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努力しなければならないのに方法が分からない

発声練習

fuku33さんからご指名いただきました。お題は「努力しなければならないのに方法が分からない」とのこと。先に結論を述べると、目標がはっきりしていて、現状認識もばっちり、自分が動かないと目標実現に近づかないという状況でなければ、別に努力しないでいいんじゃないですか?

広辞苑第5版によると努力とは「目標実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること」とある。「努力しなければならない」という認識があるということは、少なくとも以下の点に関して認識しているはず。

  1. 自分/自分が所属する組織には目標がある
  2. 現在の状況では、自分/自分が所属する組織はその目標を達成できない
  3. 自分が行動しなければ、その目標を実現できない

この認識があるとき、はじめて「努力しなければならない」というプレッシャーが発生する(はず)。

もし、目標がはっきりしていないのに「努力しなければならない」と思っているならば、本当に努力しなければならないのかをもう一度よく考えてみるべき。良く考えてみた結果、特に目標がないならば、他の人があなたに行なってほしいと思っていること、あるいは、あなたが得意なことに時間と労力を費やすべき。「苦しむための方法がわからない」という貴族チックな悩みに精神力を費やさなくてもよいと思う。

目標ははっきりしている。でも、現在の状況がわからない。なのに「努力しなければならない」と思っているならば、本当に努力しなければならないのかをもう一度よく考えてみるべき。現状と目標の間の差を縮めることに対して労力を払うわけだから、現状がわからないならば、努力すべきかどうかもわからないはず。もしかしたら、たいした労力を払わなくても現状で目標実現はできるかもしれない。 なんちゅう検索ワードで紹介されている工場を100軒回ったエピソードや偉い教授が良くいう「まずは、とやかくいわず論文をX編読め!」とか、ビジネス書でよく言われる「現場を知れ」というのはすべて現状把握のための話。目標がはっきりし、現状をよく知ることができれば、問題(目標と現状の差)が自然と目に入ってくる。問題がわかってから「何を行なえば良いのか」を考えるの常道。問題がわからないのに問題を解こうというのは、ビールがグラスに入っていないのにビールで酔おうとしているようなもの。

目標がはっきりしていて、かつ、現状把握もばっちり。でも、自分が行動しなければその目標を実現できないかどうかわからないならば、やっぱり、本当に努力しなければならないのかをもう一度よく考えてみるべき。そもそも、あなたがそれをやった方が、あなたを含めたみんなが幸せになるのでしょうか。あなたが行なうべきではないことなのに、一生懸命何かをしようとしてもありがた迷惑でしょう。

目標がはっきりしていて、現状認識もばっちり、自分が動かないと目標実現に近づかないという状況ならば、あなたは努力しなければならない。この状況で「方法が分からない」という認識があるときには、「何にするための方法が分からないのか」をはっきりさせるべき。「努力するための方法がわからない」=「やる気がでない」ならば、「なぜ、自分はやる気をだせないのか」を一生懸命分析するべき。明日へつながる弱音の吐き方やる気がでないときは状況自体を変更するなどが役に立つかも。

「目標を達成するためには何をすれば良いのかわからない」ならば、人脈や本、ネットを駆使してヒントを見つけるべし。目標を実現することが重要であり、目標を一人で実現できたかどうかは重要ではないという事実をよく考えよう(参考:あなたに求められているのは問題解決可能性)。