卒論をやってみてから博士進学を考えた方が良い

能美市北陸先端科学技術大学院大学(潮田資勝学長)は、5年かかる博士号を4年で取得できる「スーパードクター(SD)プログラム」を設ける。世界を舞台に新たな研究テーマに取り組む優れた学生を発掘するのが狙いで、大学3年終了時点で入学できる。募集は3研究科でそれぞれ若干名。

 SDプログラムのために組織した教員たちが研究指導や教育を行う。入学料を免除するほか、学生寄宿舎の寄宿料免除、年間120万(博士前期課程)〜180万円(博士後期課程)の奨学金給付、海外の大学・研究機関への研究留学の必要経費を支援――など「最高水準の」経済的支援を提供する。

 同大は10月6日午後1時半から、同大と東京サテライトキャンパス(東京・港区)で受験説明会を開催する。問い合わせは同大入学支援室(TEL0761・51・1962)へ。

(2007年10月4日 読売新聞)

(太字強調は私)

教員になって、3年。研究室に配属されてから10年しかたっていないけれども、この10年間の経験からいうと研究というものにまったく適性のない人が存在した。また、ある程度の適性があったとしても、修士研究の取り組みを見る限り博士課程にいっちゃいけないなぁという人も存在した。なので、上記の「大学3年生終了時点で入学できる」というのは非常に危ないと思う。

正直、大学3年生までに経験するのは基本的に正解が存在する問題を与えられてそれを解く「課題解決」だ。一方で、卒業研究から始まる「研究」というのは問題自体を探し、その問題に答えがそもそもあるのか、あるのであればどういう答えなのかを明らかにする「課題発見」である。よく言われる「勉強ができるからといって、研究ができるわけではない」という言葉は、課題解決の能力がそのまま、課題発見の能力に結びつかないことを意味している。

だからといって、課題発見の能力が課題解決の能力よりも上等なものかといえば、そんなことはなくてバランスの問題。世の中はそれぞれの能力をそれぞれの割合で持っている人がそれなりに適切なところに配置されて回っている。

また、研究は、アイデアを出した後にそのアイデアを他の人々に理解してもらうために説得するプロセスがあるので、アイデアマンなだけでは無理。思ったよりも地味な説得材料作りをしなければならない。そうでなければ、「口先だけ立派なことをいう」という評価をうけるだけ。まあ、ここいらへんは大なり小なり創造的なプロセスを含むすべての職業でいえると思うけれども。

私が見た研究に向く適性は以下の3つ。

  • 自分の理屈にしたがうと常識や規則を破ってしまう場合に、最終的にはその常識や規則を破ってしまう
  • どれくらい時間がかかるかは別として、手を動かして、アイデアを実現してしまう
  • 物事を複数の視点でみる(言い換えると、事実をどうにでも解釈して都合のよいようにしてしまえる)

まとめると、ずぶとい、かつ、努力家(粘着質?)。これらの性質は課題発見能力を発達させるのに有利に働くと思う。なぜならば、新たな問題を見つけるとは、従来常識だった事柄を否定すること、あるいは、従来重要と思われ無かったことが実は重要であると指摘することだからだ。こんなのはずぶとくないとできない。

それで、研究に適さないのが上記3つの特性を裏返した人

  • 自分の理屈にしたがうと常識や規則を破ってしまう場合でも、その常識や規則を破れない。あるいはそもそも常識や規則を破ろうという発想がない
  • 手を動かしてアイデアを実現することがない。実現するために努力をできない
  • 事実を一つの視点でしかみない(事実の解釈が一つ)

まとめると、常識人、かつ、誠実。これらの性質は課題発見能力を発達させるのに不利に働くと思う。

課題発見能力も基本的には発達させるものだから、だれでもある程度は持っているものだと思うけれども、性質/性格によって、発達させやすいかさせにくいかが異なる。つまり、研究が性にあうか合わないかで研究に必要な能力の発達度が変わる。

多くの大学のカリキュラムでは、大学3年生までで分かるのは課題解決能力の優秀さであり、課題発見能力がどれぐらい発達しているかではないと思う(プロジェクト型の授業や課題発見型の授業をしている場合は別)。本人自身も自分が課題発見能力が求められる研究が楽しい(向いている)かどうかを大学3年生までに知ることは無理だろう。やっぱり、とりあえず1年間卒業研究を試してみて、どうにか向きそうであればその後の進路を検討するのが穏当な手段。別に研究に向かなくても世の中には研究と同じかそれ以上に重要な仕事はたくさんあるのだし。誰でも服飾デザイナーになれるわけでなく、誰もが服飾デザイナーになりたいわけでもないのと一緒。

でも、記事に書いてある「スーパードクタープログラム」は、明らかに途中で進路が変更できるシステムとは思えない。「入学料を免除するほか、学生寄宿舎の寄宿料免除、年間120万(博士前期課程)〜180万円(博士後期課程)の奨学金給付、海外の大学・研究機関への研究留学の必要経費を支援」ほどの経費を費やした人間が修士課程で進路変更すると言い出して許されるとはとても思えない。明らかに担当教員の責任問題に発展する。しかも、そもそも学生が研究者的思考や行動様式に馴染むことができなかったら、博士課程を卒業することは不可能だ。北陸先端大学の学位取得規定がどうなっているのかは知らないけれども、学術論文に数本の論文を掲載することは必要条件になっているに違いない。学術論文に論文を掲載させるのはそんなに簡単な話ではない。学内だけでどうにかできる問題じゃないからだ(指導教員が代わりに論文を出すしかない)。上手くいくときは、素晴らしい研究者が生まれる可能性があるけれども、失敗する時は学生も教員も、大学も全員が不幸になる諸刃の制度だと思う。

やはり、卒業研究経験者を短期間で博士に仕上げるのが無難だと思う。現状でも、多くの大学では

  • 修士課程:1年(標準修了年限は2年なので1年短縮)
  • 博士課程:2年(標準修了年限は3年なので1年短縮)

で修了できるはずなので、大学院入学後3年で学位をとることは可能なはず。ただし、大学院を3年で終えるためには、卒業研究から連続させたテーマを学生に行わせないと難しいと思う。北陸先端科学技術大学院大学は学部がないので3年で修了させるのは多分無理。

2.キャリア形成をサポートする実践的教育
(1)キャリアタイプ別の博士教育の提供
  ・博士後期課程において、科学者・技術者のタイプに区分

ここまで書いてきていまさらながら募集要項を読んでみたのだけれども、一応、研究が性に合わない場合には「技術者」としても道があるみたい。でも、学位は研究の成果によって出すのだから研究が性に合わない場合にはやっぱりだめかな。

出願が11月なので、卒業研究後に「スーパードクタープログラム」に申請するとしても、卒業研究自体を終える前に申請することになるから、結局ミスマッチが発生するかもしれない。一番よいのは、「スーパードクタープログラム」のスタートを半期ずらして、10月開始とし、自大学の大学院進学後(あるいは直前の3月)に「スーパードクタープログラム」に申請できることができることだと思う。でも、そうすると、大学3年生がチャレンジする場合は不便だし、卒業研究終了後にチャレンジするとしても、通常年限よりも半年早くなるだけだから旨味は少ないかもしれない。