卒業論文、修士論文の公開について。指導教員と相談してね!

機関リポジトリMy Open Archive、あるいはHappy Campusなどで卒業論文修士論文を公開する人が多くなった。

そこで、学位論文卒業論文修士論文、博士論文)の公開についてちょっと検討してみたい。結論から言うと、著作人格権は間違いなく著作者が持つけれども、著作財産権については大学によって異なる。さらに、特許や研究成果の外部発表などの関連があるので卒業論文修士論文を公開する際には必ず指導教員と相談してから公開することをお勧めする。博士論文については、国会図書館に納めないといけないことから考えると「公開」が前提なので著作者が配布する分には問題はないと思う。

学位論文著作権について

著作権は著作人格権と著作財産権に分かれる(はじめての著作権講座:著作者にはどんな権利がある?

  • 著作人格権:公表権、氏名表示権、同一性保持権
  • 著作財産権:複製権、公衆送信権・伝達権など

著作人格権は、誰にも譲ることができない権利である一方、著作財産権は契約により他者に譲渡することができる。学位論文の公開、頒布に関係するのは著作財産権。

学位論文の著作人格権は学位論文には共著者がいないことから文句なく学位論文の著者が持つ。著作財産権については、大学や大学院の部局ごとにルールが異なっている様子。以下、参考サイト。

まあ、多くの場合は著作財産権も学位論文の著者にあるのだと思う。じゃあ、問題なく公開して良いかというと、そういうわけでもない。

学位論文と特許について

著作権の問題をクリアーにしても、学位論文の公開について指導教員と相談したほうが良い最大の理由は特許における「新規性の喪失」とからむため。

卒業論文発表会(卒業論文審査会)での発表ですら、特許における発明の新規性の喪失の恐れがあるのだから、卒業論文を公開してしまったら当然のごとく特許における発明の新規性は喪失される。

  • Q:大学の卒業論文発表によって、発明の新規性が喪失しないために、発表の参加者に守秘義務を課すには、どのような手続が必要でしょうか。
  • A:守秘義務を課すための手続について、特に規定したものはないが、参加者に、研究発表会の内容の秘密保持を定めた書類を閲覧させ、署名をさせていれば、守秘義務が課せられていたことを容易に証明できます。なお、新規性を喪失しないような開示であるためには、秘密を保持すべき明示的な指示や要求は必ずしも必要ではありませんが、それらがない場合には、守秘義務があったことの証明の困難性等によるリスクが生じることに留意してください。
  • Q:平成13年12月18日に、特許法第30条第1項(新規性の喪失の例外)の規定に基づく学術団体の指定基準が改正され、大学が特許庁長官の指定を受けている場合、その大学が開催する研究集会において、文書をもって発表した場合は、特許法第30条第1項の適用を受けることができることとなりましたが、学部や学科で自主的に行われる博士論文・修士論文・学士論文の発表会は、「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」と認められるのでしょうか。
  • A:学部や学科レベルで主催する学士論文発表会等は、基本的に大学が開催する研究集会とは認められず、特許法第30条の適用を受けることができません。したがって、学生の発表する研究成果に重要な発明が含まれる場合には、論文の発表を大学主催又は共催(後援は共催には含まれない)とするか、もしくは、発表前に特許出願を行う必要があります。

余談ながら、最近の理工学系の卒業論文発表会、修士論文発表会では参加者に秘密保持契約書に署名させるのがデフォルト。

じゃあ、明らかに特許にからまない。あるいは指導教員もこの研究に関わっている人も全員特許取得の意思がないのであれば、公開してよいのかというと、まだ検討の余地がある。

研究プロジェクトと学位論文

指導教員の方針や研究分野に大きく依存するが、卒業論文修士論文のテーマとして、研究室で継続的に行われているプロジェクトの一部分を与えることはよくある。このような場合、卒業論文修士論文の公開は非常に問題となる。なぜならば、公表されてしまった研究成果を学術雑誌や学術会議に投稿できなくなるためである。

研究の重要な要素に、研究成果を社会に還元することがある。社会への還元の仕方はさまざまだが、その基本は学術雑誌や国際・国内会議に論文を投稿し、発表することだ。卒業論文修士論文も研究の一環であるから、可能であればその研究成果を外部に論文として投稿することが望ましい。しかしながら、時間の制約や成果の大きさにより外部への投稿は必ずしも行われない。

このため、複数人卒業論文修士論文の成果をまとめて一つの論文として外部に投稿することがよくある。この論文は指導教員が書く場合もあれば、学生が書く場合もある。このような場合、外部に論文を投稿する前に卒業論文修士論文を公表されてしまうと、研究成果の新規性の観点から論文が不採択になることがあり得る(その成果は既に公表されているとみなされて)。

こういうことがあるので、人によっては自分が知らないうちに自分が共著者として連名している論文、あるいは謝辞に名前が挙げられている論文が出版されていることがある。

なお、普通、博士論文においては書かれている内容はすべて既に公表されていること(もしくは近日公表であること)が求められているため、この問題が発生することは少ない。

まとめ:学位論文公開についてのチェックポイント

学位論文の公開について、あなたが指導教員と相談しないで公開したいと考えている場合は以下のチェックポイントに関して留意すべき。

  • 著作財産権の所有者は大学かあなたか?
    • 著作財産権の所有者が大学であれば、あなたに学位論文の公開・配布権はない
  • 学位論文の内容に特許取得予定(特許取得が可能な)発明が含まれていないか?
    • 含まれているならば、必ず指導教員と相談。後日、裁判沙汰になるかもしれない。
  • あなたの学位論文のテーマは、研究室の継続プロジェクトの一部ではないか?
    • プロジェクトの一部であるならば、外部への論文の投稿が考えられるので指導教員と相談すべき。
    • もしかしたら、あなたの卒業後にプロジェクト化が決まっているかもしれない。

以上の3点をクリアーしている学位論文であれば公表しても問題はないと思う。

まあ、すごく正直に言うとあんまりしょうもない卒業論文修士論文を公開されるとその指導教員、所属学科・専攻、大学のイメージが悪くなるので辞めて欲しい。逆にいえば、学位論文が公開されることを考えると基準に達していない学位論文を書いてくる学生は遠慮なく留年させるべきかもしれない。まあ、今の私から見ると私の卒業論文は間違いが大量にあって恥ずかしくて公表できないレベルだけど。