論文の再投稿と多重投稿について

まとめ

  • 研究の完成度から、原著論文>会議録掲載論文>Letter, Communication>Short paper, Technical report>Postion Paper という関係
  • 研究/論文内容を充実させ、上の完成度の論文形式に直して投稿するのはOK
  • 論文の形式や発表媒体が違っていたとしても、同一内容ならば多重投稿とみなされる可能性が高い
  • 使用言語が違っていたとしても、同一内容ならば多重投稿とみなされる可能性がある

はじめに

東北大(仙台市)の井上明久総長が共著者として2007年に学会誌に掲載された論文が、08年の国際会議でも発表され、共著者が会議の報告集から論文を取り下げたことが9日分かった。多くの学会が不正行為の一つとして禁じている論文の「二重投稿」にあたるとして、研究者から批判の声があがっている。

 井上総長らの「二重投稿」の疑いを調べていた同大の大村泉・経済学研究科教授らが9日、記者会見で明らかにした。同教授によると、論文はジルコニウムと銅、アルミニウムでできた合金の特性を研究した内容。07年に日本の学術誌に掲載されたが、これとほぼ同じ写真や図表を使った同題名の論文を08年8月にドイツであった英物理学会の会議で報告した。筆頭著者の横山嘉彦・同大金属材料研究所准教授が今月2日、会議の報告集から論文を取り下げた。

 大村教授らは、取り下げの経緯や井上総長の関与について明らかにするよう、同大に監査を求めた。井上総長は、ふつうの合金より強くさびにくい新素材「金属ガラス」の世界的権威。

 同大広報課は「詳細を確認中であり現状ではコメントできない」としている。(斎藤義浩)

と、日本語論文を翻訳して外国語学術誌に投稿して大丈夫かで受けた質問

さて,上記の話は論文の話ですが,学会発表の内容や予稿集も「日本語論文を翻訳して外国語学術誌に投稿」するのはまずいものなのでしょうか?
私はひとまず各発表でマイナーチェンジしていて全く同じという経験はありませんが,ふと気になりました.

を読んで、一度、自分の知っていることをまとめておこうかなと思い、このエントリーを書きます。

分野によって大きく事情が違うので「こういう考えもあるんだな」というたたき台としてお使いください。

原著論文とは何か?

多くの分野において共通に受け入れられる論文(原著論文)とは、査読ありの学術雑誌に掲載されたフルペーパー論文のことをいいます(フルペーパー云々については後述)。

はじめての科学英語論文 5th Ed.より。

科学論文とは、独自の研究成果を文章にしたものであると同時に、ジャーナルに掲載されたものです。
(はじめての科学英語論文 5th Ed., 3章「科学論文とは何だろう?」 p. 11)

ある科学論文が(以下に述べる)すべての要件を満たしていたとしても、不適切な出版媒体に掲載されていたら、それはやはり本当の科学論文と認めることはできません。つまり、科学論文の要件を満たしているが、比較的貧弱な内容のレポートがあったとして、それが適切な出版物(原著論文のジャーナル、あるいは一次刊行物)に受理され、掲載されたとすれば、それは立派な科学論文として認められます。これに対して、すばらしい内容、形式のレポートが、適切でない出版物の中におさめらえてしまったら、それはもはや科学論文とはいえません。政府刊行物や会議の出版物のほとんどや、大学や研究所の紀要、その他の一時的な出版物などは、適切な一次刊行物(原著論文のジャーナル)ではないのです。
(はじめての科学英語論文 5th Ed., 3章「科学論文とは何だろう?」 pp. 11 -- 12)

会議レポートというのは、シンポジウム、国内外の学会、ワークショップ、円卓会議などの議事録(Proceedings)として本あるいはジャーナルに掲載される論文のことです。そのような会議は普通原著論文の発表の場としてみなされておらず、したがって(本やジャーナルに)発表される議事録も一次刊行物とは考えられていません。
〜中略〜。
したがって、膨大な会議の文書は、普通一次刊行物として印刷されたものではありません。もし新しいオリジナルなデータがそのような会議の文書の中に発表されたとして、そのデータは原著論文(一次刊行物)のジャーナルに出版(再出版)することができます。むしろ再出版するべきでしょう。そうでなければ、その情報は事実上失われてしまうことになるでしょう。会議レポートへの出版の後に、同じ内容が一次刊行物のジャーナルに再掲載されると、一般には版権や掲載許可などの問題が生じます。しかし、非常に深刻な二重投稿の問題(オリジナルデータを2つの一次刊行物へ掲載すること)は会議レポートについて普通は起こりませんし、起こすべきでもありません)
(はじめての科学英語論文 5th Ed., 3章「科学論文とは何だろう?」 pp. 19 -- 20)

学術雑誌(Journal)とは何か?

明確な定義はわかりませんが、学術雑誌とはある分野の専門家および研究者向けに発行される査読された論文が掲載されている雑誌のことです。有名なものにNature, Scienceなどがあります。

ある学会において、会員向けに今話題のことや技術情報を提供する雑誌を学会誌(magazine)と呼びます。主に査読された論文が乗る雑誌をジャーナル(journal)、論文誌(transaction)と呼びます。magazine、journal、transactionの明確な区別は私にはわかりませんが、magazine、journal、transactionの順番に、雑誌中に占める査読された論文の掲載割合が増えていくような気がします。一般に、原著論文が乗るのは journal か transactionです。

狭義には、journalやtransactionに掲載されている査読された論文が原著論文です。

学術会議(conference, workshop, symposium)とは何か?

明確な定義は知りませんが、研究成果の発表および情報交換、議論を行うことを目的として行われる会議のことを学術会議、通称、「学会」とか「会議」と言っています(組織としての「学会」と混同しないように)。会議で使われる標準言語が外国語である会議を通称「国際会議」と言います。多くの場合は、学術会議=conference ですが、最近は、より小規模で議論を中心においてworkshopやsymposiumもよく開かれています。

分野により大きく異なるのですが、学術会議では普通、研究成果を発表するために論文(not 原著論文)を投稿し、その論文の内容を口頭で発表します。この論文をまとめた冊子が予稿集、あるいは会議録(proceedings)と呼ばれるものです。

これまた、分野により大きく異なるのですが、学術会議に投稿される論文に対して査読がある場合と査読がない場合があります。すなわち、申し込めば誰でも発表できる学術会議と、申し込んでも発表に値するかを審査される学術会議があります。

査読とは何か?

査読、あるいは、ピアレビューというのは、その分野の専門家が数名、投稿された論文に関して、新規性、独創性、雑誌への適合性、重要性を評価することを言います。査読あり論文(refreed refereed paper)とは、査読された論文のことを言います。

ほとんどすべての学術雑誌(Journal, transaction)、いくつかの学術会議では査読が行われます。分野によって、学術会議への投稿論文に対して査読をおこなうかどうか、どのくらい厳しく行うのかが異なるため、学術会議での発表を研究業績としてみなすかどうかが変わります。

査読の厳しさは、採択率というもので測られることが多いです。採択率は(採択した論文の数/投稿された論文の数)で表されます。計算機科学の分野における有名学術会議の採択率は1割〜3割です。もちろん、採択率には投稿される論文の質は反映されませんので、採択率のみを基準として、論文の質を測るのは間違った考え方です。他の論文から引用されている数(被引用数)や雑誌に掲載されている論文がどのくらい引用されているのか(Inpact Factor)などで、雑誌や論文の質を測ることも多いです。

論文の種類と掲載媒体

分野によって大きく異なると思うけれども、論文と呼ばれる(研究業績にカウントされる)ものの種類と掲載媒体、主な目的、ページ数、掲載までの期間をまとめると以下のとおりです。

学術雑誌掲載 会議録掲載 主な目的 長さ 掲載までの期間
原著論文 -- 完了した研究の報告 Full 1年〜3年
-- 会議録掲載論文 完了した、あるいは、ほぼ完了した研究の報告 Full 3ヶ月〜半年
Letter, Communication Short paper 実験結果、研究の一部の報告 Short 3ヶ月〜半年
Technical report Technical report 技術情報の報告。新規性が求められないことが多い Short 3ヶ月〜半年
-- Abstract, Extended Abstract 完了した、あるいは、ほぼ完了した研究の報告概要 Short 3ヶ月〜半年
-- Postion Paper 行っている/行おうとする研究の位置づけの紹介 Short 3ヶ月〜半年

研究の完成度については一般的に以下のようにみなされます(番号が若いほど完成度が高い)。

  1. 原著論文
  2. 会議録掲載論文(Abstract, Extended Abstractは、研究は終わっているが詳細を説明していない状態)
  3. Letter, Communication
  4. Short paper, Technical report
  5. Postion Paper

研究の完成度や内容の充実度をあげて、上の完成度の論文として投稿することが一般的です。たとえば、Letterの内容を充実させて、原著論文としたり、会議録掲載論文の完成度をあげて原著論文としたりします。

また、上記の区分けとは別に、査読のある・なし、使用言語が日本語か英語(あるいは分野ごとの標準言語)であるかの区別があります。

論文が載る媒体と多重投稿について

もともと、「原著論文=査読あり学術雑誌掲載論文」であるため、従来は、原著論文ではない論文はすべて未発表の内容とみなされました(LetterやCommunication, 会議録掲載論文は、未完成の原著論文とみなされる)。しかし、発展が早い分野においては学術会議の重要性があがったこと、Webの普及により論文以外の発表手段が増えたこと、オープンアーカイブおよびセルフアーカイビングの提案により、何を未発表とするのかは、かなり変わってきています。

私の見聞きした範囲で考える学術論文の未発表の定義は大きく分けて以下の3つです。

  • A.一番厳しい意味の未発表
    • 「ある成果(実験結果、新しい概念、新しいアルゴリズムなど)をいかなる媒体、いかなる形式でも公表していない」
  • B. 学術雑誌や国際・国内会議に投稿する際の未発表(一般的な未発表)
    • 「ある成果(実験結果、新しい概念、新しいアルゴリズムなど)を特定の発表媒体(雑誌、会議録、Webにおける公開)において、論文の形で公表していない」
  • C. 伝統的な科学の世界における未発表(学術的な業績の観点から)
    • 「ある成果(実験結果、新しい概念、新しいアルゴリズムなど)を学術雑誌における論文として公表してない」

学術会議のほとんどで査読がある分野においては、Bが一般的な未発表の定義だと思います。学術会議では基本的に査読をしない分野の場合は、Cが未発表の定義になるでしょう。数学などの独創性を非常に尊重する分野においては、Aを未発表の定義とすることもあると思います(そもそもは手紙のやりとりで定理の証明などを行っていたわけですし)。ポアンカレ予想を解いた論文は、査読なしで誰でも論文を投稿できるオープンアーカイビングサーバーarXivに投稿されています。

基本的には、伝統的に研究の完成度によって論文の形式や発表媒体が分かれているので、論文の形式や発表媒体が違っていたとしても、同一内容ならば多重投稿とみなされる可能性が高いです

使用言語と多重投稿について

日本語論文を翻訳して外国語学術誌に投稿して大丈夫かでまとめたとおりですが、分野の発展の観点からすれば、その分野の標準言語でかかれていない論文は発表されていないとみなされてもしょうがないと思います。ただし、論文を雑誌や会議で発表する際には著作権委譲書を提出し、論文の配布権や翻訳権などを雑誌/会議録発行人に委譲することが普通であるので、その観点から多重投稿とみなされると思います。

asahi.com: 東北大総長が論文「二重投稿」? 共著者が取り下げは、日本の学術雑誌に掲載した論文と同じ内容を国際会議でも発表したので多重投稿であるとみなされたようです。こういうようにみなされるので、使用言語が違っていたとしても、同一内容ならば多重投稿とみなされる可能性が高いようです

おまけ:計算機科学の場合

学術会議の重要性が非常に高いです。ほとんどの国際会議には査読があります。詳しくはこちらをどうぞ。