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指導の裏ではなく理屈を理解する

大学 研究

卒業研究および修士研究指導まっさかりな今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。私は精神的に不元気です。

理由は、同じ人に同じようなことを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、繰り返し言わないといけないからです。1〜3人ぐらいだと「まあ、これもお仕事だし。」で済むのですが5〜十数人になると「あれ、このシーン知っている」という既視感を覚えまくる日々になってしまいます。

同じ人に同じようなことを何度も言う状況に陥るのは、私の指導の仕方が悪いのもありますが、指導を受ける側が「なぜ、このようなことについて、この人は質問してくるのか?指摘してくるのか?」を考えていないというのも大きな要因です。なぜ、そのような指導をするのかを理解していないため、自分や他人が使う表現や検討対象がちょっと変わってしまうと、以前の指摘内容を適用できないという状態になってしまいます。その結果、本質的には同じ間違いや勘違いを繰り返すことになります。

みなさんは「君は、何回言ったらわかるんだ!」と理不尽に叱られた経験があると思います。でも、もしかしたら「理不尽」と感じたのは自分だけで、他の人からみると「何回言ってもわかんないやつだなぁ」と思われている可能性があります。

「この***には複数形のsが必要だよ」「この***には冠詞のaが必要だよ」「この***にはtheが必要だよ」と単語ごとにいろいろな指摘がされているとき「原則として可算名詞は裸(冠詞なし、複数形でもなし)で登場しない」という理屈を知っていたら、英語論文中の可算名詞に統一的に対処できます。この理屈がわかっていなければ、いつまで経っても可算名詞を裸のままつかい「この***には〜が必要だよ」と指摘され、「君はなんで、同じミスを繰り返すの?」と呆れられてしまいます。

「指導の理屈を理解する」というと「言外の意味を読み取れ/文脈を読め」と勘違いする方もいますが、そうではなく、なぜ、そのような指摘/質問が出るに至ったのかの考え方を理解するということです。卒論や修論で学生のみなさんが手にいれるべきなのは、この考え方です。単なる情報はGoogle先生か図書館にいけばわかります。その情報にたどりつく方法や情報をどう使うのかこそが手に入れるべき価値のあるものです。様々な考え方というのは、日曜大工の工具のようなもので、使いこなせるものがおおければ多いほど、さまざまな創造的な作業やルーティンワークがはかどります。

どうすれば良いか?

素朴に「先生/先輩のご指摘は理解できるのですが、なぜ、そうお考えなのかがわかりません。ご説明いただけますか?」と尋ねれば良いです。大学の教員で研究室を持っているならば、だいたいの方が説明してくれると思います(もちろん、「〜の本を読んで自分で勉強しろ!」というのも立派な説明です)。トラブルシューティングや試行錯誤の状態であっても、考え方を尋ねるのは有用です。先輩や教員は何かしらの経験に基づいたそれなりに効率の良い考え方ややり方を持っているはずです。

具体的には以下の点に注意して考え方を追ってください。

  • 何を基準として「良い」「悪い」と判断しているのか?
  • その基準がどうして適切なのか?
  • その基準において「良い」もの/状態を得るためのやり方はなにか?

自分が失敗したときや間違ったときに説教されるのは誰もが嫌いなことですが、「なぜ、そのように説教されるのか」という理屈に着目して聞くならば、それは自分にとってプラスになります。それが理不尽な説教であったとしても、「理屈が通らない説教というのはこういうものか」という悪い例として利用できます。

ぜひ、論文指導や研究指導で先輩や教員にいろいろと指摘や質問をもらったときに耳と心を塞がないで、「なぜ、そのような指摘/質問をするに至ったのか?」という考え方を探って見てください。

そうでないと、同じ人に同じようなことを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も WRyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy…

追記(2011年12月31日)

はてなブックマークのコメントより

最初から理屈を説明すれば手間が減るような気がするけど、あえて最初は説明しないで自発的に気がつくのを待つという困難な道をあえて選んでいるのかな。

説明が足りませんでした。理屈はできるかぎりするようにしています。ですが、以下のことがあるのでこのエントリーを書きました。特に1番目のケースが疲労の原因です。

  1. 結果(当面どうすればよいのか)だけを気にする学生は理屈を聞き飛ばす傾向がある
  2. どの事柄について理屈を理解していないのかは教える側は知らない

理屈を丁寧に説明しても、その部分を聞き飛ばして「結局どうすればよいですか」「具体的には何をすればよいんですか」だけ求められるのです。あらかじめ、全部のパターンを網羅的に教えることはできないのでしんどいんですよね。

あと、人によって何がわかっていないのかが違うので、結局は自己申告してもらわないと知っていることを伝えられないというのも難しい点です。

今は仕方がないですけど、多分コミュニケーションの環境を含んだモデルが悪いですよ。

どういうコミュニケーション環境だと良いのかご教示いただけると嬉しいです。