昨年秋のIPAフォーラム2007に引き続き、学生討論目当てでIPAX 2008に行ってきた。
「IT産業が国際的な飛躍をめざすために、学生への期待 〜ITプロフェッショナル技術者の重要性と学生に魅力を感じさせるIT産業とは〜」
〜ITプロフェッショナル技術者の重要性と学生に魅力を感じさせるIT産業とは〜」
- @IT:「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論
- IT Pro:「IT技術者はやりがいがある仕事か」---学生とIT産業のトップが公開対談
- IT Pro:学生とIT業界トップの公開対談で胸を衝かれたこと---IT産業を呪縛する“変われない日本”(2008/6/1追記)
前回のIPAフォーラム2007での感想は以下のとおり。
情報はいろいろ収集できたけれども、討論会として正直つまらなかった。
- 第一に時間が短い(1時間)
- パネラーが多い(企業側3名、学生10名)。一人当たりしゃべる時間が短くなる。自己紹介だけで1時間中10分を消費。
- 企業側パネラーの意図認識不足。お忙しい御三方なので準備する時間が足りなかったと思うけれども、結構見当はずれの答や持論の開陳があり討論会のテンポが悪くなった
- 討論会のやり方がうまくない。質問や意見をその場で考えさせる形式は素人にはきつい。パネラーへは質問を教えておかずに、学生側への質問「IT産業のイメージについて」、「IT企業のイメージと印象について」「IT技術者という仕事へのイメージと印象について」、産業界側への質問「企業が欲しいと思う人材」についてそれぞれ答えてもらう形式だったけれども、予め質問の回答を書いてもらいそれの補足の形で回答者にコメントをもらう形式がよかったと思う。
今回の討論会は進化していた。
- 時間は2時間になった(前回1時間)
- あらかじめ質問を示しておき、回答を準備してもらっていた
次の点は変わっていなかった。
- パネラーが多い(企業側3名、学生10名)。
私が昨年のIPAフォーラム2007の討論会を見ていたためだと思うけれども、前半の1時間ぐらいは正直つまらなかった。理由は、前回の討論会でもさんざん聞いたIT企業のイメージに関する話だったので。ただし、初めてこの討論会を聞く企業側の人にとっては、今の学生が自分の業界をどうとらえているのかを知ることができるのでいたしかたない構成だったとは思う。二回連続で聞いている人は少数だろうし。
今回の討論会は慶応の斉藤さんとCSKの有賀さんの活躍が光った。というか、この二人をパネラーとし、司会田口さんの計3人で90分ぶっちゃけ討論会をした方が絶対に楽しいし、いろいろと刺激的だと思う。斎藤さんと他の8名の学生との違いっぷりはおもしろかった(1名は社会人経験者だったのでこの方もちょっと異質だった)。斉藤さん手慣れ過ぎな雰囲気。質問も素晴らしく、有賀さんと良いペアーだった。
この@IT:「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論で言われている「10年泥のように働け」の部分は確かに討論会中も盛り上がったけど、この記事の書き方はちょっと意図的なような。
西垣氏は伊藤忠商事の取締役会長丹羽宇一郎氏の「入社して最初の10年は泥のように働いてもらい、次の10年は徹底的に勉強してもらう」という言葉を引用し、「仕事をするときには時間軸を考えてほしい。プログラマからエンジニア、プロジェクトマネージャになっていく中で、仕事というのは少しずつ見えてくるものだ」と説明。これを受けて、田口氏が学生に「10年は泥のように働けます、という人は」と挙手を求めたところ、手を挙げた学生は1人もいなかった。
はてなブックマーク:「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論 - @ITでは、この発言を「奴隷のように10年働け」ととらえているけれども、多分西垣さんの言いたいことはそうではない。西垣さんが引用した言葉は「10年泥のように働き、次の10年で人材管理などを十分勉強してもらい、次の10年で学んだことを発揮してもらう」というような意味合いだった。言いたい言葉の意図は「業務を体に覚えさせ、体で覚えた業務をもとに人材管理を学び、そして、管理・運営を行える人材となる」ということだと思う。なので、10年奴隷のように働けというのはうがちすぎな見方。古い考えかもしれなけれども、エリート主義(いきなり人材管理から入らせる)ではなく、現場叩き上げ主義なのだから、エリート批判に傾きがちな世論からすると結構賛同できる言葉じゃないかと思う。
(参考:まず入社して十年間は泥のように働いてもらう――丹羽宇一郎さん)
ちなみにこの話の流れで、有賀さんが「この業界では10年は長い。3〜5年だ。3年で必要な知識を身につけなければいけない」と発言し、向さんも西垣さんも同意していることを申し添えておく。ただ、私もこの話を聞きながら、昨今の労働観や社会状況からすると、10年働いたあとにその会社がちゃんと生き残っているのかどうかが不確実なので西垣さんが提示した現場叩き上げ主義というのも合わないかもなぁと感じていた。
討論会でおもしろかったのは、ソフトウェア開発者は専門職か?という問いかけのあたり。いろいろな話がでておもしろかったがおもしろかった点をまとめると以下のとおり。
まず、どうして採用時に技術力が求められないのかという点について。IT業界と十把一絡げにまとめているが、人材がもっとも欲しいと思っているのは業務システム・インフラ系システムを開発しているところであり、ここで求められる人材像は業務知識に精通し、かつ、大規模システムをチームワークで作れる人材である。技術力を持っているに越したことはないが、技術力があったとしても業務知識がないと開発に投入できないので、どうしても社内で教育して育てる必要がある。このような業務システムの開発は、西垣さんが引用した現場叩き上げ主義とよくマッチする。入社後にいきなりスター開発者としてバリバリと力を発揮するのは開発しているシステムの観点か難しい。なので、以下の西垣さんの発言がでてくる
天才プログラマのように技術を極めるのであればそれを生かす道に行くべきであって,企業に入って大型システムを開発するのはもったいないか向いてない
(IT Pro:「IT技術者はやりがいがある仕事か」---学生とIT産業のトップが公開対談より)
これは、非常に正直で有用な情報だと思う。
では、現在の技術力を評価してもらってその技術力に応じた収入と責任をすぐに欲しいならば、「本当に自分が売れると思う人は、そういう個々人のスキルが最大限に生かせる企業に行くといい」という有賀さんの発言になる。まあ、有賀さん曰く、優秀な人は研修期間中にいろいろとわかるので、研修を途中で打ちきってすぐに能力を発揮できるようなところに配置するとのこと。また、社員にも「自分を高く売れると思うならばどんどん外にいって良いよ。でも、売るなら今の2倍以上の値段で売りなさい。2倍以上で売れないならうちに残ったらいいんじゃない?」と言っているらしい。
専門教育が重視されていない理由(優先順位が低いと思われる理由)については私が理解した限りでは以下のとおり。
- 人数が一番欲しい業務システム開発では、社内教育が必要不可欠で、専門性が高い=即戦力にならない
- 当たり前にできているべき、コミュニケーション、文書の読み書きができていない人材が多く、そっちの教育からスタートしなければならないのがバカらしいので、それができている人をとりたい
「学生時代に学んでおいてほしいこと」というテーマでは、「よく調査などでは文書作成能力やコミュニケーション能力が上位に上がるが、これはIT業界に限った話ではない。できて当たり前で、それができていないから企業側が苛立っている証拠だ。高校までに学ぶべきことで、どちらかというと日本の教育制度の問題」(有賀氏)と主張。
(@IT:「10年は泥のように働け」「無理です」――今年も学生と経営者が討論より)
- 専門教育を受けている人材が年間たかだか2,000人ぐらいしか輩出されないため、専門教育を受けていない人を採用せざる得ない。そうすると社内教育をしなければいけない(どうせ、教育するなら専門教育を受けている人材を追加コスト払ってまで採用せんでも良い)
CSKの有賀氏は,そもそも専門課程の学生数があまりに少ないとする。「日本に情報系学科の在籍者は8万人しかいない。これは経営工学など社会科学系も含んでいるので,工学系は2万人。1学年あたり4000人しかいない。しかしそのうちこちらの期待するレベルの勉強をしているのは4分の1で,つまり 1000人程度。情報サービス産業は非専門家によって成立している」と有賀氏は言う。「コンピュータ・サイエンスの学科を増やさないと問題は解決しない」(同)。
(IT Pro:「IT技術者はやりがいがある仕事か」---学生とIT産業のトップが公開対談より)
有賀さん曰く、現在IT業界とよばれるところは80万人の雇用があるが、専門教育を受けたちゃんとした人材だけで仕事すれば8万人で済むとのこと。それぐらい、今のIT業界は専門教育を受けていない人材が含まれている、すなわち、それでちゃんと回るような社内教育システム、開発体制、長時間労働体制が構築されているということだと思う。
今回の討論会を聞いて、企業が求める人材像がどうしてそういう人材像になるのかをよく理解できた。
あと、おもしろかったのは東京情報大学の方が質問した「私はずっと技術者のままでいたいのですが、何がおもしろくて経営者になろうとしたのですか?」という質問。産業界側の人たち全員が「おもしろそうと思って経営者になったわけじゃない」と答えていたのがおもしろかった。向さんの「自分でやりたいことをやろうと思ったら経営者になるしかなかった」という答えが多分本質なのだと思う。有賀さんのある意味意地悪い質問も意地悪ジジイぶり全開で素敵だった。しかもそれをかわいい女学生に言うというのがたまらない「技術者のまま行かれたら良いと思いますよ。主任技術者、執行取締役員待遇技術者とね。ただ、技術者であるためには常に最新技術の半歩先にいなければならない。それができるのであれば技術者で一生を通すなんて素敵じゃないですか。」
展示
討論会の後、次に申し込んだセミナーまで時間があったので展示を回った。さすが、未踏関連の発表があっておもしろい。
- 実装言語独立でモジュラリティーの良いコンパイラキット SCK:漢の展示だった。コンパイラの勉強をちゃんとやったことないので(概略のみ)、説明受けるまでその旨味がわからんかった。ポスターもコンパイラの各部位のソースコードだし。「なんでEmacs Lispなんですか?」「不要なものをインストールせず、Emacsだけで済むからです」
- ビジネスロジック記述向けDSL SPECRIPT:話を聞くまでBPELのことかと思っていたら違っていた。業務システムの開発者は入れ替わりが激しいのでそれをどうにかしないといけないという問題意識からでたものだと言うこと。
- 表情空間チャートの生成と表情表出リズムの可視化ツール:顔の表情を6つ(笑い、驚き、悲しみなど)にわけ、今の表情の覚醒度(それぞれの要素が今の表情にどれだけ現れているのか)を時系列で記録し、楽譜のように表現する(これを表情譜と呼ぶらしい)。それを使っていろいろやろうという話。発想がおもしろいけれども、表情譜の基礎となる6つの表情というのに説得力が足りないように思えるのが残念。
- SQS(Shared Questionnaire System):アンケート調査プロセスを共有・再利用し、「社会調査2.0」を拓く:よくできていた。作成したアンケートを紙でもWebでも実施できるのが素晴らしかった。
- JTAGを応用した新しい組み込み機器開発技術:今回一番感心した。こういう製品が今までなかったというのが不思議。組み込み系ソフトウェアの需要が増すいまこそこういうツールが必要不可欠。
- 仮想化管理システムと連携するソフトウェア管理システム:すばらしい。研究室の学生にWindowsのフリーソフトを紹介するのがだるくてだるくてしょうがなかった私にとってこれは素晴らしいソフトウェア。簡単にいうてDebian GNU/LinuxにおけるaptをWindowsでもつくろうという話。中学校や小学校で作業環境を整えようという話にも便利だと思う
- 分散システムの開発を支援するテストベッド:分散システムの研究をしている人が直面する悩み。「実験環境を実機で作る」2、3台ならともかく10数台になった瞬間目の前が暗くなるのだけど、これが実現すれば、そんな思いをしなくて済む。素晴らしい
- みんなで創るRPG:共演システムがすごいおもしろかった。RPGツクールを開発しようとしていて新たな地平を切り開きそう。Web太秦村を作っちゃえば良いのに。
- Sequential Graphics:臨場感を描画するソフトウェア:今回、一番頭をゆさぶられた展示。物事のとらえ方があまりにも違っていたのでとても刺激的だった。芸術系の奥深さを感じる。
- 働く女性のための「家事分担支援ホワイトボード」システム:説明を聞こうと思って、ストーカー的にうろうろしていたけど、常に誰かがいて話聞けず残念。外側から見るに、デバイスがノートPCだったのが残念。ぜひ、冷蔵庫などに貼り付けることのできるリアルホワイトボード型デバイスでやってほしい。たぶん、流行る。
- ディスプレイ統合・共有システム および マルチマウス環境:説明を聞かなかったけど、見れば分かる便利さ。お金がない学校なんかだとこういうの欲しいよね。
- 柔軟性のある物理ベースレンダリングアーキテクチャの開発:動いている上野くんを見れただけで満足。実在する生物だったんだぁと思った。説明は多分聞いてもわからんのでパスした。
- 三次元折紙設計ツールの開発:ポリゴンで構成された3次元物を折り紙でどうやっておるのかを解析してくれるツール。一見、役にたたなさそうだけれども、これは応用がたくさんあると思うので期待。
IT人材育成セッション4 「新試験制度・スキル標準改定への期待〜IT人材の裾野拡大にむけて〜」
有用な事例を聞けて良かった反面、構成としてはぐだぐだだった。東京工科専門学校 WEBプログラミング科の科長の芦澤さんがアグレッシブな攻めを見せていておもしろかった。曰く、「上流工程から下流工程までを一通りできる学生を送り出しているが、採用されるのは有名大学の卒業生やコミュニケーション能力という胡散臭い能力を持つ、バイトや体育会系の部活動をしていた学生。こういうのはおかしい」。これへの芦澤さんへのTISの会田さんと松下電器産業の濱さんの対応から、午前中の討論会で言われていたことが如実に伺えておもしろかった。
業務システムを開発しているところからみると、「上流工程から下流工程までを一通りできる学生」が入ってきてもすぐには使えず、教育しなければいけない。なので、「上流工程から下流工程までを一通りできる学生」+業務を覚えられる学生でないといけないというのがたぶん、企業の採用戦略なのだろう。そして、そもそも専門知識があまりない学生を社内教育で育ててきた経験から、業務を覚えられる学生の優先度が高くなったのだろうと思う。