第5回 SPARC Japan セミナー2009:「オープンアクセスのビジネスモデルと研究者の実際」

第5回 SPARC Japan セミナー2009:「オープンアクセスのビジネスモデルと研究者の実際」に参加してきた。構成は2部構成。第一部は、BioMed CentralのCharlotte Hubbardさんの講演。第二部は5号館のつぶやきの栃内先生の講演。どちらも大変楽しかった。

第一部:オープンアクセス出版ビジネスモデルの実際:BioMedCentralのこれまでとこれから

BioMed Centralは医学、生物系分野において有名なオープンアクセスジャーナルの出版社らしい。Hubbardさんが判りやすく、BioMed Centralは何を目的として何を提供しているのか、現状はどういう状況なのか、BioMed Centralのビジネスモデルはどういうものか、今後についてはどうしていきたいのかについて説明してくれた。同時通訳だったので英語が苦手な私も安心な内容。最初は、英語だけでもいけるかと思っていたのだけど、10分過ぎたあたりからさっぱり英語が聞き取れなくなってしまった。私のカラータイマーが…。

とても興味深かったのが、BioMed Centralがちゃんとしたビジネスとして成り立っているというところ。私のオープンアクセスジャーナルのイメージは、ボランティアベースの持続性に問題があるイメージだったがBioMed CentralはSpringerに買収されたということもあり、かなり継続的なビジネスが展開できる出版社に思えた。また、既に9年間運営を維持しているという実績もある。

収入をどうやって得ているかというと、収入の8割から9割を著者もしくは著者の属する機関が支払う出版費用でまかなっているとのこと。いくつかの雑誌を出版しているので出版費用はまちまちとのことだけれども、標準的な論文で平均1535USドル(日本円で132,000円ぐらい)とのこと。範囲でいうと915USドルから2265USドルだそうな。出版費用は採択が決定した後に支払い、一度支払ったなら、資料の追加UPなどをしても追加料金を払わないで良いのが売りだということ。

他のオープンアクセスジャーナルの出版費用はおいくらであるかというのも資料で提示された。

Hindawi $600 -- $1500
BioMed Central $915 -- $2265
PLoS $1300 -- $2850
Oxford University Press $3000
Springer $3000
Wiley $3000
Taylor & Frances $3000
Cell Press $3000

とっても正直な感想からすると「$1500までなら、現状とあまり差はないな。$1500以上だと研究費から払うのしんどい。でも、非現実的な値段設定でもないな」というもの。理由は、情報処理学会論文誌(ジャーナル)に論文掲載すると投稿料として10万円〜15万円くらい(ページ数によって変わる)を支払うため。調べていないけど、近接6学会も同じくらいの掲載料をとるのではないかと思う。ただし、この値段設定だと研究室で2人ぐらいの学生ががんばり、私やボスもがんばると掲載料だけで60万円の研究費が必要となるので、かなりしんどい。

幸いにして私の分野は基本的に学術雑誌ではなく、国際会議に論文を投稿することが多い(国際会議も業績として認められる)。私の参加したことのある国際会議は会議参加費&論文集代で6万円〜9万円くらい。学術雑誌に比べると圧倒的に安い(その分、旅費がかかるけど)。もし、国際会議論文集掲載論文もオープンアクセスにより、値上がりするとちょいとしんどい。

まあでも、値段が高い低いは相対的な価値観の話なので、主たる助成機関(日本だと政府)が「オープンアクセスにすることは価値がある」と考え、掲載料の半額〜全額を支援してくれるならば30万円くらいならばあり得る値段設定だと思う(論文1編10〜30ドル、専門書1冊1万円〜5万円の世界だし)。このくらいの値段設定で査読つきオープンアクセスジャーナルを出版できるのであれば、結構、いけるのではないだろうか。少なくとも、多くのWebサービスが依存する広告モデルよりははるかに持続性がありそうに見える。

質疑応答で興味深かったのは以下の点

  • 既存の学協会の出版雑誌がBioMed Centralに参加する場合は審査がある
  • 各出版雑誌の編集委員会は値段の設定から採択基準の決定までの全権限を持つ(BioMed Centralは枠組みの提供)
  • 各雑誌ごとに差はあるが、平均2人の査読者、平均採択率は50%
  • 現在の出版費用は、実際のコストを反映した上で設定されている
  • 英語の雑誌だけが対象
  • 現在、論文投稿数が伸びているのがアジアなので、出版費用の支援(割引あるいは免除)を検討していきたい

話を聞いていて思ったのが、BioMed Centralはオープンアクセスジャーナルのフレームワーク提供者になろうとしているのかなぁということ。

英語圏の国においては、国民からオープンアクセスジャーナルの出版費用支援に理解をもらうためには「自国言語での科学的知見の蓄積」が必ず求められると思う。なので、非英語圏(特にアジア)向けオープンアクセスジャーナルのフレームワーク提供者というのは需要のある位置づけなのではないだろうかと思う。

第2部:研究者から見たオープンアクセス

お金の話を率直に話していて面白かった。私が博士課程に進んだのが2003年。しかも、計算機科学の分野の研究者なので、論文の取得はWebからというのが当たり前感覚だったので別刷り時代の話はとても面白かった。また、指導教員の「査読のない論文は論文といえない」(もっと言うと「引用されない論文はゴミだ」)という教えを受けていたため、大学の紀要の必要性がさっぱり理解できなかったけど、今回の講演でよく分かった。でも、少なくとも理工系の分野において紀要の役割は終わったよね。

栃内先生の講演で一番率直だなと思ったのは「研究者は、研究を続けるために研究費獲得にがんばる。自分の研究の評価が高いと研究費獲得につながるので嬉しい。なので、自分の研究の評価につながらないことは全くやりたくない。」という話。思い切り同意。(みなさんの心の声に私がお答えします:「教育は?」「もちろん、仕事ですし、教えるの好きなので全力でやります。」)

第2部のあとにディスカッションで出版側から「研究者のみなさんはオープンアクセスジャーナルにどうやったら投稿してくれますか?」とあったけど、私のそれへの答えは「自分の研究の評価につながるならば投稿します」というのが率直な答え。日本における研究者の業績評価でオープンアクセスジャーナルで論文を公開していることをプラス評価にしてもらえれば、みんなガンガン投稿すると私は思う。

「どんなオープンアクセスジャーナルでも良いのか?」という質問が当然でてくると思うけど、計算機科学系で難関国際会議の論文集掲載が学術雑誌相当の評価を得ている事実があるので、時間がたてばどうとでもなる話だと思う。

その他

シャイボーグ009なので、栃内先生にはご挨拶できなかった。また、座席がかたつむりは電子図書館の夢をみるかの佐藤さんの隣だったのだけど、ご挨拶しそびれた。

佐藤さんがおっしゃっていた「論文をオープンアクセスにしたときとしないときで引用回数が増えるかどうかを統計的に見るのも重要だけど、『個々の研究者がオープンアクセスの論文がなければ論文執筆ができなかった』という体験談を集めるのも重要ではないか?」という問いかけは面白かった。

現在、電子ジャーナルの購読ライセンス料の高騰がほとんどの大学で問題になっている。これを問題視する人たちは研究成果のオープンアクセス化(オープンアクセスジャーナルへの投稿、機関リポジトリ、セルフアーカイビングなど)を広めたいと考えているので「論文をオープンアクセスにするメリット」を旧国研や大学上層部、および大学教員や研究者に説得したい。このときに、どうしても定量的なデータが必要となる。

この説得のための定量的なデータとして「論文をオープンアクセスにしたときとしないときで引用回数が増えるかどうか」が知りたかったはず。なので、佐藤さんの提案どおり「研究者は自分が簡単にアクセスできる論文だけを引用する」という事実をアンケート調査で調べれば説得のための定量的データとして使えるのではないだろうか。

具体的には以下のことを回答してもらえれば良いと思う。

  • 所属、職位
  • 研究分野(科研費の分科レベルで回答)
  • 文献調査のための論文収集のためにどこまでがんばるか
    • 大学もしくは自分が契約している電子ジャーナルから取得する
    • 電子ジャーナルから自費もしくは研究費で購入する
    • 文献複写サービスで取得する
    • ジャーナルのバックナンバーを購入する
  • 大学が契約している電子ジャーナルは何か(大学もしくは図書館が回答する)
  • 個人的に契約している電子ジャーナルは何か
  • 論文取得のための年間コストはどれくらいか

大学の電子ジャーナル契約担当の人や図書館の人はオープンアクセスを推進したい人が多いと思うので、まずは国立大学の図書館経由で大学教員や博士後期課程の学生に回答してもらえばよいのではないかと思う。文部科学省でも大学図書館の整備及び学術情報流通の在り方について(審議のまとめ)というような審議をしているので、文部科学省系研究費支援でもできそうな感じ。

おわりに

講演者のみなさま、SPARC Japan セミナーのスタッフのみなさま、面白いセミナーをありがとうございました。