「文明崩壊」と「環境問題をあおってはいけない」

今、流行りの環境問題に関する本。不都合な真実は読んだことないけれども、こちらのほうがよっぽどセンセーショナルなのではないかと思う。

ジャレド・ダイアモンドの大作。銃・病原菌・鉄を読んでとてもおもしろかったので、期待して読み始め、読み進むのがあまりにもつらく挫折していた本を半年くらいかけてやっと読み終えた。

読み進むのがあまりにもつらかった理由は、読みづらいのではなく本で紹介される社会の崩壊の描写があまりにもやりきれなかったから。特に上巻は滅亡した社会について、あるいは滅亡しつつある社会について述べられている。上巻の目次は以下のとおり。

  • プロローグ ふたつの農場の物語
  • 第1部 現代のモンタナ
    • 第1章 モンタナの大空の下
  • 第2部 過去の社会

著者はわざと何も言わないけれども、言われなくとも現在の状況と重ね合わせて過去の例を読んでしまうのでまあ憂鬱になること。当然、おろかさによって滅亡が加速したのも理由だが、多くの場合はそのときそのときでは悪い選択ではないのに結果として滅亡の原因になっていることが多い。上巻を読み終えたあとで、数ヶ月下巻を手に取る気がわかなかった。

滅亡の流れはかなり似通っていて、そのキーワードとなるのが地味の流失。地味の流失の原因となるのは主に二つ。森林の過剰伐採と農作業/放牧。森林の過剰伐採と農作業/放牧の原因となるのが人口増加。人口増加をある程度まで制御し、地味の流失を防いだ社会は生き残り、そうでない社会は滅びていると読み取れる。

下巻の目次は以下のとおり。

  • 第2部 過去の社会(承前
    • 第9章 存続への二本の道筋
  • 第3部 現代の社会
    • 第10章 アフリカの人口危機 ルワンダの大量虐殺
    • 第11章 ひとつの島、ふたつの国民、ふたつの歴史 ドミニカ共和国とハイチ
    • 第12章 揺れ動く巨人、中国
    • 第13章 搾取されるオーストラリア
  • 第4部 将来に向けて
    • 第14章 社会が破滅的な決断を下すのはなぜか?
    • 第15章 大企業と環境
    • 第16章 世界はひとつの干拓地(ポルダー)

下巻では、滅亡しなかった社会と滅亡した社会の違いはどこにあったのか、そして現在の状況はどうなのか。社会や政治の力で環境崩壊は防げるのかについて例が紹介されている。上巻とは違い、ある程度の希望は残す内容。それでもあまりにも暗い未来しかないように思えてしまう。

私は、この本の前に環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態(amazon.co.jp)を読んでいたので、最近の環境問題に対するテレビや本の姿勢は眉につばをつけて見たり、聞いたりしていたが、この本を読んでちょっと意見が変わり始めている。

細かいリサイクルをどうやるかとか、割り箸を使わないとか、スーパーのゴミ袋をどうにかしようとか、捕鯨がどうのこうのとかについてではなく、大まかな環境問題に関する姿勢として、「文明崩壊」のほうが「環境危機をあおってはいけない」よりも説得力があったように思う。

私の理解する「環境危機をあおってはいけない」の基本的な主張は、
「環境問題は確かに深刻だ、必ずどうにかしなければならない。ただし、我々の資源(人材、資産、能力)は有限であるから、世界の現状を正確に把握し優先順位をつけて優先度の高いものから取り組んでいこう」
というものだ。この主張の背景にあるのは、現在社会の環境問題に対する反応は現状ではなくイメージによって引き起こされており、環境保護団体は正確な現状を伝えるよりもイメージを喚起することに力点を置いているという認識だ。なので、著者のビョルン・ロンボルグは、現在のデータを洗い直し、ヒステリックなイメージ喚起を牽制する(なので、本の内容の基本が統計データの読み方や丸め方、生データの信憑性に対する分析になっている)。その上で、ロンボルグが主張するのは、

  • 環境問題は深刻で無視できるものではないが、現状分析なしに今すぐ突撃しなければならないほど切迫はしてない
  • 長い歴史を通して、人類はこれまで着実に貧困を減らし、飢餓を減らし続けている。しかも、これからもそれは期待できる
  • 人類による環境破壊が発生したと考えられる産業革命以後、新たな技術を開発し環境破壊に大して人類は着実に対応できている(大気汚染率は減っている)。これからも、代替エネルギーへの移行を通して、環境破戒に対応できると期待できる

私は、ロンボルグの「環境問題は確かに深刻だ、必ずどうにかしなければならない。ただし、我々の資源(人材、資産、能力)は有限であるから、世界の現状を正確に把握し優先順位をつけて優先度の高いものから取り組んでいこう」に大賛成ではあるが、ダイアモンドの以下の主張を読むと、ロンボルグが主張する3つ楽観論はちょっと成り立たないかなぁという気になる。ダイアモンドの主張(環境問題に対する反論に対する反論(p. 335より)でロンボルグの主張に関するものをまとめると以下のとおり。

  • 「科学技術がわたしたちの問題を解決する」という反論には、新たに作り出された科学技術が新たな環境破壊を生む可能性が高い。言い換えると、新たな科学技術が新たな予期せぬ問題を作り出さないとは考えにくい。
  • 「ひとつの資源を使い果たしたら、同じ需要を満たす別の資源に切り替えればいい」という反論には、移行期間(数十年間)に従来の問題ある資源によって環境破壊が続くことを忘れている
  • 「世界の食料問題というものは存在しない。食料はすでにじゅうぶんにある。われわれはただ、そのしょくりょうを必要な場所へ届けるための輸送問題を解決すればよい(エネルギーについても同様)」という反論に対しては、先進国の人々が自分の食料を減らして、第三世界の人々に分けるなんて考えられないし、継続的に第三世界の人々に金銭や食料を送りつづけるということが考えられないので無理だ。しかも、人口抑制策をとらずに第三世界に食料を提供したならば、人口爆発がおき、再びマルサス的窮地(人口増加の速度と食料生産増加の速度は必ず人口増加が勝つ)に陥る。
  • 「生活水準は増加しつづけている」に対する反論は、第三世界特に中国、インドが先進国並の暮らしをするには食料、エネルギー、諸原材料、環境が足りない。先進国の人間一人は、第三世界の人間一人に大して6倍の環境負荷を与えているので、先進国並の生活をする人口が2倍になれば、環境負荷は12倍になる。
  • 「環境問題が絶望的な結末を迎えるにしても、それは遠い将来のことで、自分は死んでいるから真剣に考える気にならない」という反論については、社会が滅亡するのに長い時間はいらないという事実(数十年で十分)と自分の子供が大人になるのは数十年後であるということを考えればすぐに分かる。

ダイアモンドの主張の「新たな科学技術が新たな予期せぬ問題を作り出さないとは考えにくい」というのが一番説得力のあるポイントに感じた。

なので、以上の認識からのダイアモンドの主張は、未来の科学技術に期待するよりも今起こっている環境破壊を食い止めるための行動をとろうということ。特に現代は世界はグローバル化しているので、地球の裏側の国の環境破壊がわれわれ自身にすぐに降りかかってくる可能性があることも合わせて主張している。

また、p.352で述べられている環境問題と政情不安定の関係は恐ろしい。

ここでしばし、先進国の環境問題を離れて、過去の崩壊から得た教訓が今日の第三世界に適用できるかどうかを考えてみよう。まずは、環境についての知識は豊富だが、新聞を読まず、政治にまったく興味を持たない”象牙の塔”の経済学者に、最悪の環境ストレスもしくは人口過密、もしくはその両方をかかえた国をいくつか挙げてもらう。答えはこんな感じだろう。「考えるまでもなく明らかだ。環境ストレスか人口過密に悩む国のリストに必ず入ってきそうなのは、アルファベット順に、アフガニスタンバングラディシュ、ブルンジ、ハイチ、インドネシアイラクマダガスカル、モンゴル、ネパール、パキスタン、フィリピン、ルワンダソロモン諸島ソマリアなどだな」

次に、環境問題や人口問題に無知な、あるいは関心の低い先進国の政治家に、世界でもっとも不安定な地域を挙げてもらう。政権が倒されて崩壊した、もしくは崩壊の危険をはらんだ、もしくは内戦で土台の揺らいだ国。そして、内政問題が高じて先進国の援助に頼らざるを得なくなったり、不法難民を大量に出したり、内乱やテロに対応するための軍事支援を仰いだり、ときには派兵を求めたりする国。答えはこんな感じだろう。「考えるまでもなく明らかだ。政治的に不安定な国のリストにどうしても入れなくちゃいけないのは、アルファベット順に、アフガニスタンバングラディシュ、ブルンジ、ハイチ、インドネシアイラクマダガスカル、モンゴル、ネパール、パキスタン、フィリピン、ルワンダソロモン諸島ソマリアなどだね」

意外や意外。ふたつのリストはぴったりと重なり合う。

これは著者の主張なのでぴったり合うのは当然だが、このリストと別の本で挙げられたリストを合わせると怖い未来が見えてくる。子ども兵の戦争でも挙げられていたが、子ども兵が使われる国は紛争が収まらない地域と一致しており、紛争の収まらない地域は貧困な地域と重なっている。つまり、環境破壊/人口過密=貧困=紛争=子ども兵の使用という嫌な等式がなりたっているということになる。環境問題は経済問題であり、環境問題は、安全保障問題であるということ。

ここまで、くると一般市民たる私はもうどうしようもない気分になり気持ち悪くなってしまう。けれども、「文明崩壊」は後ろの参考文献の部分こそ、本当に我々にとって役に立つ具体的な行動の指針が述べられている。「文明崩壊」という本の本文は、レコーディングダイエットでいう「離陸準備」であり、参考文献381ページからの5ページが本当の離陸となる。長いので引用はしないけれども、要点をまとめると以下のとおり。

  • 個人の運動は無力ではない。実際に企業に対して行動を変えさせた実績がある。
  • 基本は投票である。あなたの守りたい環境を守ってくれる人を選挙で選ぼう。
  • 不買運動は、強力な手法だが、成功させるためには不買の相手をよく検討するべき。鉱山会社に行動を買えさせたければ、その鉱山会社と取引のある貴金属会社(たとえばティファニーなど)を不買運動の対象とするべきだ。大口顧客の意見には逆らえない会社が多い
  • 企業が環境保護活動を行うことに利点を与えるべき。まずは、環境保護活動を行った企業を褒めよう
  • 環境保護団体にお金を寄付するのも有効だ。世界自然保護基金WWF)は世界で3本の指に入る資金が豊かな環境保護団体だが、予算は平均100万ドルで、これを100ヶ国以上にわりふり、動物から植物まで、海生生物から陸生生物まで守ることに使われている。この現実から考えれば、あなたの寄付する数百ドル(数万円)で活動が変わると考えてよい。

重くて、きつい内容だけれども時間があれば「文明崩壊」は読んでみた方がよいと思う。ただし、解毒剤として「環境問題をあおってはいけない」もご一緒に。