[発声練習][研究] 補足:卒論・修論テーマの選び方

YAOsanさんを混乱させてしまうようなことを言ってしまったのでお詫び申し上げるとともに補足説明させていただきます。

「興味=テーマ」は茨の道,さあどうする

ごめんなさい。私のエントリーの書き方が悪かったです。確かに以下のような文章ならば「自分の興味はひっこめなさい」と言っているようにしか見えませんね。

学生の方々へのアドバイスとしては、興味あることをそのまま研究テーマにするというのは苦難の道であることを理解していただきたい。どれくらいの情報感度、マニアック度を持っているかによって違うのだけれども、精力的に情報収集をしていないあなたが手に入れられる程度の情報の中から興味あることを選んだ場合、それは研究の世界においては掘り尽くされつつある分野である可能性が高いということ。普通は、研究者が研究をし、それを企業が実用化し、宣伝して、市場に出回った段階で素人がそれを知ることが多い。自分が玄人の分野において一般的な知識とその分野において素人である人が知っている一般的知識の違い、その知識の流通経路を考えてみればすぐにこの理屈はわかると思う。(アニメの話なんかはちょうど良いかも。一般視聴者があるアニメを語りはじめるころには、アニメマニアにおいてはそのアニメはもう「古い」話になっている。)

卒論のテーマ選択についてより)

私が言いたかったのは、興味あることを「そのまま」研究テーマにするするのは苦難の道であるということで、その興味に関連したテーマは必ずしも茨の道ではないんです。この「そのまま」というところが一番言いたいところでして、多くの場合「そのまま」だと指導教員の専門的知見をほとんど使えないので、卒論生がほぼ独力で研究を進めなくてはならず、1年間という短い時間では卒業研究を終了できない可能性がたかいからなのです。

たとえば、YAOsanさんのエントリー進学たられば恨み節にある以下の一節

自分の興味は「頭のいいゲームキャラ.ザラキばっかり使わない奴」とか「将棋や囲碁にディープブルーが出現する日」とか,「エンターテイメント用のエージェント(これでもずいぶんと曖昧である)」に使う技術に対して湧いたものだった.それを『人工知能』と呼んでいた.

にある興味を「そのまま」研究テーマにした場合

  • ザラキばっかり使わない奴」の実現
  • 将棋や囲碁におけるディープブルーの開発
  • エンターテイメント用のエージェントの開発

というようになると思います。この中で「ザラキばっかり使わない奴」の実現を考えてみます。

たとえば、ザラキばっかり使わない頭のいいゲームキャラを考える場合には次のことを考えないといけません。

  • そもそもこのテーマをやる社会的、科学的、あるいは工学的必要性があるのか?
  • ザラキばっかり使う」ゲームキャラの本質的問題点(どうしてそれ悪いのか?)とその原因は何か?
  • これまでザラキばっかり使わない頭のいいゲームキャラを実現する上でどのような研究が行われてきたか
  • そもそも「頭のいい」とはどういう条件を満たしていることか?

これらを検討していくとたぶん「頭のいい」という条件のところで大きな壁にぶち当たります。頭が良いというのはどういうことか?かなり哲学的問題であり、これをきっちりと論じるのに膨大な文献調査や精密な理論構築が要求されると予測されます(できる限り多くの人が受け入れる「頭の良い」の定義をしなければなりません)。

仮に「ドラゴンクエストのゲームキャラとして頭の良い」というように限定をしたとしても、既存のドラゴンクエストに登場するゲームキャラを分析し、その分析に基づき、多くの人が納得できる「ドラゴンクエストのゲームキャラとして頭の良い」を定義しなければなりません。

その後に、どうして「ザラキばっかり使う奴」が「ドラゴンクエストのゲームキャラとして頭の良い」の定義から外れているのかを分析して、それが問題であることを主張します(まあ、ゲーム的におもしろくないからでしょうが)。次に、どうしてそのような「ザラキばっかり使う奴」が発生してしまうのか調べ、根本原因を探ります。

原因の特定にもかなりてこずることが予想されます。行動決定アルゴリズムが悪いのか?それても入力データが悪いのか?その両方が悪いのか?これらを切り分けるのも難しいでしょう(そもそも、行動決定アルゴリズムが公開されているのかわかりません。公開されていなければもう研究がすすめられない可能性があります)。

原因が特定できたとして、今度は問題を解決する解決方法を提案しなければなりません。今回の話に適用できそうな行動決定に関する研究について先行研究があるかどうか、あったとしたらどこまでやられているのかを調べないといけません。

もし、先行研究があり似たような話で使われたことがないのであればその研究成果をザラキばっかり使わない頭のいいゲームキャラの実現に応用します。もし、存在しなければ新たな行動決定のアルゴリズムを提案します。

また、一方で、行動決定の行い方もたくさんの種類がありますので、そのうちのどれを使うのかを選択する必要があります。確率をつかうか?ニューロンを使うか?論理を使うか?非線形計算を使うか?場合によっては複数を採用して比較しなければいけません。

そして、応用したアルゴリズム、あるいは提案したアルゴリズムの有用性について評価が必要なので「ドラゴンクエストのゲームキャラとして頭の良い」の定義から評価方法を考え、評価します。

以上をひととおり終えると「ザラキばっかり使わない奴」の理論的な研究部分が終わります。(卒論ならばここまででOKでしょう)。理論的な部分が終わったら実現に進みます。


自分が専門分野でない事柄についても、多くの先生方は私が上に書いたような非常に大雑把な研究の進め方を提示することはできると思います。しかし、実際に上の研究を始めたとき、自分の分野ではないのでどのくらいの先行研究があるか、先行研究があるとしてどこにその文献があるのかについて勘が働きません。よって、基本的に上記の作業を卒論生一人でやらなければなりません(先生が先行研究の調査をしてくれることはありえません。自分の研究や業務で忙しいですし)。壁にぶつかったときのフォローもなかなかしづらいです。

一方で、自分が興味が持っているポイントと指導教員の専門分野をうまくすり合わせることができれば、研究の各段階でサポートを得ることができます。

たとえば、「ザラキばっかり使わない奴」の実現という話について、実は「計算機に人間のように思考させたい」「計算機を使って人間のように行動させたい」というポイントにあるのであれば、指導教員が扱っている研究範囲の中で「計算機に人間のように思考させたい」「計算機を使って人間のように行動させたい」というポイントを満たす研究テーマを選べば卒論生も指導教員もハッピーになれるわけです。

もっとも,自分の体験やid:Hashさんが(エントリを見る限り)悩んでいるのは「我慢できなかったんだけど,もう修士始まっちゃったよ,どうしよう」という状況である.

落ち着きのない三十路(数えで):「研究の勉強」「テーマ決め」ってなんだより)

もし、今やっているテーマが嫌で我慢できないのであれば、修士が始まって殻でも遅くはないので、自分の興味と指導教員の得意ジャンルをどうにかすりあわせて、そこそこ興味が持てる(あるいは、自分が将来やりたいことに役立つ)テーマを見つけるのが良いと思います。興味を引っ込めたり、捨てたりするのはすりあわせが失敗に終わってからでも遅くないと思います。

あと、余談ですが背水の陣は非常の策(普通はやらない作戦)ですから、基本的に背水の陣を敷くのはおすすめしません。逃げ道と逃げ場所を確保して、失敗したときの再起が可能にしておくのが常道です。自分を追い詰めたらダメ。危機に陥ったときに最高のパフォーマンスを発揮するのは一部のスーパーマンだけです。常人には余裕が必要です。

勇敢に戦うためには逃げ道が確保されていて、帰れば安全と思われる場所がなければならない。これが通常の策。この通常の策ではどうにもならないときに、一か八かの背水の陣がある。われわれは、常に他人にたいして背水の陣を求めていないだろうか?それが、非常の策であるのにもかかわらず。

背水の陣が好きな日本人というところかなより)