博士の悲しい現実

JRCM産学金連携センターが経済産業省からの委託で調べた「オーバードクター就職支援のための調査結果報告」が産学プラザで公開されています。
(なお、全編PDFです)

内容をざっとみますと、涙なくしては読めない内容が目を引きます。たとえば、「はじめに」から引用


文部科学省の学校基本調査によると、平成16年3月の大学院博士課程の理学および工学の修了者4,913名のうち就職者は、2,806名であり、これらの数値から単純に就職率を割り出すと57.1%でえす。これらの数値は年によって差があり、最近の推移を見ると、13年3月が56.2%、14年3月が53.9%、15年3月が53.0%であり、16年3月の修了者の就職率は、ここ数年間でみると好転しているように見えます。

しかし考えてみると、大学院博士課程は高等教育課程の最終課程です。最終課程を終了したものの就職率が6割以下という現状をどのように考えたらよいでしょうか?

ちなみに文部科学省「平成17年3月高等学校卒業者の就職状況(平成17年3月末現在)に関する調査について」によれば、平成16年3月卒の高校生の就職率は91.2%。同省「平成16年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)について」によれば大学生の就職率は93.5%です。
ただし、上記は「就職希望者の中で内定をもらった者の率」ですから、博士の就職率とは違った計算ですのでご注意を。(たとえば、「就職を絶望している人」は上記数値に入っていない」)

話戻って、調査結果第1章2節「背景」より


大学真博士課程卒業者は約13,600名であり、そのうち理工系の卒業生は全体の約1/3となる約4,900名を占めている。

しかしながら、人数的に最も多く、産業に大きく関係している理工系の卒業生のうち、就職以外の無職者が約2,100名おり、その数は年々増える傾向にある。これらオーバードクターは、大学終了後直ちに就職せず、研究者としての道を選んだことにより、博士課程修了までに約2,500万円相当の価値(大学院5年間相当を就職した場合に得る収入+授業料、研究必要経費等)を付加されたにもかかわらず、就業のミスマッチ等により不安定な立場で研究生活を続けている。即ち、毎年500億円以上の価値が有効に活用されずに大学に眠っていると推定される。

実際に使用したお金ではなく、得られる可能性があったお金までを含めた機会損失を含めて計算されていますが2500万円相当の価値を博士修了までに費やしていると数字でいわれるとかなり衝撃的です。

調査結果2章2節28ページの「大学院博士課程に進学した動機を教えてください」の回答(単数回答、回答合計845)TOP 3が

  • 研究したいテーマがあった(250)
  • 自分の専門を深めたい(242)
  • 博士号をとりたい(206)
です。1番目と2番目で回答全体の約60%。3つ目も合わせると90%弱になります。約60%の人が研究者になる夢を持って大学院博士課程に進学します。

また、調査結果2章2節32ページの「期待していたが大学院博士課程で得られなかったものはなんですか?」の回答(複数回答可、回答合計1587)のTOP3が

  • よりよい条件での就職(382)
  • 一般的な社会常識(235)
  • アカデミックな世界で生きる夢(228)
です。夢が破れ、生活の手段もなくなり、社会と隔絶されるという悲しい現実が見えます。

一方、調査結果2章2節30ページの「大学院博士課程で得たものはなんですか?」(複数回答可、回答合計2685)のTOP3が

  • 専門分野に関する知識・経験(710)
  • 研究を進めるための手法・マネージメント能力(517)
  • 興味ある研究分野に取り組むチャンス(375)
  • 根気・持続力(346)
3位と4位があまり差がないのですが、基本的に研究能力を得られたという回答がでています。

そして、調査結果2章2節39ページの「あなたの就職に関して現在、障害はありますか?」(複数回答可、回答合計2704)は参考になる調査結果です。

  • 年齢が高い(359)
  • マッチした採用用件が少ない(342)
  • 職務経験・社会経験がない(318)
  • 博士は使えないという認識(316)
  • 自分の研究業績のなさ(294)
  • 学位を見込める時期が遅い(264)
  • ポスドクが認知されていない(204)
  • 専門性が高すぎる(158)
  • 就職活動の時期が早い(134)
  • ポスドクになることが当然の雰囲気(102)
  • その他(213)
ポスドクが認知されていない」というのは、経歴として認知されていないということだと思います。「ポスドク」=「空白の経歴」と認知されているということでしょう。「就職活動の時期が早い」と「ポスドクになることが当然の雰囲気」というのは、学位論文の執筆をしつつ、就職活動するのが厳しいということから、この回答がでているのではないでしょうか?3年間で外部の学術雑誌に論文を数本掲載し、その論文を含めて自分のこれまでの研究成果をレビュー(まとめる)する論文を作成するというのは中々厳しいないようです(だから、博士という資格の価値が保たれているのですが)。

それにしても、就職の障害となっている項目のほとんどが「博士課程に進学している」ということに由来するのが悩ましいところです。「職務経験・社会経験がない」というのも、同年齢の社会人と比較するとそうであるということであって、そもそも学生なのだから、職務経験があるわけありません。社会経験も基本的に無収入な学生が積めるものではありませんよね。

私自身博士課程卒業者ですので見方が博士よりになるのですが、博士課程卒業者は急激に成長する可能性を秘めた人材であり、即戦力とはなり得ない人材だと思っています。我慢して2年くらい使ったあたりで、これまで蓄積された複数の視点、思考方法、知識を元にして急激にいろいろな仕事ができるのであると思います。

ですから、企業は修士卒や学士卒と異なる昇給体系(成果を上げたあたりから急激に給与が延びる)を用意し、初任給や最初の1、2年は修士卒と対して変わらないお給料にして、博士卒を雇えばよいのではないでしょうか?雇用側には、博士が個々の企業や分野での常識を学習する時間を学士卒や修士卒と同じように与えるようにするというのが上記の障害「職務経験・社会経験がない」という問題が解決する方法であると思います。

また、「博士は使えないという認識」も人格的なものや雇用のミスマッチも多々あるかもしれませんが、ひとつには「即戦力」を期待したのに「即戦力」ではなかったという点にあると思います。博士課程は土台をより強固にする課程ですので、いきなり城が建っていることを期待されても困ります。

私は運よくアカデミックポストにつけましたけれども、実は、ひとつ間違えれば奈落の縁にいたという現状を非常に恐ろしく、かつ、後輩や同僚を持つ身としてはこの現状を悲しく思います。

追記(2005/05/23)

大学教育を考えたりする私:美容専門学校の学園祭を見ながら高卒のキャリアを考えるによれば、高卒は、3年で5割が離職、中卒は3年で7割が離職するとのこと。
博士の就職も3年後の推移をみないと比較できないかもしれない。