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「なんでも質問する」姿勢と「ググってから質問する」行動

まとめ

  • 「なんでも質問する」姿勢は重要!
    • 適切な答えは適切な質問からしか得られない。
    • 適切な質問をするのは簡単ではない。たくさん質問をしてみるということだけが適切な質問を得るための唯一の方法。
    • 「他人に向けて発するのは適切な質問だけ」という内部規定を作るとまったく質問できなくなる。
  • 「ググってから質問する」という行動をとると回答を得やすい
    • 誰もが常にどんな質問にでも答えてくれるわけではない。
    • 多くの人にとって、何度も同じことについて答えるのは嫌だし、自分が苦労して得た情報にはそれなりの対価を払ってもらいたいと思っている。
    • 質問に対する答えを効率良く得るという観点から見ると、質問者は、回答者が「答えたくない」と思う理由を極力減らすべき。
    • 今の自分にとって最大限の努力の結果として「わからなかった」ということを回答者に伝えた方が回答者は答えおよび答えにつながるヒントを教えてくれる確率が上がる。
    • 自分で十分礼を尽くしている思ったら質問しちゃうのも重要。相手がどう思おうが「それが私の最大限」なんだからしょうがない。
  • 質問する前にどの程度の労力を費やすかは質問相手によって変わる
    • 数回質問してみて、どの程度の質問なら回答してもらえるのかを把握する。
    • 質問してみるのが嫌ならば、議事録、過去ログ、同僚・先輩から情報を入手する。
    • 「どういう質問してもよい」と言ってきたならば、とりあえず信頼して、なんでも質問してみる。
    • ある方法/媒体で質問しづらいなら、別の方法/媒体で質問してみる。
    • どうしても、所属組織/団体/コミュニティで質問できないなら、外の人に頼ってみる。
    • 上のようなコストを費やす気がない人/費やせない人は黙っているしかないんじゃないかと思う。

追記(2009年10月11日)
このエントリーで言いたいことは、何でも聞くべきであるというのは「姿勢」として持っているべきだけど、早く、かつ、たくさんの回答が欲しければ回答者が答える気になるような質問の仕方をするほうが良いよということです。

はじめに

うまい質問をするためのTipsへのはてなブックマークのコメントで以下のコメントをいただいた。

  • mamoruk「なんでも質問するべきだ」という態度と真逆ですがどちらがいいのか自分にはどうも分かりません。学生には自由にさせて自分は調べてから聞いた方がいい?
  • b0101 ググレカス←この5文字でことたりる。
  • peropero0721 つまりどうすればいいんですか?
  • aclr 相手が何を求めているかを考えるのって難しい。

私は、うまい質問をするためのTipsで紹介している賢い質問の仕方は、質問の型をいくつか持っておくと便利で書いていることと同じように、うまい答えを得るためにはうまい質問の仕方が重要だという趣旨でとらえて、紹介した。しかし、id:b0101さんの読み取り方のように、先のエントリーは「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」という趣旨で読まれた人も多いようだった。

一方で、私は過去のエントリーで繰り返し「なんでも質問するべきだ」という主張をしている。なので、先のエントリーを「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」と読み取った人にとっては、id:peropero0721さんやid:aclrさん、id:mamorukさんのように「お前は質問者に何を要求しているんだ?」となってしまったのだと思う。

振り返って質問の型をいくつか持っておくと便利を読むと確かに「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」と読める、というかむしろそっちで読むのが普通に思える。正直、私も教員の立場を離れれば「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」と思っているし、世の中の人々はほとんど「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」と考えているだろうと思っている。

でも、一方で「なんでも質問するべきだ」という主張も「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」とまったく同じくらいの強度で正しいと思っている。以下では、何で私の中で「なんでも質問するべきだ」という主張と「俺様に質問してくるならそれなりに努力してからにしろ!!」という思いが平行に存在できるのか分析してみる。

長いのが嫌な人は、タイトルとまとめですべて述べているのでそれだけを読めばOK!

これからの世の中は質問技能の重要性はこれからどんどん増していく

これからの世の中、計算機の普及とプログラミングの簡単化、そして業務のITC化が進み、人間がマニュアルにしたがい行なえる作業はどんどんと自動化および半自動化され、作業する人間はどんどん不要となっていくと思う。この結果として、人間が担当すべき作業はマニュアル化できない程度に難しい事柄になるに違いない。マニュアル化できない程度に難しい作業においては、ベストプラクティスが確立していないため状況に合わせて最善の方法を探しつつ作業を進めなければならない。状況に合わせて最善の方法を探しつつ作業を進めるためには、「今の状況において何が最善か?」ということを問いつづける必要がある。

また、創造的作業(典型的にマニュアル化できない作業)における質問の重要性は創造的作業に取り組んでいる人にとっては言うまでもないほど。日本は産業や文化、科学技術において先進国をキャッチアップする段階を終え、先進国として新規的で独創的なものを生み出さないといけない段階になっているのはいろんな人が指摘していること。新規的で独創的なものを生み出す際には、ゴール(正解、評価基準、それが重要であるというコンセンサス)が存在しないのでゴールになり得るものを探して試行錯誤しなければならない。この試行錯誤においては、「とりあえずやってみる」と「質問」は道を切り開く最高の道具である。

さらに、私は日本特有の「以心伝心」が徐々に通じなくなっていくと考えている。以心伝心は、同一の背景知識、同一の環境、同一の規範においてのみ成り立つ技能であり、異なる背景知識、異なる環境、異なる規範においては以心伝心を行なおうとしても行なえない。明治以後、急激に均質性の高い社会へ変化した日本であるけれども、大都市圏への移住および核家族化による村社会の解消、進学率の向上による価値観の多様化、インターネットや書籍へのアクセスがよくなったことによる情報取得方法の多様化、在日外国人の増加、などにより徐々に社会の多様化が進んでいる。社会の多様化が進むにしたがい、以心伝心は成り立たなくなるので、アメリカのように相手のことを知るために素朴に質問するしかない状況が多分来る。

ごちゃごちゃ書いたけれども、どう考えても質問技能は今よりもより重要になるのは明らか。余談ながら、これへの反動として質問しないでよい環境が大人気になると思う。

適切な質問をするのは簡単ではない

私のモットーとなりつつあるのが「正しい答えは正しい質問でしか得られない」という言葉。「正しい」というのは普遍的な意味を付加してしまうので、ちょっとまずいと考えると「適切な答えは適切な質問でしか得られない」とするのがよりよいかも。

適切な質問をするためには次のことができなければならない。ちなみに下に向かうほど難しい。

  1. 自分が知りたいことを言葉にする
  2. 自分が知りたいことを適切な言葉で表現する
  3. 自分が知りたいことを正確に相手に伝える

私を含め、ほとんどの人にとって自分が何を考えているのかを言葉にするのは難しい。質問できない理由のぶっちぎりNo. 1の「分からないことが分からない」というのが自分が知りたいことを言葉にする難しさを物語っている。さらに、自分が知りたいことを言葉にできたとしても、それは「自分用」の言葉を使って表現しているだけで、適切な言葉ではないことが多い。自然言語における単語の多くは複数の意味を持つ上に、誰もが知っている言葉のすべてを辞書を引いてから使っているわけではない。また、正確な用語を知っていたとしても、自分が知りたいことをその正確な用語を適切に組み合わせて表現するのは難しい。

さらに、質問相手が理解できるように適切な話し方で自分の知りたいことを正しく伝えるのは別の技術が必要となる。

質問技能は後天的に獲得できる

先天的特徴や才能は授かってしまったからには本人の意志や努力でいかんともしがたいけれども、後天的技能に関してはある一定のレベルまでは適切な方法で訓練すれば多くの場合身に付けることができる。「世の中には、質問ができる人とできない人がいます」というフレーズは、思わず納得してしまうフレーズだけれども、これは現実世界のスナップショットをとったときに正しいことであるけれども、人生レベルでみれば正しくない。

質問技能を発展させるには、たくさん質問をするのが唯一の方法。「えっ?自分が質問をしなくても、他人が質問しているのを真似したらいいんじゃない?」と思う方がいるかも知れないけれども、それは、ある程度、質問の経験を積んでからでないと役に立たない。ある状況やある問題において、何がよい質問で、何が悪い質問なのかは自分が質問を十分にするようになってから判断できるようになる。まずは、たくさん質問するのが重要。ただし、その質問を「他人に向けて発する」かどうかは別の話。

「他人に向けて発するのは適切な質問だけ」がダメな戦略の理由

上で述べたとおり、適切な質問をするのは難しい。特にその分野の初心者が適切な質問をできる可能性は限りなく低い。このため、「他人に向けて発するのは適切な質問だけ」という自分規定を作るとまったく他人に質問できなくなる。また、これが組織レベルで「他人に向けて発するのは適切な質問だけ」という内部規定を作ってしまうとベテランだけが質問するようになってしまい、初心者が中級者へ成長する機会を殺してしまう。

誰もが常にどんな質問にでも答えてくれるわけではない

学校の先生や図書館の司書、教育係の上司や先輩と異なり、ほとんどの社会人は私たちの質問に答える筋合いはない。また、多くの人にとって、何度も同じことについて答えるのは嫌だし、自分が苦労して得た情報にはそれなりの対価を払ってもらいたいと思っている。

一方で、純粋な好意から名誉心を満たしたいという欲求までさまざまだけれども、自分の知識を他人と分かちあいたいという欲求を多くの人が持っている。自分の精神状態や体調が良いとき、自分の趣味や自分が専門とする知識について、面倒くさくない範囲で、それなりの敬意を払ってくれている相手に対しては知識を分かちあって喜びたいなぁと思っている人も結構いる。

質問に対する答えを効率良く得る方法「回答者を思いやる」

多くの質問に答えてくれる人は以下の条件を多く満たせば満たすほど質問に回答してくれると思われる。

  • 自分の趣味や自分が専門とする知識についてなら答える
  • 自分が面倒くさくない範囲で答える
  • 自分に対して敬意を払ってくれるなら答える

なので、質問に対する答えを効率良く得るという観点から見ると、質問者は、回答者が「答えたくない」と思う理由を極力減らすように質問するべきであり、適切な相手に、相手が面倒くさくないように、敬意を持って質問したほうが質問に対する答えを効率良く得やすい。質問者の立場が回答者よりも上ならば、どんな方法で質問しようが回答を得ることができるけれども、質問者と回答者の立場が同等、あるいは、質問者の立場が回答者よりも下であるならば、どうやって回答者の負担を減らして質問するかによって回答が得られる可能性を大きく変える。平たくいうと「回答者を思いやる」ことが重要。

どうやれば回答者を思いやっていることをアピールできるか

それでは、どうやれば回答者を思いやっていることをアピールできるかというと、それは質問の仕方で表すしかない。そのTipsが賢い質問の仕方質問の型をいくつか持っておくと便利一匹狼のための一人Q&A大会など。

  • 何を目的とした何についての質問なのかが簡単に理解できるように伝える
  • 今の自分にとって最大限の努力の結果として「わからなかった」ということを伝える
  • あなたが私の質問を聞いてくれている事自体に感謝していることを伝える

辞書で調べたり、マニュアルを読んだり、Googleで検索したりして、すぐに分かるようなことを聞かないというのは、今の自分にとって最大限の努力の結果として「わからなかった」ということを伝える一表現だ。

「そんなこと言われても、そもそもGoogleでどう検索したらよいのかすらわからないのに・・・」と思われる方もいると思うけれど、重要なのは「今の自分にとって最大限の努力の結果」であるということ。今の自分にとって「Googleでどう検索したらよいのかすらわからない」のであればそれはしょうがないので、それを素直に伝えればよい。

質問に対する答えを効率良く得るために回答者を思いやっていることをアピールするわけだけど、だからと言って、回答者側が我々の思いやりアピールをそのままうけとってくれるかどうかは話は別。

質問する前にどの程度の労力を費やすかは質問相手によって変わる

世の中にはまことに残念なことに、いかなる質問でも許さない組織が存在する。一方で、学校や塾のようにほとんどどんな質問でもOKという世界もある。なので、自分が質問を発しようとする環境は、一体、回答者への思いやりをどのくらい示せば、回答を得やすいのかをよく検討するべき。

まことに残念なお知らせながら、自分がどのような環境にいるのかは以下の方法で試すしかない。

  • 数回質問してみて、どの程度の質問なら回答してもらえるのかを把握する。
  • 質問してみるのが嫌ならば、議事録、過去ログ、同僚・先輩から情報を入手する。

質問の重要性からすると自主規制は一番よくない方法。「どういう質問でもしてもよい」と言ってきたならば、とりあえず信頼して、なんでも質問してみる。もし、「どういう質問でもしてよい」と言っているのにも関わらず「何でこんな質問するんだ、バカちんが!」と返してきたら、しょうもないのはあなたではなく、相手。一瞬気分は悪いけど、一晩寝たらどうにか気持ちの整理もつくだろうから、その後は一生軽蔑してやればよい。

質問しづらいときどうするか?

人には向き・不向きがあるので、全員が全員、口頭による質問が得意とは限らない。面と向かって質問するのがどうにも苦手な人は、相手の了解を得た上で、他の方法で試してみるべき。たとえば、文章ベース(メール、手紙、メモなど)、音声ベース(電話)、場を変える(ランチミーティングや飲み会ミーティング、たばこ部屋、喫茶店などなど)、人を変える(あんまりよくないけど質問を中継してくれる人を見つける)など。

不幸にもいかなる質問でも許さない組織に出会ってしまった場合は、しょうがないので外の人に頼ってみるのも手。でも、組織によってはそれすらも許さないのでそこいらへんはお気をつけて。

無料の昼食はない

現代社会はまだエスパーが一般的にいないので、「他者へ質問を発しなければ、他者から回答を得ることはできない」という原則は絶対。

社会には慈愛に満ちあふれた人ばかりではないので、ちょっといらつき気味で、モヒカン気味で、ヒャッハーな人たちからも答えを得たいならば、ヒャッハーな人たちが答えてくれるような罠を仕掛けなければいけない(別にヒャッハーな人たちから回答を得る必要がないなら、そんな手間をかける必要はない)。

それなりのリターンを得たいなら、それなりのリスクをとる。リスク0でいきたいなら、リターン0を覚悟する(必ずしもリターン0ではない)。