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子ども兵の戦争

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 子ども兵──「見えない」兵士たちで紹介されていてずっと読みたいと思っていて読めなかった本。正月休みに読んでみた。

ハードカバーだし、内容は重いし、よみづらいかなぁと思っていたらぐいぐいと読まされた。読み進めていくほどにどうしようもない気力を吸い取られるような事実が淡々と冷静に紹介されていく。

子ども兵を減らすための方策として述べられている次のまとめがこの子ども兵というやるせない現実の重さを物語っていると思う。

子どもの兵士の使用禁止をめざすグループには、新しい戦略が必要になる。もう、国際社会に子どもの兵士を使うことは道徳的にまちがっていると納得させる必要はない。むしろ、子どもの兵士を使えばメリットがコストを上回るという、紛争指導者たちにありがちな思い込みを変えなければならない。子どもの兵士を使う刊行とその根底にある政治的、経済的な理由付けに直接対応することで、将来子ども兵士を使うかも知れない組織の考え方を変える公算がはるかに大きくなる。(pp.227-228)

著者は冷静にしかし、いたましい現実から目をそらすことなく子ども兵が何故戦争に使われるようになったか。そして、このままでは今後も子ども兵の使用が拡大していくのかを分析している。この分析を読むうちに、日本においても子ども兵を用いた血で血を洗うような出口のない紛争の可能性が見えてくるのが怖い。それほどまでに、子ども兵をテロ行為、武力行使に利用するのは理にかなっている。今、日本の経済が落ち目で、日本が中国に抜かれる云々とあるが、われわれ大人が絶対に譲ってはいけないのは、日本を(できれば日本の周辺も)子ども兵を用いて紛争に明け暮れる地域にしてはいけないということ。

子ども兵が利用される地域と世界の紛争が収まらない地域は一致する。そして、その地域は世界でも貧困な地域とも一致する。子ども兵の存在を許さないためには、軍閥の跳梁を許さない程度にしっかりした国家と治安維持能力、カラシニコフに代表される小火器の流入を許さない、そして、子どもたちに教育の機会を与え、今日死ぬことより、明日生きていたほうがいろいろと楽しい可能性があるということを伝えないといけない。

結局のところは、極端な貧困をつくらず、あるいはそこから這い上がるためのチャンスを常に提供できるような社会を維持しなければならない。そのためには、わかりやすい、心がスカッとするような解決法がない。弱者にまぎれて甘い汁を吸う人間がいるのをこらえて、弱者を救済しなければならない(当然、甘い汁を吸う人間を減らさなければならない)。権利ばかり主張して義務を果たさない人間がいるのにも我慢して、権利を保障しなければならない。短時間で何かが変わることを期待せず、長期間努力を積み重ねて少しずつの改善を受け入れなければいけない。

ぜんぜん、楽しそうな社会じゃないけれども、子ども兵の戦争に描かれている絶望の世界に比べれば天国だ。

子ども兵が使われている国は日本からすると遠い国々だ。中央アフリカスリランカ北部、ミャンマーなどの東南アジア。でも、ぞっとする現実は、子ども兵を使う輩は、もう国境をあまり意識していないということ。アフリカや東南アジア資金を得た輩が、日本や中国、韓国でひと働きしようとやってきてもおかしくはないと思う。

子どもたちを新たな新兵予備軍とみなす論理的根拠の典型例が、リベリアのケースだ。米マサチューセッツ州のプリマス刑務所を脱獄したチャールズ・テイラーは、一九八九年のクリスマスイブ、小火器だけを手にした百五十人のしろうと兵士の「軍隊」を率いてコートジボワール国境からリベリアに侵入。リベリア政府打倒を目指すテイラーの「侵攻」はほとんど注目されなかった。

だがまもなく、テイラーはローティーンを中心とする子どもたちを集めて兵士にすることで兵力を数千人規模に拡大した。〜中略〜

すでに超大国の後ろ盾を失っていたリベリア政府は、侵攻後まもなく崩壊。続く内戦で二十万人以上が死亡、百二十五万人が難民となった。〜中略〜。十年後、テイラーリベリア大統領となって、兵力を動員するための新戦略にどんな見返りが期待できるかを示した。(pp. 83-84)

ぜひ、できる限り多くの人にこの本を読んで欲しい。そして、新聞やテレビで外国の紛争を報道するときにはそこで子ども兵を使っているかどうかを報道して欲しい。私は子ども兵を使っていないほうを支援する政党に票を入れるから。