芹沢 一也, 荻上 チキ 編, 経済成長って何で必要なんだろう?

飯田泰之さんとの対談集。対談集なので一貫した主張というものはないけれども、飯田さんの説明で繰り返し登場したのが大体以下のような話。「経験則だけど、我々の社会はほうっておいても生産性を年率で2%向上させてしまう。なので、生産性以外の条件が何も変わらないのならば、毎年2%の労働者が解雇されざる得ない」

この飯田さんの話が正しいならば、上の岩田さんや韓リフ先生の「マイルドインフレを維持すべき」という主張が納得できる。物の値段は需要と供給で変わるので、需要が代わらず供給が増えれば値段は下がる。そこでマイルドインフレ状態ならば、供給量の上昇に由来する価値の下落はインフレに由来する物の価値上昇で相殺される。なので値段の下落は緩やかになる。逆にデフレの場合は、物の供給が増える上に物の価値も下がるので、実際の値段以上に物の価値は下がる。しかも、デフレ状況下では社会は経済的に縮小するので、職を変えるリスクが高まり、転職が発生しない。そりゃだめだよなぁ。

あと、面白かったところを箇条書きで抜粋。

飯田さんと岡田さんの対談より。

  • 戦前のイメージは「貧困で何も無かった」というものだけど、そんなド貧困国が太平洋を押し渡って真珠湾攻撃なんてできるわけない。戦前の日本もアメリカには及ばないもののアメリカと戦争開始できるくらいの繁栄国だったと考えるのが妥当。「貧困で何も無かった」というのは終戦直後のイメージを戦前に拡大しているから。
  • 教育というのは非常に贅沢な話、お金が社会のどこかに余っているから可能になる。その日暮らしの状況では教育や学問、芸術にお金は回ってこない
  • 技術進歩の結果として同じ価値を生み出す生産をより少ない人数で出来るようになった。先進国は長期的には年2%〜2.5%ぐらい一人当たりの生産額は増え続けている。
  • 戦後の高度成長の理由は、第一に戦争で何も無くなったので何をしても経済成長できた、第二に先進国をキャッチアップするという明確な目標があり、専門知識は不要だった。
  • 一人当たりGDPが73年から年2.5%の成長で延びると仮定したとき大幅に下ぶれする97年以降に、もし、年2.5%の成長を維持できたと仮定すれば、一人当たりのGDPは現在は一人500万円。でも、実際は420万円なので80万円の差がある。これは20%近くの消費税を課されているのとほぼ同じ。
  • 景気が良いときの主な倒産理由は「人繰りがつかない」。理由は、労働者を集めるために労働者への待遇を浴しなければならないので、労働者にとって待遇の悪い「ダメ会社」には人が集まらないため。
  • 会社の成長とか技術の進歩は、専門家ですら正確には予測できないのに、当事者でもない役人が計画を立ててうまく行くと考えるのは非現実。

飯田さんと赤城さんの対談

  • (ある問題に)国が手を突っ込んでシステムそのものをいじるという言うのは、理論的にうまくいかないし、やろうとしても難しすぎてできない。できることは特別かつ不思議な優遇を取りやめることぐらいではないか。
  • お金を払っている人しか受けられない福祉は本当に福祉と呼べるのか?それは金融商品ではないか?
  • デフレになると、100万円を稼ぐのがとても大変になってくる。だから、債務者(お金を借りている人)にとっては、その100万円を返すのは、どんどん大変になっていく。一方で、債権者(お金を貸している人)は、自分の貸しているお金の事実上の額がどんどん増えている。よって、デフレ下では債務者から債権者への富の移転が起こる。
  • 社会において債務者は消費の中心である20代〜40代。債権者は引退世代。
  • 実は構造改革以前も以降も、状態が悪いのは一緒。小泉前と小泉後で何が同じかというと金融政策を活用しない点だけが一緒。(だから、構造改革を巻き戻すよりも、まず金融政策を試してみろ。)
  • 日本人の生涯所得を決める一番の要因は、学歴じゃなく、実は生まれ年。高校卒業時か大学卒業時に景気か良かったか悪かったかで生涯所得が決まる。
  • 好景気で労働者が足りない状況になれば、雇用の流動化や正社員と非正社員の待遇格差改善について企業は必ず賛成する。
  • ロストジェネレーション救済の最後のチャンスは、2010年後半か2011年前半に始まるアメリカの景気回復。景気は3〜4年でアップ&ダウンしてしまうので、ここで適切な金融政策で景気を支えないとロストジェネレーションの第一世代は40歳超えをしてしまう。

飯田さんと湯浅さんの対談。

  • 労働市場の外のセーフティネットのあり方と労働市場の質は推移が一定している
  • 労働市場および労働者の生活の向上のための選択肢は「所得保障」と「規制・公的供給」の二つが考えられ、経済学者はベーシックインカムなどの「所得保障」策をとり、非経済学者は公的住居の供給や個別の雇用保全最低賃金法などの「規制・公的供給」をとることが多い
  • 現場としては、ベーシックインカムの話は具体的な実現プロセスが見えないので具体的な話に我々もできない。
  • 公的支援の拡充というのは一足飛びに行かない。必要とされているモデルケースを実践してプレゼンを行わないといけない。社会が必要としているということを示すためにモデルケースの質を議論するよりも、量自体を増やす必要がある。
  • 学生によく言うのが「大学4年生の価値は2億円」。正社員労働になると生涯賃金3億円に対し、フリーターになると生涯賃金が1億円を切ってしまうから。
  • 今の日本の支出は山型。なんで、山型支出になるかといえば、子どもが増えたら民間の住宅市場から家を調達しなければならなかったり、子どもが大学に行きたいといったら世界一高い学費を払わなければならないから。
  • 同一価値労働、同一賃金を実現するためには、山型の支出でなければならない現状とセットで変えていく必要がある
  • スローガンとして「非正規の連帯」は言えるのだけど、そこから先の動きが止まってしまう。正社員を攻撃することはできるが、運動的には正社員も味方につけないといけない。
  • 正規と非正規が連帯するために、支出の山をもうちょっと下げないと、正規も非正規も暮らせないという話で一回やった上で、社会保障的な要求を入れてみたらどうだと提案している
  • 運動を壊すようなかたちでの正社員の解雇規制撤廃、低処遇化要求は社会にとってもプラスにならない
  • 日本の場合、政府が企業の長期雇用に対して大きな補助金を与えている状態。たとえば退職金への大幅な所得税優遇措置。
  • 正規と非正規が連帯するには、現実問題として「正規の既得権を剥ぎ取れ」では物事が動かない。
  • 最低限の生存を保障するための財源として、第一にOECD平均よりも低い消費税と社会保障のセット。すなわち、消費税を上げて社会保障も上げる。第二にOECD平均よりも高い公共事業費を社会保障費に回す。従来の公共事業は地方への社会保障費の側面が非常に高かった。公共事業は地方経済への社会保障費であることを明確にし、中央の企業がダンピング事業の受注が受けられないようにする。あるいは、個人に対する直接支援に付け替える。
  • 金持ちから貧乏人への分配を最も効率的にできるのは累進課税の強化だけれども、運動の戦略的にそれはいえない。なぜならば、中間層からの反発が大きくなるからだ。
  • 貧困問題の第一歩は、日本では行われていない貧困調査を行うことから始めるべきだ
  • 日本には75年以降国富統計がない。
  • 実現不可能だと経済学者が判断するのは、経済的利害と対立すること。つまり、人が損をする行動を自発的にやるというのを含んでいるパッケージプランは、必ず破綻するということ。

まとめの部分

  • 論壇では主張の一貫性というか、理論の純粋性が評価される傾向があるが、「実際に役に立つか」という始点から考えると、症状に応じて対応を変えることは必要だし、自分が説得されちゃったなとおもった部分に対しては、自身の見解に修正を加えていくことは非常に重要だ。
  • 富岡 淳, 大竹 文雄, 誰が所得格差拡大を感じているのかによると、格差を感じているのは引退世代、あとは、50歳以上で、一番格差拡大していないタイプの人々である。一方で、急速に格差が拡大した20代、30代は格差の拡大を実感していない上に、書く際の拡大を悪いことだと思わない人が圧倒的に多いという結果がでている。
  • 上記のねじれは、プレカリアート運動をしている人にとって辛いところだと思われる。
  • プレカリアートにとっては変な自己責任論の方が受け入れやすいという問題があるので、現在の日本のプレカリアート問題については自分の責任だけでなく、社会の責任でもあると伝える必要がある
  • 「仕事がないなら、自分でつくればいいんじゃない」という言い分があるが、全員が徹底的に努力しても椅子が十分になければ必ずこぼれる人がいる。「やる気」の有無に関わらず需要がないと働き口はない。だから自己責任論はミクロ的には正しいがマクロの現象分析としては正しくない。
  • 理想的には経済学者の仕事は「こういう社会にしたい」というオーダーを受け取り、そのオーダーが「可能かどうかを検証」し、さらには「効率的な目標達成手法を示す」ことです。
  • 少なからぬ経済学者・経済評論家が「世の中はこうあるべきだ」という主張をしますが、そういう価値観の部分は、経済学の専門的な論理から出てくることはほとんどありません。経済学者の語る「あるべき日本経済の姿」は「専門家の意見」ではなく、「漱石研究者が語る芭蕉論」みたいなものと考えてください。
  • 情報戦が必要。まず、懐古趣味、すなわち「昔はよかった論」が統計的に否定されることをより多くの人に知ってもらうことを出発点とする。一方で、数字だけでは納得できない人もいるだろうから、その人たちには言説的に共感しつつ「でもそれではうまくいかないんだ」という話をに持っていく必要がある。
  • 税務や公的な福祉で調整する前の日本のジニ係数は、北欧諸国よりは高いが先進国の中ではかなり低い部類になる。すなわち、かなりの平等社会である。一方で、税務や社会保障で調整したあとの日本は、主要先進国の中でも英国につぐ不平等社会になっている。どうしてそうなるかというと、日本以外の国は再分配政策で不平等度を下げているのに日本は再分配の前後で不平等度がほとんど変わらない。だから、他の国より不平等ということになっている。
  • 日本の再分配政策は、都会から田舎にまいているのと、若い人からとって年寄りにまいているだけ。都会の金持ちと貧乏人から田舎の金持ちと貧乏人にお金を移転し、貧乏な若者と金持ちの若者から貧乏な老人と金持ちの老人へお金を移転しているので不平等度が変わらない。