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ちょっとした工夫でモテカワ卒論生を演出!!

時間のない方のためにまとめ

モテカワ卒論生を演出する一番のポイントは、「メッセージを受け取ったということを迅速に相手に知らせる」こと。
具体的には、発せられたメッセージに対して、受領したこと、メッセージを理解したこと、そのメッセージに対してどう行動するかということの3つを区別して、メッセージを受け取ってから最短の時間で返信するということ。

また、指導教員や先輩を自分と同じように感情がある人間だと考えて、相手の人間性を無視する行動の典型例である「無視」をしない。

本文

以下のエントリーに共感いただけて嬉しい限り。

綺麗に統一された書式で書かれた文書とデタラメな書式で書かれた文書では,読みやすさが全く違うし,一目した時点での印象も全く違うと思うのだが・・・.
あ.そうか,自分では読まないんだもんね.卒論なんて誰も読まないと思っているから,あの程度のアウトプットに成り下がってしまうんだね.そうだよね.でも,少なくとも指導教員は読むわけで,それは失礼だと感じないのだろうか・・・.

ですよねー。そういう原稿を見ると怒るというよりも、強烈に疲労するんですよねー。自分がモノ扱いされている不快さというか、やりきれなさというか。

私の考えでは学生のみなさまは「少なくとも指導教員は読む」ということに思い至らないのだと思います。もっと詳しく言うと「指導教員が感情を持ち、日によって精神状態も肉体状態も変わってしまうという自分と同じごく普通の人間である」ということに思い至っていないのだと思います。

私自身もよく同じ間違いをしてしまいます。たとえば、科学研究費応募書類を審査する人たちを自分と同じような人間であると思えなかったり、コンビニの店員さんが自分と同じような人間であると思えなかったり。その結果、あたかも相手がある機能を提供するサービスロボットのように接してしまうことがあります。

でも、我々大学教員も、学生の先輩も、事務のこわもてのおじさんも、コンビニの店員さんも全員人間で、感情があり、日々精神状態や肉体状態が変化している、ボタンを押せば同じ反応がいつも返ってくるロボットではないんですよね。

昔に先生や先輩から指導を頂いたときの記憶に思いを巡らせて、自分なりにあれこれ試行錯誤しながら行った指導に対して何も反応がないと、非常にがっかりしてしまいます。

  • 指導内容の意味がわからないのなら「わかりません。」と言って欲しいです。
  • 指導内容に納得ができないのなら「納得できません。」と言って欲しいです。
  • 指導内容を検討する時間がないのなら「時間がありません。」と言って欲しいです。

論文の指導に関してだけではなく、TAとして学部生を教えることにしてもそうなんですが、僕が指導しやすいと感じるのは「その時に知識や能力が高い子」ではなく「指導に対して何らかの反応を示してくれる子」です。
逆に僕が指導しにくいと感じるのは「その時に知識や能力が低い子」(言い方悪くてごめんなさい)ではなく「指導に対して何も反応を示してくれない子」です。
指導してくださる先生や先輩は、ロボットでも何でもなく、ただの人間です。

そうなんですよ。重要なのは反応してくれることであって、「答えてくれること」ではないんですよね。

このエントリーのタイトル「ちょっとした工夫でモテカワ卒論生を演出!!」はアイキャッチなタイトルですが、モテカワ卒論生を演出する一番のポイントは「メッセージを受け取ったということを迅速に相手に知らせる」なんです。

メッセージの発信者(指導教員や先輩)が知りたいことは以下の3つです。

  • レベル1:メッセージが伝わったのか伝わっていないのか?
  • レベル2:内容を理解したのかしていないのか?
  • レベル3:内容に同意するのか非同意なのか?

多くの学生のみなさんは,レベル3の返事を返せなければ返事をしてもしょうがないと考えているようですが、それは違います.メッセージの発信者は受信者からの返事がないとき以下のように考えます。

  • ケース1: もし、相手がメッセージを受け取れなかったのならば、もう一度伝えなければならないのではないか。
  • ケース2: もし、相手がメッセージを理解できなかったのならば、もっとわかりやすく説明しなければならないのではないか。
  • ケース3: もし、相手が メッセージを理解しているのならば、相手は検討中なのかもしれないのではないか。
  • ケース4: もし、相手が メッセージを理解しているのならば、相手は無視しているのかもしれないのではないか.

ケース1と2では,メッセージを出した人が何かしらの行動をとらなければなりません。ケース3ならば、待てばよいのですが、ケース4であることを考えると嫌な気分になります。相手から返事がないという状況において、気分が楽なのはケース3だけですが、返事がなければどのケースにあたるのかわかりません。

もし、メッセージの受信者が、レベル1〜3のどの状態なのかをできる限り早く返事したならば、発信者は、あれこれ悩む必要がなく、次の作業に進むことができます(ちなみに、ケース4の状態であるかもしれないと考えるのは本当に嫌な気分です)。

論文指導も同じようなことがいえます。自分が指摘していた点について何のコメントもなく修正されていなかったとき、論文の指導者は、上の4つのケースを考え、精神状態によってはケース4であると確信し、つらい気分になってしまいます。そして、たいていの場合、卒論指導の時期は指導教員や先輩たちも追い詰められている時期ですので、物事のネガティブ面を見る可能性がとても高いです。

ボスのタイプによると思うが,おやつを準備してのコーヒーブレイクミーティングは効果的だと思うぜ.コーヒーブレイクミーティングは効果的だぜ?重要だと思うから2回言ってみた.

ここで提案されている方法のミソは、「あなたのことを思いやっている」ということを明確にアピールできているという点です。

コーヒーが嬉しいのではなく、お菓子がうれしいのではない。学生がかっこよいとか、かわいいとか、綺麗だとかそういうことは全く重要ではありません。指導してもらうことを当たり前と考えることなく、気遣いをしてくれていることが嬉しいのです。あなたの気遣いをエネルギーとして、あなたの論文を一生懸命指導する。一生懸命指導した内容をよく咀嚼して(反論してくれても全くかまわない、無視しなければ)、前回よりも良い論文を見せてくれる。その誠意とやる気をエネルギーとして、また、論文を一生懸命指導する。

自分のやったことが無駄になるのが嬉しい人はいません。自分のやったことが無駄ではなかったということがわかるだけでも、いろいろな物事をがんばるエネルギーになります。

メッセージに返信しないとか、論文指導を無視するとか、自分でがんばればどうにでもできる形式をおざなりにするなどというのは、「あなたがやったこと(やろうとしていること)は無駄だ(無駄にする)」というメッセージに他なりません。こんなメッセージを発するヤツがモテカワ卒論生になろうなどと、45億年早いといわざるを得ません。地球創世のころからやり直しことをオススメします。

「自然な疑問」を持たないように訓練されているでも書きましたが、最近の学生のみなさまは、自分の主張を表に出すということに対してネガティブな評価が下されるような育てられ方をされてきました。その結果として「能面」という形容詞がぴったりの何に対しても表情を変えず、リアクションをせず、返事も何でも「はい」と答え、分かってるんだか分かっていないんだか判別しづらい振る舞いをする方が多いです。

そんな中で、発せられたメッセージに返事し、相手の熱意に対してちゃんと答えるという姿勢を持っている学生の好感度は計測不可能なぐらい高くなることは議論の余地がありません。

ぜひ、ちょっとした工夫でモテカワ卒論生として指導教員や先輩にもてちゃいましょう。まあ、指導教員にもてると指導パワー100%くらってしまいそれはそれで大変という話もありますが、一生に一度の経験として。

その他工夫の参考: