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何で既に知っていることをわざわざ難しく定義するの?

大学

学生から受けた質問をメモ。

  • 質問:「定義はわかったのだけど、何故それを定義する必要があるのかわからない」
  • 回答:「今、議論している枠組みの中にその概念は存在しないから」

数学では世界を一から作る

高校までの数学や常識として「同等である」という概念は、既に学んでいる、あるいは、当たり前のこととして私たちは受け止めている。ところが、大学で集合論やら、線形代数論やらを学ぶたびに、毎回「AとBが同等であるとは、〜ということである」とその分野における同等という概念を定義する。なんで、そんなことをしないといけないのか?

中二病的に言うと、数学では世界を一から作るため。その世界には、定義として定めたことがら、公理として導入した事柄、定義と公理、そして既知の定理より証明された事柄以外は、存在していない。

たとえるならば、「むかしむかし、あるところに山があり、おじいさんとおばあさんがいました。」と世界を定義したならば、「ある日、おばあさんは川へ洗濯に」という発言に対して、「意義あり!川の存在は言及されていないので、川は存在しないはずです。」というのが、数学の世界。「そこは、読み取ってよ!」というのは通りません。

対象言語とメタ言語

言語学の用語である対象言語とメタ言語の概念を借りて説明すると、私の見聞きする限り、学生のみなさんが大学の数学でつまづく理由の一つに、対象言語とメタ言語の区別がついていないことにある。

ちなみに、私が、対象言語とメタ言語の区別が付くようになったのは、大学院修士1年生で論理学を使って研究をしていたとき。それまでは、わからなかった(私が数学にけっつまずいた経緯はこちら → 数学の壁は2つある、論理学にけっつまずいた原因はこちら → 論理学を勉強する時に私は何が難しいと思ったのか)。

対象言語とは学習の対象としている言語。メタ言語とは学習の対象を説明するために使われている言語。。数学で言うならば、定義や公理で使われている記号や演算子、用語が対象言語、それを説明するために使われる言語がメタ言語。日本語で英語を学ぶときを考えれば、英語が対象言語、英語の単語や概念を説明するために使われる日本語がメタ言語

ある数学の分野を学ぶとき、私たちが常識として知っている「同等」という言葉は、メタ言語に属しており、対象言語ではまだ定義されていない。そこで、対象言語上で「同等」という言葉を定義しないといけない。

大学での数学を学ぶときに注意しなければならないのは、今、自分が目にしているある用語は、対象言語で定義された用語なのか、メタ言語で定義している用語なのかを区別する点にある。

余談:よくある混乱の例「対象言語での用語とメタ言語の用語が微妙に似ている場合」

計算機科学の基礎として、素朴集合論の導入を教えて早4年目。多くの学生がつまづくのが「関係」という概念。つまづく理由は、集合論における関係の定義(対象言語における定義)と、常識あるいは辞書上の関係の定義(メタ言語における定義)が微妙に似ている点にある。

かん‐けい【関係】(クワン‥)

  1. あるものが他のものと何らかのかかわりを持つこと。その間柄。二つ以上の思考の対象をなにか統一的な観点(例えば類似・矛盾・共存など)からとらえることができる場合に、それらの対象はその点で関係があるといわれる。「合同―に立つ」「三位一体の―」「利害―」「因果―」「人間―」
  2. 人間社会における、特殊なかかわりあい。
    1. 男女間の情交。
    2. 血縁や組織における結びつきの間柄。つて。ゆかり。てづる。「おじ・おいの―」「師弟の―にある」
    3. ある物事に携わっていること。「事件に―する」「―筋への陳情」
    4. (接尾語的に) その方面(の仕事)。「貿易―の会社」「建築―の雑誌」
  3. あるものが他のものに影響を及ぼすこと。「予算の―で実現できない」

広辞苑第5版より)

いろいろな定義があると思うが、集合論における関係は、以下のように定義される。

あるa とb があり、かつ、a とb はある条件ρをみたすとき、a とb はρの関係があると言い、a ρ bと表す

もちろん、われわれの世界の関係という概念を集合論において定義したので「関係」という用語が割り当てられたので、意味は似ている。でも、微妙に違う。

私たちの辞書的な意味の「関係」という用語では、暗黙に「意味のある、価値のある」あるものが他のものと何らかのかかわりを差すようになっているが、集合論の「関係」は、とにかく何かの条件を2つの要素aとbが満たせば、関係があるといって良い。

たとえば、集合論の「関係」では、日本人全体を集合Aとしたとき、関係:A→A = {(a, b) | aとbの名前をローマ字表記したとき、同じアルファベットが含まれている}という役に立たないものでも「関係」である。しかし、日常会話で「A君とB君には関係がある」「どんな関係?」「A君とB君の名前をローマ字表記したとき、同じアルファベットが含まれているという関係だよ」と言ったら、たぶん、友達なくしてしまう。

メタ言語における定義と対象言語における定義が全く異なるものの場合は、案外、混乱しないようなのだけど、微妙に似ているとメタ言語の定義に引きづられて、対象言語の定義に違和感を覚えてしまうことが多い。ぜひ、まずは、目の前の用語は、メタ言語と対象言語のどちらに属している用語なのかをよく考えた上で、メタ言語の定義を一度忘れて、対象言語の定義に沿って解釈をするようにしてほしい。