論文捏造

超電導の分野の研究で、一大センセーションを巻き起こしたというシェーンの論文捏造事件について関係者のインタビューに基づき作られた本。NHKスペシャル番組を本にまとめたものらしい。非常に面白く興奮した。

2000年ベル研究所の研究員であるシェーンがそれまでの常識では考えられないほど高温での超伝導現象を実現したとの発表があり、それから次々と成果を世界の科学雑誌に掲載していく。シェーンがベル研究所に在籍していた1998年〜2002年の5年間に第一筆者として投稿した論文は63本。そして、これらすべてが成果の捏造に基づく論文だったことが明らかにされる。

この本は、事件の概略、登場人物シェーンの生い立ち、直接の上司、同僚、シェーンのいた大学、そして、シェーンの論文を載せた科学雑誌の編集部(サイエンス、ネイチャー)、そして、シェーンの実験を追試した科学者たちからのインタビューをのせており、最後に著者らの提言がかかれている。

この本の中で興味深かったのは、この超電導分野での研究では特許と関連して、追試を行うのが非常に難しい状況にあるということだ。特にこの超電導分野の世界中の科学者たちが、「シェーンの実験の追試をできないのは、シェーンだけが持っている誰もしらないノウハウが存在するためである」ということを疑わなかったという点にある。科学のもっとも重要な規則は、反証可能であることである。反証可能であるためのもっとも重要な条件は再現性である。すなわち、指定された環境の中で、材料と器具を用いて指定された手続きを行えば、誰が実験を行おうが必ず同じ結果がでるという点にある。しかし、超伝導の研究分野では、実験を再現できないということがあたり前に承認されていた

世界中の研究者は、シェーンが使う実験器具とそれに対するノウハウが隠されていることに対して、それをしょうがないことであるとぎりぎりの段階まで思っていた。この事実が、この本においてもっとも衝撃的な点であると思う。

最後の章で筆者らが提言を行っているが、その提言の最初「正しさが担保されない現実」という節には、研究者の世界とそれ以外の世界との間のギャップを端的に表していると思う。筆者はこのように言う(p.277)

たとえば、正確無比で信頼性を担保するはずと思い込んでいた科学ジャーナルは、実は再現性も正確性も全く保証していなかった。

しかし、研究者の世界においては、基本的には査読(ピアレビュー)で保証されているのは新規性と論理性、そして再現性であると考えられている。なぜならば、正確性はその論文でかかれていることに対する追試や批判によって後に保証されるからである。再現性についても、雑誌上のページ数という制限の中ですべてを完璧に書くのは難しいと理解しているので、実験の詳細までを全て書いていなくても仕方がないと認識している。実際問題、他人の実験の追試には莫大なコストがかかるためそれを実行できる査読者がいないという事実は良く知られている。

物理の知識などがなくても、丁寧にいろいろと説明されているのでちゃんと読める本であると思う。現在の科学的知識の体系化のしくみに興味があるのであれば、ぜひ、読むべきであると思う。