主張は、己の感情を相手に伝えるのが目的ではなく、自分が信じる事柄についてその理由を相手に伝えるのが目的。

だから、正解がない問題に直面したときには、

  • その問題を解く必要性
  • その問題が解決できたと判断できる条件(基準)
  • その問題に対する解決法
  • その問題に対する解決法をあなたが提示した条件で評価した場合の達成度
  • その達成度で問題を解決できたといえるかどうかについてのあなたの主張

理想的には、これらをすべて相手に提示できないといけない。

リスクコミュニケーションというのはまさに正解がない問題なのだから、自分が信じる事柄についてその理由を相手に伝えることを放棄してはいけないと考えている。

おわりに

実は、卒論生の最初の研究発表の多くは不誠実なプレゼンテーションになりがち。特に解釈を示すことなくデータを示したり、意図や期待する結果を説明することなく行った作業を示したりしてしまう。判断は聞き手の特権事項だとしても、判断を下す材料についてはプレゼンターがきっちりと提示しないといけない。

4月から卒業研究および修士研究を始める方は、良い反面教師として上記くちこみマニュアルを精読したらよいと思う。なお、上記くちこみマニュアルどおりの発表をすると、本気で「お前は私たちをダマしにかかっているな?」と叱責されるのでご注意を。